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第035話 愛ゆえに

「リィナ、俺も愛している……」


 これ以外の台詞などないだろう。


 王様が交際の後ろ盾となった今、好きじゃないと言えるはずがないのだ。それこそ牢屋へと戻されるだけであり、そこで生涯を終えるだけであろう。


「ルカ、一緒に世界を救いましょう! 私は残りの人生を貴方と世界のためだけに使う。七柱女神様に誓うわ」


 七柱女神に誓うのなら、リィナは本気だ。

 勢い任せな感じも否めないけれど、彼女は彼女なりに物事を整理しているはず。


「ああ、分かった。俺はもう逃げない。フィオナに会っておこうと思ったけど、君が嫌がるのならやめるよ」


 そもそも俺は男としての野望を達成できたのなら未練などないと考えていた。相手がリィナであるのなら、煩悩など残さずに逝けることだろう。


 リィナは俺の手を取り、どうしてか目を瞑る。


 えっと、なんだそれ?

 ここにはグラハム教皇様だけでなく、王様や近衛兵の皆様もいらっしゃるというのに。


「マジか……」


 女神像の前で愛を誓った俺たち。

 準備万端に聖典を開き、その時を待つ教皇様。更には俺たちの後見人のような立場となったシルヴェスタ王。加えて、拍手する瞬間を待ち構えている衛兵たちまで。


 皆が一定の未来を予想し、俺の対応を注視していた。

 どうあっても、俺はここで誓いのキスをしなければならないようだ。リィナが目を瞑った時点でそれは決定しているようなものなのだから。


「リィナ……」


 彼女の肩を抱き、俺はリィナと口づけを交わす。

 思わず歯をぶつけそうになったけれど、リィナの柔らかい唇がそれを阻止してくれた。


 その刹那、拍手が大聖堂に響き渡る。と同時に教皇様による祝福の祝詞が告げられていく。


 このときから俺たちは公認の関係となった。

 俺が彼氏であり、リィナが彼女。想像もできなかった未来に俺たちは生きていた。


 とはいえ、運命は動いたようで相変わらずだ。二年間の至福の時を得ただけであり、時間的制約を課せられたそれは、真なる意味で幸福であるといえないもの。二人が共に過ごす人生は短く、二年しか与えられていないのだから。


「王様、それでお願いがあるのです。私たち二人は世界救済という使命を持っています。だからこそ、お会いしたい人がおります」


 祝福に対する感謝もなく、リィナが話を続けた。


 俺は今も初めての口づけに舞い上がっていたけれど、彼女は時間を惜しむかのように次を見据えている。


「ほう、流石は聖女のジョブを授かりしリィナだ。一体誰に会いたいというのだ? 儂はどこまでも協力するぞ」


「僭越ながら申し上げます。それは叡智の使徒。シリウス殿下ですわ」


 大聖堂がざわめき立つ。

 それもそのはず、王家の祝福の儀は秘密裏に行われる。もし仮に商人や農民といったジョブを授かった場合に、示しがつかなくなるからだ。


「ほう、知っていたのか……」


 王様も否定しない。

 やはり使徒は俺が知る通りなのだろう。違うのはアルクだけ。勇者だけが異なっていると思われる。


「ルカが知っていました。あと幸運の女神セラ様に聞いたのです。私の病気を治す術を賢者ならば知っているのではないかと」


「そういうことか。別に構わん。席を用意しよう。しかし、これからアークライトの出陣記念式典がある。そのあとになるので、王城の部屋で休んでいなさい」


 トントン拍子で話が進んでいく。王家と親戚であるとか、流石は上位貴族だな。


 このあと俺たちは王城の貴賓室らしき部屋へと通されていた。数日前は路上生活をしていたというのに、とんでもなく出世したような気になってしまう。


 シルヴェスタ王は式典に向かわれ、当然のことシリウス殿下もまた式典へと出席されているらしい。


「おいリィナ、この茶菓子めちゃくちゃ美味いぞ!?」


「落ち着いて食べなよ? てか、空にしないでよ?」


「リィナも食べたいんだな? ほれ、せっかくだから食っておけ」


「違うわよ! 出された食べ物を完食するなって言ってるの!」


 リィナ曰く、上位貴族では用意された食べ物を完食するのは行儀が悪いらしい。下位貴族の俺からすれば、残す方が失礼に当たるんだけどな。


「マジか。一個だけ残しとこ……」


「恥ずかしいわ。私と交際するのだから、その辺りの常識は覚えてもらわないと」


 確かに。冗談ではなく、本気で付き合うことになったんだ。

 俺は上位貴族の作法についても学んでいかねばならない。たとえ、それが二年という儚い期間でしかないとしても。


「ま、運命だからな……」


「せっかくの記念日に悲しくなるような話はしないで。これでも私は満喫する気なのだし」


「ああ、すまん。俺だって同じだ。好きだった君と交際した上で死ぬのなら、何の後悔も残らないだろう」


 このとき俺は気付いていなかった。

 俺とリィナの思惑に隔たりがあったことについて。


「ちょっと、ひょっとしてルカはまだ……?」


 言われて理解した。リィナは自身の命運が尽きることを悲しいと言ったのだ。間違っても俺が代行するという話ではない。


 けれど、俺はもう決めている。

 愛した人を守るって。だから決意を語るだけだ。


「俺は最後のとき、リィナを見送る自信がない。というより先に死にたいと思う」


 そもそもリィナに出会いたくなかったのは自分が死を選ぶと分かっていたからだ。


 彼女が苦しむ場面で、俺は必ずあの呪文を口にするだろう。リィナを救えるのであれば、俺の命なんて安いものだと。


「ルカは勇者なのよ!? 女神様にも止められたでしょ!?」


「シエラには止められた。だけど、自分の人生だ。最後は俺が決める」


 ゲームの俺も同じ気持ちであったことだろう。


 相思相愛の二人。どちらかが死ななければならないのなら自分の死を選ぶ。それはとても自然な行為であり、未練も後悔も残さないものだ。


「仮に君が先に死んだのなら、俺はそのあとずっと自分を責め続けるだろう。そんなのは望んでいない。俺は二年の内に世界を救って、君のためにあの呪文を唱えるつもりだ」


 言葉をなくすリィナ。彼女は他の手段を考えているようだけど、生憎と俺はあの呪文しかリィナを救えないと分かっている。


 なぜなら、選択肢は一つしかなかったからだ。

 残念ながら、あの悪夢で見たゲーム内の俺には他の選択肢が用意されていなかったんだよ。


「私はどうすれば良いの……?」


「生きろよ。俺はそれを望んでいる」


 戦いながら、俺は愛を知ろう。

 世界を救いながら、俺は愛を語ろう。


 それは一分一秒と目減りしていく時間との競争だった。


「でも……」


「気にするな。勇者としての使命を遂げたのなら、女神様たちも納得するだろう。俺は君がいない世界に生きるべきじゃない」


 話していると思考が纏まっていく。

 生きたいとしか思わなかった俺も、運命には逆らえないのだと。


 やはりリィナが病に伏せる姿は見たくない。俺は彼女を救うために生きているとしか思えなかった。ジョブもスキルも、そのためにあるのだと。


「既に所領は弟が後を継ぐことになっている。だから、俺はただのルカだ。生き残っても意味はない。この命は俺の意志で有効に使うつもりだ」


 もうリィナは反駁を加えなかった。


 全ては価値の問題だ。俺にはない価値がリィナにはある。

 また俺には彼女を救う明確な理由があったのだ。


 愛ゆえに――――。

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