第042話 九死に……
俺の啖呵をマステルは笑っている。
確かに現実味なんて少しも感じなかっただろう。
俺は勇者であると語っていないし、奴は俺たちを羽虫だと言ったんだ。
「さっさと始めようぜ? お前が戦うつもりなら」
オマケシナリオと同じであれば、倒す必要はない。
きっと一定のダメージを与えたのなら、マステルは去って行く。
ならば、俺はゲームと同じように一撃も食らわずにダメージを与え続けるだけだ。
「追い詰められたネズミなのでしょうかね? しからば私はネコですか。たまには噛まれてみるのも悪くありません」
魔将軍マステルは六魔将の中では話せるタイプだ。かといって、ゲームと同じであれば戦闘は避けられない。
目的も方角も異なったけれど、恐らくこの邂逅はルカという魂に惹かれて成り立っている。必然的な出会いなのだと思う。
「運が悪かったと考えてください。これでも私は六魔将が一人。虫ケラであろうと、見逃すわけにはなりませんので……」
「こちとら不運は嫌と言うほど分かってんだよ。さっさと剣を取り出せ」
六魔将も魔神ザナ・サタンの使徒であり、その加護を受けている。従って、アイテムボックスなるスキルを有しているはずだ。
「必要ありません。羽虫を払うと言ったでしょう? 剣で払う方が難しいではないですか」
「言ってろ!!」
俺は駆け出していた。
力任せに愛剣を振り下ろし、先制攻撃とするために。
荒野に響く金属音。リィナに買ってもらった業物であるというのに、マステルの皮膚には傷跡を付けることすらできなかった。
「やはり気のせいでしたか……」
ニヤリとするマステル。傷すら負っていない彼は、既に俺たちの実力を推し量っている。
「リィナ、レベルは幾つだ!?」
もしもリィナがレベル20に達していたのなら、バフスキルを習得しているはず。重ねがけをして、レベル差を埋めていくしかない。
「えっ? 12だけど?」
これは駄目か……。
侯爵令嬢であるリィナがレベル上げに勤しんでいるはずもないし、現状は初級のヒールを覚えているだけだろう。
「まだ退魔封殺陣は使用するなよ? 俺が指示を出す」
否定はせず、驚くような顔をするリィナを見ると、予想が正しかったのだと思う。
退魔封殺陣は聖女リィナが覚える最後の呪文。しかし、女神の加護として、既にそれを授かっていると考えていたんだ。
闇属性の敵に対して絶大な効果を発揮する。ダメージ自体はしれているけれど、対象は極大デバフを受けることになり、攻撃力や防御力を極端に減じることができた。
退魔封殺陣こそ対魔王戦で聖女リィナが必須の存在である理由なんだ。
「先にどれだけ戦えるのか見ておくことにする」
「わ、分かった……」
退魔封殺陣もまた使用制限がある。
効果時間は一分と烈火無双よりも長かったけれど、一日に一度しか使えないのは同じだ。
「やってやるよ……」
ここは覚悟を決めるしかない。退魔封殺陣があるのなら、まだ希望があるはずだ。
どの道、逃げられない。だったら、あらゆる手段を試しながら俺たちは戦うだけ。
「いけぇぇっ!!」
俺はスキル【豪腕】を使用してから、斬りかかっていた。
武器すら手にしていないのなら、攻撃範囲はしれている。知的に見えて、実のところマステルは武闘派。魔法を操らないマステルならば、まだ勝機があるってものだ。
「硬ぇぇっ!」
斬りかかるや、甲高い音が鳴り響く。
まるで与えた気がしないけど、俺は斬り続けるだけだ。
さりとて、マステルは反撃すらしない。奴は全ての攻撃を抵抗することなく受けていたんだ。
明確にノーダメージであったことだろう。羽虫と称したまま、鬱陶しいとしか感じていないと思われる。
「私は忙しいのです。さっさと終わらせましょうか……」
ここで初めてマステルが攻撃に転じる。だが、ゲームと同じならば攻撃モーションは大きく、簡単に回避できるはず。
「ぐはぁぁぁっっ!!」
回避を試みようとした俺なのだが、マステルの攻撃を受けていた。
ほんの少しかすっただけだというのに、脇腹に風穴が空くかと思ったぜ……。
「ヒール!」
透かさずリィナのヒール。これは有り難い。やっぱ俺の恋人は最高だ。
終わらせるとの言葉通りに、マステルは執拗な攻撃を繰り出す。
問題となるのは、やはりレベル差。考えるよりも大きく回避しなければ、俺はマステルの攻撃をその身に浴びてしまうことだろう。
「クソッ……」
ここからは防戦一方となってしまう。
マステルの攻撃は考えていたよりも素早く、防御に専念するしかなかったからだ。斬り返す隙など少しも存在しない。
「早く楽におなりなさい!」
与し易しと考えていたけれど、やはり相手は魔将軍だ。
俺のレベルが不十分すぎる。攻撃していかないことには勝機などなかったというのに、一方的な防戦を強いられるなんて。
「ちくしょう……」
またも攻撃を受けてしまう。
瞬時に繰り出された蹴りを左足に受けた。一瞬で感覚がなくなるほどの威力に俺は唇を噛む。
「詰んだか……?」
透かさずヒールをかけてもらったけれど、まだ感覚は戻りきっていない。恐らく、このダメージはハイヒールじゃないと緩和できないのだろう。
足をやられると回避も困難になっていく。素早さを失っては難易度が跳ね上がるに違いない。
「ギリギリで避けて斬る……」
もう足は使えない。
思うように動かないのであれば、回避を試みたとして再び攻撃を受けるだけ。ならば、身をえぐられたとしても反撃を試みるべき。死に体の俺はリスクを背負って戦うしかなかった。
「死になさい!」
「るせぇぇよ!!」
刹那に左腕が伸びてくる。俺は身体を右へと大きく倒し、愛剣を振りかぶっていた。
暴風のような衝撃が身体を襲うけれど怯んじゃ駄目だ。かすったとして、次の一撃だけは絶対に繰り出してやる。
「クソがぁぁあああっっ!!」
力一杯に長剣を斬り上げていた。
いつも通りであれば金属音が鳴り響くだけ。だが、俺の攻撃はここで初めてマステルの皮膚を切り裂いている。
どうしてかマステルが血飛沫を上げていたんだ。




