第037話 二人目の英雄
「殿下、私の病気を治してください。賢者ならば知恵があると聞きました」
切実な思いであったことだろう。
ゲーム世界にあった最低な選択肢を彼女は知らない。だからこそ藁をも掴むように賢者へと縋る。
シリウスが知るはずもないのに。アークライトが迎える結末すら知らない彼に、選択肢が一つしかない病を治せるわけがなかった。
「リィナ、現状で魔力循環不全は不治の病だ。しかし、人類は間違いなく前進している。一昔前は五歳と生きられなかった病気。今や薬が開発され、延命することが可能になっている」
「だけど、私はあと二年も生きられないのです!」
リィナは訴えた。残された時間が少ないこと。どうあっても生きたいのだと。
要するにリィナは俺の覚悟を受け入れていない。最後の最後、俺が身代わりとなる話を彼女は今も拒絶しているようだ。
「二年? このルカが君の運命を背負うんじゃないのか?」
「そんなの嫌! 私は愛する人を身代わりにしてまで生き続けたくないの!」
相手は王子殿下だというのに、リィナは声を張った。
まいったな。
滅茶苦茶に心を揺さぶるじゃないか。俺のいない未来に価値を見出していないなんて。
「なるほど、そういうことか……。ルカ、君は果報者だな? 私は今までリィナが不憫でならなかった。病気のせいで婚姻も決まらず、ただ年を重ねる彼女に。けれど、リィナはふて腐れることなく、真っ直ぐ揺らぐことなく生きてきた。とても芯の強い女性なんだ。どうか最後まで彼女に寄り添ってくれ……」
シリウスは俺に犠牲を強いなかった。
リィナの本心を聞いたからであろうが、それでも彼は俺が持つ力を知っていたというのに。
「もちろん。俺は最後の覚悟も決めています」
「そんなの嫌って言ってるでしょ!?」
リィナの意見など聞く必要がない。
俺はあの呪文を口にするだけで構わないのだから。
しかし、問題もある。ゲームでは唱えるだけだったディヴィニタス・アルマは基本的にジョブを含む運命全体を背負ってしまうのだ。
確か勇者のジョブを奪った際に、ネルヴァはシエラが上手くやったと話していた。
従って、儚い運命だけを背負うことができる。シエラの協力さえあれば。
「ルカ、君は強い男だな? 感心したよ。流石は四柱の女神に魅入られるだけはある。君の使命感と生き様には感服するしかない」
何だかシリウスの好感度が天井知らずで上がっている。俺はそこまで崇高な理念を掲げていないんだけどな。
「リィナ、私は病気を治せない。けれど、提案がある。愚者の女神の使徒を捜してみるといい。稀代の錬金術士であれば、延命する薬くらい生成できるかもしない」
ここで話が進む。
まるで結論がでない状態だと考えていたけれど、流石は賢者というべきか。リィナに進むべき指針を告げていた。
「ミリア・マルカリオンか……」
「ルカ、知っているの!?」
知っているも何も彼女は六英雄の一人。下位貴族ながら、貴族院の推薦を得て入学してくる人だ。
「入学まで三ヶ月もある。王城に留まるより、イステリア皇国の様子を見に行こうか」
「む? 愚者の女神の使徒は同盟国にいるのか?」
「後宮で働いています。下位貴族ですが、それが切っ掛けで推薦状をもらうことになるのですよ。すみませんが、一筆したためてもらえませんか? 俺たちでは皇城に近寄ることすらできませんし」
侯爵令嬢であるリィナであれば、謁見が叶うかもしれない。しかし、時間を要するはずで、簡単な事ではないはずだ。
「承知した。私は待つだけで良いのかな? 時詠みの勇者君……」
嫌味っぽくいうんじゃねぇよ。
当然のこと、シリウスには指示しておくことがある。まあしかし、こういった思慮深さが賢者に指名された理由なんだろうな。
「シリウス殿下は直ぐさま騎士学校への入学希望を出してください。後になると困難です。早々に決めておけば混乱は避けられます」
「それも、先ほどの未来視か?」
「当然です。アークライト殿下が戦死されてしまえば、シリウス殿下まで失うわけにはならなくなりますからね。それに婚約者を失ったフィオナ殿下は自暴自棄的に騎士学校へ入学されます。彼女を口説くのなら騎士学校しかありませんよ?」
俺の返答にシリウスは乾いた声で笑う。
今の話がそんなに愉快だったか?
「君は面白いな? 確かに、君が話す未来になれば私は出陣しづらくなる。早々に戦う意志を示しておこうじゃないか」
「是非とも永久の伴侶を娶ってください……」
シリウスの方もやる気に満ちている。やはり彼はフィオナを欲しているのだ。
ならば、俺たちは先んじて動くことにしよう。
延命なんて考えたこともなかったけど、時間的猶予ができるのであれば錬金術士ミリアに会う理由として充分だ。
明日、早々の出立をシリウスに伝え、俺たちは貴賓室をあとにしていく。




