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第040話 悲運がもたらせるもの

 翌朝、部屋まで配膳された朝食を取ったあと、俺たちはシリウスの紹介状を手に王城を飛び出している。


 どうしてかリィナは俺の腕に絡みつくようにして歩いていた。

 お城をあとにしてから、ずっとそうしている。柔らかいものが腕に当たって、めちゃくちゃ気になるんだけどな。


「リィナ、胸が……」


「こういうの好きなんでしょ? 婆やに教わったのよ。男は胸を押し付けるだけで言うことを聞くって」


 まぁた婆やの入れ知恵なのか……。

 さりとて、間違いじゃない。柔らかい双子山のためならば男は何だってするだろう。まして大好きな恋人のお山であれば。


「その内に元気づくはずよ。時間がないのだから、積極的に攻めていくの。相棒さんに回復してもらわなきゃ、私が困るわ」


「面目ない……」


 とはいえ、俺にとってもご褒美だ。

 今もまだ眠りから目覚めそうな気配すらないけれど、脳内の興奮度は最大値を示している。


 このあと俺たちは装備や携帯食料を買って、隣国へ旅立つための馬車を手配していた。


「マジか。荷馬車じゃないのかよ……」


「当たり前でしょ? 私は侯爵家の一員ですもの。荷馬車になんか乗れません!」


 やっぱ住む世界が違うのな。

 俺は銀貨二枚を惜しんでいたというのに、イステリア皇国まで金貨十枚を支払うとか太っ腹すぎるぜ。


 まあでも、その価値はある。既に動き出しているというのに、少しも跳ね回る感じがない。


「しかし、女性の御者とか珍しいな?」


「割といるよ? 女性の一人旅とか男性の御者じゃ、ちょっとって場合にね。冒険者上がりの御者だから、魔物が現れても安心だし」


 恐らく通常よりも高くつくのだろうな。流石に金貨十枚とか移動で使う金額じゃないし。


「それに……夜のこともあるでしょ?」


 リィナが上目遣いに言った。


 それが狙いだったのか。

 確かに男性の御者だと覗き見たり、乱入してくる場合まで考えられる。白銀に輝くリィナの裸体は俺だけのものなのに。


「そそそ、そうだな。よよ、夜のこともあるし……」


 今夜は頼むぜ相棒。今宵こそリィナを手に入れ、勝利の美酒を味わうとしよう。


 取り留めのない会話をしながら、順調に旅は続く。イステリア皇国まで十日ほどかかる道のりだが、毎晩のお楽しみがあるのなら苦痛などないも同然だ。


 二人して、うたた寝していると不意に馬車が急停車をして俺たちは目を覚ました。


「なんだ?」


 思わず窓から顔を出すと、御者の女性が剣を抜いている。

 え? ひょっとして俺たちを襲うつもりなのか?


「リィナ!?」


「違う、魔物よ!!」


 御者が俺たちを騙していたのかと思いきや、リィナは魔物が現れたという。

 確かによく見ると、黒い影が見える。しかも、それは複数体いるようだ。


「俺も戦う!」


 流石に御者一人では厳しいだろうと、俺は助太刀をすることに。

 リィナもまた俺に続いて馬車を飛び出していた。


「御者さん!」


「お客様、危険です! ワーウルフの群れに襲われております! 馬車にお戻りください!」


 ワーウルフか。なら、そこまで慌てる必要はなかったな。


 単体での強さは危険度六等級。しかし、群れているのなら五等級に分類される魔物であった。


「そういわないでくれ。起き抜けの運動をさせてもらうよ。少しでも疑った罪滅ぼしさ」


 少しキザだったかな?

 御者が若い女性だったもので、思わず格好をつけちまったぜ。


 かといって、俺は今しがたの言葉を後悔している。なぜなら、御者の女性は顔を真っ赤にしていたからだ。

 そこまでなら良かったものの、リィナが鬼の形相で俺を睨み付けており、抜いた細剣の切っ先を俺に向けていたのだ。


「ルカ、運命よりも早く死にたいのね……?」


 うん、これは駄目なやつだ。

 ゲームでの記憶が確かならば、リィナは俺を斬り付けたあと、回復魔法を俺に施す。傷つけては癒すというマッチポンプジェラシーの前兆であると思われた。


「リリ、リィナ、今は戦闘だ。さっさと倒してしまおうぜ!」


 リィナが地獄の業火を帯びた嫉妬を撒き散らす前に片付けなければ。殺されはしないけど、痛いのはやっぱ御免被る。


 リィナの返答を待つことなく、俺は買ったばかりの長剣にて斬りかかっていく。


「っ!?」


 長剣の切れ味に驚愕する。家から持ってきた愛剣とは明確に異なっていた。

 流石は金貨五十枚もする逸品。軽く振っただけであるというのに、ワーウルフは真っ二つである。


「いける! どんどんいくぜ!」


 十匹程度の群れ。この様子なら五分も要せず殲滅可能だろう。


 俺とリィナが加勢した結果、ワーウルフは瞬く間に数を減らした。しかし、そんな状況にあっても、咆吼のような遠吠えを上げる個体が一つ。


「ルカ、あれってマッドウルフじゃないの!?」


 リィナが声を張る。てか、マッドウルフだって?


