第33話 悲運の女神、再び
視界が揺らいだかと思えば、新たな女神が眼前に現れていた。
懐かしくも感じる。祝福の儀で会って以来のシエラがそこにいたんだ。
「よう、久しぶりじゃないか?」
俺の挨拶にシエラは頷く。
やや頬を染めているのは俺に魅入ってのことなんだろうか。
「ルカ、会いたかったわ。できれば朝のお祈りはやめていただきたいのですけれど。じゃじゃ馬との密会は許せません」
天界に時間があるのか不明だが、本当にシエラは朝が弱いらしい。
「お前が寝てただけだろ? それに会おうと思って祈ってるわけじゃない。ネルヴァと会ったのはたまたまだ」
「あの子ってば本当に図々しいわ。本妻を差し置いて二度も会うなんて……」
本当に掴み所がない。使徒にはなったけれど、夫になったつもりはないっての。
「てか、シエラは俺の悲運が気に入ってるんだよな?」
俺は聞いておかねばならない。
不幸すぎる俺に魅入っているだけ。青以外の色を見ていないはずなんだ。
「どうして、そんなこと聞くの? 私はこれでも貴方を愛しているわ。深く澱む青の君を独占したいのです。愛しき青は全てを呑み込む。尊き青の私でさえも……」
女神ってのは愛を語らねばならない決まりでもあるってのか?
てか、シエラとはまともに話した記憶もないけれど、俺は彼女を魅了していたらしい。
「私は今まで使徒を大切にしたことなどありません。けれど、ルカに祝福を与えたあの日から、日増しに想いが募っていく。こんな気持ちは初めてですわ。ルカは誰にも渡さないし、殺させはしない」
シエラ曰く、これまでの使徒とは異なり、俺は大切にされているらしい。
頬を染めていたシエラなのだが、急に表情を厳しくして言った。
「ルカ、北へと向かいニルスの使徒を捜すのです」
ニルスとは悠久の女神様だ。追いかけろという理由は俺も分かっている。何しろネルヴァから聞いたばかり。悠久の女神ニルスは報復を受けることになる。
「俺なら気にしてない。リィナのおかげで助かったし」
「私が気にするのです!!」
大きな声で言われると、口を噤むしかない。
どうやら俺に魅入っているのは本当らしい。こんなにも声を荒らげているわけは俺を陥れようとした悠久の女神が許せないからだろう。
「どうするつもりだよ? 出会ったとして、俺は悠久の女神の使徒に仕返しするつもりはないぞ?」
「ルカ、貴方は矮小なる女神に運命を歪められそうになっていたのよ? ニルスには罰を与えなければなりませんの。いいこと? よく聞きなさい」
ネルヴァが心配していた通りになっている。
シエラが激怒していたことをネルヴァから聞いたけれど、今もシエラは溜飲を下げるどころか、熱を帯びたままであった。
「ニルスの使徒を殺しなさい――」
ネルヴァは確かに言った。シエラの命令を聞いては駄目だと。
善の女神たるネルヴァには予想できた未来であったのだろう。
「殺さなくても、加護を奪うだけでもよくね?」
「駄目ですわ。加護なんか奪っても意味はありませんの。それこそニルスの思惑通りになってしまうわ」
確かに、加護を奪うと女神まで付いてくるもんな。
独占したいと言ったシエラにとって、今以上に女神様が増えることは良いことじゃないのかもしれない。
「使徒を殺せ一年以内に新たな魂を使徒として選択しなければなりません。そうなると、もう大戦には間に合わない。終末の大戦は五人で戦うことになるのですわ」
「ちょっと待て。終末の大戦って何だ?」
俺は知っていたはずだが、問いを返していた。
エクシリア英雄伝では騎士学校在籍中に魔国と全面戦争となる。アルクは戦争について学びながら、前線へと赴き戦うのだ。
「ルカの運命が動き始めてから、未来は激変しているのです。あと三年は小競り合いが続く予定でしたが、魔国に新たな王が誕生してしまいました」
ああ、まさにそれだ。
俺が知るままの未来。魔を統べる王の誕生こそ、大戦に発展する切っ掛けであった。
「魔王ベルゼス・バルゼか?」
「それも知っていますのね? 流石は愛しき青。魔王ベルゼスは過剰なまでの魔素を注がれ生み出されました。魔神ザナ・サタンはこれまで六体の魔将を大地に立てましたが、中心となる魔王を創造したのです」
早い話が前線を司る六体の魔将に指示をだすのが魔王。魔王ベルゼス・バルゼは超越的な存在であり、世界の因果律を無視する魔王を倒さなければゲームクリアとならなかった。
「一つ聞いておく。シエラは世界の存続を望むのか?」
俺が知りたいことはそれだけだ。
私怨だけなら俺は同意できん。命令されたとして、聞き流すだけだった。
「当たり前でしょう? 世界が存続しなければルカは消えゆくだけ。私はそんな未来を望みませんの。今では貴方が世界を救う未来に期待をし、私の使徒として後世に語り継がれる英雄になることを切望しておりますわ」
真っ直ぐに見つめられると恥ずかしい。
駄女神なシエラであるけれど、落ち着いた青の長い髪。整った顔立ちから見せる笑みは俺の心を動揺させていた。
「信頼していいのか?」
「当然ですわ。ルカが信頼すべきは私だけ。私は創造されてから初めて、愛を知り世界を救いたいと考えておりますの」
誠に遺憾だが、俺はシエラに魅入っている。
これも女神の成せる業なのだろうが、彼女を信頼してみようとさえ思っていた。
「ま、とりあえずは追いかけてみる。しかし、無闇に殺すのは現段階で考えることじゃない。話を聞いてからだ」
「ルカってば温厚なのね? 死に対する罰は死しかないというのに。まあでも、ルカの意志を尊重しますの。期待する未来とは異なっても、ルカの決定に従いますわ」
現状は俺が知る未来でありながら、まるで異なる世界線へと突入している。
俺が勇者であることからして間違っているのだ。しかし、俺が生き残ることに反発している女神が一柱しかいないのであれば、それは正しい世界線なのかもな。
「最後に言っておきます。私はルカの意志を最大限尊重いたしますが、一つだけ看過できない未来があるのですわ」
シエラは補足的に言った。
これでもシエラは女神様だ。何かしら、良からぬ未来が視えているのかもしれない。
ところが、俺は絶句させられることに。
どうもシエラは先の先にある未来まで見通していたらしい。
「セラの使徒、リィナの運命を奪うことだけは許さない――」




