第046話 良くない報告
十日が過ぎようとしている。
正直に疲れ果てていた。夜は一定時間の演技が求められていたし、魔物だって現れる。
その都度倒していたのだから、疲労が蓄積しないはずもない。
「フィンの奴、どれだけ急いで来たんだよ」
こうなると俺の貴族証を手に入れたフィンの行動が気になってしまう。
祝福の儀を終えて、直ぐさま向かったとしてギリギリなのだ。貴族証を手に入れたのは偶然かもしれないが、伯爵家の人間であるというのに祝福の儀の当日に街を出たとしか思えない。
「時間操作はやはり有能みたいだな」
普通に移動しているはずがない。馬に跨がり、駆けるスピードを早巻きにしたはずだ。
リィナの退魔封滅陣でも分かるように、加護として与えられたスキルは過剰な力だと思い知らされている。どれもゲームではレベル100で覚える最強スキルだから当たり前かもだけど。
「ルカ! 皇都ミラグレイスが見えてきたよ!」
無作法にもリィナは窓を開けて、顔を出している。
とにかく馬車での移動は暇なのだ。もしも不能状態でなければ、アレばかりしていたと思えるほどに。
「やっとか。宿で休みたいところだな……」
「フィオナ皇女殿下に謁見してからよ。それに大聖堂でハイヒールを施してもらわないと」
俺の左肩の負傷をリィナは今も気にしてくれているようだ。ハイヒールは小さな街にいる司教や司祭では唱えられないからな。
しばらくして馬車は街門を通過。サンクティア侯爵家の名を出せば、余裕で通過できている。やっぱ上位貴族様バンザイだぜ。
「お客さん、これにて依頼完了です。長旅、お疲れさまでした」
「ありがとう。少し色を付けておいたわ。帰路も危ないだろうから気を付けてね?」
半分は手付けとして払っているみたいだが、リィナは無事に到着したお礼として残金にプラスして支払ったらしい。
「お嬢様のお子様が早く見たいものですね? その折にはまたご指名くださいませ」
「あらやだ。気が早いのね?」
リィナは満更ではないような顔だ。実際には一度もしていないというのに。
「あれだけ励まれたのですから。旦那様は強くて格好いい。羨ましいです!」
「オホホ! そうなの! ルカは最高の旦那様なのよ!」
「ホントですね! 夜の方も凄いみたいで!」
「アハ……アハハハハ……。そうね……」
あまり調子に乗るものじゃないな。
素に戻るリィナを見るや、俺はその真理に気付いた。
とまあ、結果的に俺たちの演技はそれなりだったのだろう。御者は疑うことなく、信じているのだから。
俺たちは御者と別れて、教会へと向かう。そもそも大聖堂前で降ろしてもらったから、探す必要すらなかったけどな。
受付で治療を願い代金を支払うと、俺たちは大聖堂へと案内されていた。どうやら女神像の前で施術するらしい。
「それでは治療を始めようか……」
現れたのは何と大司教様。金貨十枚もする治療なのだから、司教程度ではないとは思っていたけれど。
「ルカ・シエラ・アルフィス、女神様に祈りなさい」
え? マジで言ってんの?
パフォーマンスのつもりかもしれないが、俺は祈ると女神様を降臨させちゃうんだけど?
小さく顔を振ったものの、俺が祈り始めるまで大司教様は睨んでいるだけだ。
「仕方ねぇ……」
膝をつき、俺は祈り始める。別に降臨しなくても構わないと心に願いながら。
すると脳裏が輝きで満たされていく。どうやら例によって、どちらかの女神が俺の脳裏に降臨したのだろう。
「ルカ、久しぶり! 会いたかったよぉぉ!」
一応は当たりだといっておこうか。
比較的だが、まともな方が顕現している。まだ朝方であることが原因かもしれないけど。
「落ち着けって。祈れと言われたから祈っただけだ。別に用事はない」
「そんなこと言わないでよぉ? 僕は君の大活躍に興奮しているんだ。よく魔将軍マステルに勝利したよ。僕は君を誇りに思う」
見た目は完全な美少女だが、鵜呑みにしてはならない。ネルヴァは俺に惚れているといっても女神様なのだから。
「おめでとうと言いたいところだけど、運命は良くない方向に進んでいる……」
手放しで褒められるのかと思えば、ネルヴァはそんな話を始める。
良くない方向ってなんだ?
魔将軍を倒したことは世界にとって良いことだろう?
「どういうことだよ?」
「レベル20で魔将軍を倒したのは見事としか言いようがない。でもね、魔将軍マステルはあの場面で失われるべきじゃなかった」
ネルヴァが懸念していることが、まるで分からない。魔将軍は倒すべき敵なんだろ?
「意味が分からんぞ?」
「ルカが生きていることには感謝しかないけれど、僕たちの想定とは違うんだ」
ネルヴァは告げる。
俺が思いもしないところで、運命を動かしてしまった事実を。
「マステルはアークライトを討ち取るはずの魔将なんだ……」
ようやく俺はやらかしに気付かされていた。
ゲームでは追い払っただけ。去って行ったあと、マステルがアークライト第一王子殿下を殺めていたなんて、俺は考えもしていなかった。
「アークライトが生き延びることにより、戦力となるはずのフィオナ・イリア・イステリアは戦線に入る運命から外れてしまった。アークライトとの破局が運命の鍵だったからね」
ゲームにおいてフィオナは貴重なアタッカーであった。
彼女の精霊術は味方を癒やすだけでなく、あらゆる属性の攻撃が可能だったんだ。
「加えて、ルカはシリウスの信頼も失うことになる」
もう俺にも分かっている。
何しろ、俺はフィオナに惚れたシリウスに対して、味方をすると伝えたのだ。
アークライトが討ち死にすると話したというのに、生き残ってはシリウスの信頼を得られるはずもない。
「マジか……。その二人は必要なんだ。俺はどうすればいいんだよ?」
シリウスは部隊の能力を増強する加護を持つ。
シミュレーション要素も含むエクシリア英雄伝において、雑兵を強化できるシリウスの力は必要不可欠だった。
魔将軍を倒すだけじゃない。魔国にも雑兵はいるし、基本的に戦争は一般兵の削り合い。シリウス自身の能力は傑出していないが、彼の指揮能力を失うのは痛すぎる。
「難しい判断になるね。世界を救済するのであれば、この先にルカはディヴィニタス・アルマを使うしかないのかもしれない」
加護を与える女神が増えることをネルヴァは良しとしない。けれど、個人的感情を加味したとして、結論はディヴィニタス・アルマの使用に帰結するらしい。
「誰に対してだ……?」
現状で対象は三人。
一人はアークライトであり、もう一人はフィオナだ。最後にシリウスとくれば、誰に対して使用すれば良いのか不明だ。
困惑する俺に対して、ネルヴァは笑みを見せる。加えて、さも当然であるかのように彼女は告げていた。
「もちろん、絶望的となったシリウスだよ」