 それはワーウルフの変異種であり、倍以上の体躯を誇る。加えて、極めて残忍であって、捕食目的以外でも襲いかかってくるという。


「マジか。割と危険度高めだよな?」


「マッドウルフなら四等級になるね」


 どうしてかリィナが目を輝かせていた。


 それって俺のスキルに期待しているのか?

 烈火無双は一日に一回という制限があるというのに。


「いいぜ! 俺の勇姿を見とけ!」


 俺は安請け合いしている。

 リィナが期待しているのなら、俺はそれに応えるだけ。夜の期待に応えられなかった分、すっげぇものを見せてやるよ。


「烈火無双!!」


 刹那に長剣へと炎が巻き付くようになる。

 瞬きする程度の時間。業物の長剣は紅蓮の炎を纏う長剣へと変貌していく。


「ぶった切れろぉぉ!!」


 マッドウルフには過剰な攻撃であった。

 十秒間しかない烈火無双であったけれど、たった一振りでケリがついている。


「素敵! やっぱ私の旦那様は最強だわ!」


「いや、それほどでも。ぐふふ……」


 してやったりだ。

 これで夜の愛剣が上手い具合に機能してくれたのなら、今宵は眠れない夜になることだろう。


「お客さん、本当に凄いですね! 正直に私はどうやって貴方たちを逃がそうかとばかり考えていました」


「何てことありませんよ……」


 得意げに返事をすると、ふと脳裏に通知があった。

 それは恐らくレベルアップの知らせであろう。


 フライリザードを倒したときもレベルが五個上がったと通知があったのだ。


『レベル20になりました』


 意外と上がらないのな。まあ危険度四等級だからかもしれない。


 ここで通知が終わりかと思えば、どうしてかまだチャイムのような音が響く。


『スキル【豪腕】を習得しました』


 おっと、そうきたか。


 パッシブスキルである攻撃力プラス補正とは異なり、豪腕は歴としたアクティブスキルだ。使用すれば剣術威力に直結する力が倍増する。だが、デメリットもあって使用中は防御力が半減してしまう。


「よっしゃ、スキルゲット!」


 どうやらスキルの入手タイミングはゲームと同じらしい。


 ただし、異なることもある。決定的なのは高レベル帯で手に入る最強スキルを、女神様から加護として与えられていることだ。


「ゲーム内のルカは例外かもしれんが……」


 ルカはオマケシナリオの最初からあの呪文を覚えていた。さりとて、それは使用する場面などなかったんだ。


 必要となる場面はオマケシナリオのクライマックス。リィナを引き連れアルクの元へと向かう途中のこと。必然的にエンカウントした魔将軍マステルとの戦闘後であった。


 ルカを操作し、一定のダメージを与えたのなら魔将軍マステルは去って行く。

 しかし、簡単じゃなかった。一度でもダメージを受けると瀕死になってしまうのだ。リィナが適切な回復を施してくれたけれど、苦労した記憶しか残っていない。


 あの呪文はオマケシナリオのエンディングへと繋がるものであり、魔将軍マステルを追い払えたのなら、ルカはあの呪文を唱えなければならなくなる。


「マステルは六魔将最弱だったけど、ルカでは一つのミスさえできなかった……」


 ふと魔将軍について思い出してしまったが、まだまだ先の話だ。

 魔将軍との戦いはレベル50を超えてから。最低でもレベル40は欲しいところだった。


「ルカ、魔石を取り出したよ?」


 おっといけない。

 ボウッとしている間に、愛しのリィナが魔石を取り出してくれたらしい。


「すまん! てか、リィナでも回収するんだな?」


「まあね。装備品の強化に使えるし、強い魔物の魔石は持ってて損はないでしょ?」


 確かに。なんやかんやと魔石は使うしな。

 マネーパワーで押し切るのかと思いきや、意外とリィナは考えているようだ。


「さ、出発しようぜ……」


 俺は再び馬車に乗ろうとしていたんだ。


 だけど、御者とリィナは俺の方を見ることすらしない。

 一体、どうしたって……?


「何よ……あれ……?」


 リィナが呟く。俺も既に彼女たちの困惑を理解した。


 黄昏の空に浮かぶ陰。人型のようで、巨大な羽がある。そもそも人とは思えない体躯をし、それは真っ直ぐに俺たちの方へと向かっていた。


「あれは……魔将軍?」


 間違いないと思う。

 どの魔将軍かは分からないが、あの世界でいうところの悪魔。魔国の軍勢を率いる柱に他ならない。


「おや? 先ほど強大な力を感じましたが、貴方たちでしょうか?」


 上空から俺たちは話しかけられている。

 それは間違いなく魔将軍だった。まるでゲーム時代からの因縁であるかのように。


 どうにもついていない。流石は悲運の青といったところか。

 俺とリィナの旅を邪魔するのはプロローグと同じ。ゲームでは何とか追い払った魔将軍がここでも現れていた。


 嘆息しつつも俺は魔将軍へと返している。


「よう、マステル――」

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