第030話 悲運
宿の食堂で朝食を取ってから、俺たちは街へと繰り出す。
かといって、目指すは王城だ。グリンウィードを発ってから十日ほどが経過していたけれど、街の様子を見る限りは勇者失踪だなんて問題にはなっていない感じである。
「すっごい人だな。まるで進まないじゃんか?」
「アークライト第一王子殿下の出陣式典みたいね。何でもご婚約まで発表されたみたいだけど」
リィナの説明に俺は記憶を掘り起こしていた。
それはあの世界線の記憶。エクシリア英雄伝の本編にあった話だ。
実をいうと、俺が会おうとしているフィオナこそがアークライト殿下の婚約者。フィオナ自身もイステリア皇国の皇女殿下であったりするのだが、そんな彼女が騎士学校へと入る切っ掛けは婚約破棄とかいう問題ではない。
それは単なる復讐劇。アークライト殿下が前線で討ち死にしてしまうからだ。
「そうなんだな……」
惚けるように返していた。
ゲームではアークライト殿下の出陣式典など描かれていない。
結果だけしか知らない俺は歴史の裏側を覗いているような気がしてしまう。この今こそが表側であったというのに。
「ま、俺たちには関係のない話だ……」
とはいえ、完全に無関係というわけではない。アークライト殿下の死はシリウスが戦うことの足枷となる。
第二王子シリウスまで戦死となれば、王国が傾く事態になるからだ。シリウスに戦ってくれと説得するのは骨が折れたと記憶している。
俺たちはパレード待ちの人混みを掻き分け、二人して王城へと向かう。今はやるべき事をやるだけ。死にゆく王子殿下に手向けの言葉などかける必要はない。
だが、城門の前で俺たちは衛兵に止められてしまった。けれど、俺は勇者。事実を伝えるだけで簡単に入城できることだろう。
「俺はグリンウィードから来ましたルカ・シエラ・アルフィスといいます。勇者のジョブを授かったので、陛下にご挨拶をと……」
登城などしたことがないので、俺は割と緊張していた。しかし、そのような状況にあっても、きちんと要件を伝えられたと思う。
ところが、衛兵は眉を顰めて俺を見ていた。
確かに田舎くさいかもしれんが、俺は間違いなく勇者であるというのに。
「勇者は三日前に到着した。残念だったな!」
「えええっ!?」
あれよあれよと言う間に俺は拘束されている。
勇者を騙った偽物として、投獄される羽目に。
「ちょっと、ルカは本当に勇者なんだから!」
リィナが割って入ってくれるも無駄なことだった。
アルフィス子爵家の身分証を奪われた俺は謁見の間ではなく、地下にある牢獄へと連行されるだけだ。
まるで現状が理解できなかったが、恐らくは奪われた身分証を悪用されたのだろう。仕返しは既に済んでいたけれど、あの二人を今更ながらに恨むしかない。
「ま、スラムと比べれば快適だな……」
俺は再び身ぐるみ剥がされていた。かといって、取り乱すことなく平常心だ。
十日も全裸で過ごした経験が生きている。牢獄にゴミは散乱していないし、素っ裸でも不快感は少しもない。
「しっかし、どこの誰が俺の身分証を使って勇者だと名乗り出たんだ? 俺が勇者だと知っている人間は少ないと思うけど?」
知っているのは故郷グリンウィードの住人か、リィナだけである。
だけど、リィナを含めるのなら容疑者は他にもいることになるな。
「女神の使徒か……」
教会という神聖な場所でしかジョブの判定はできない。
だから王様は身分証だけで判断してしまったはず。従って行方不明になった俺に対して、捜索隊が編成されていないのではないだろうか?
「使徒で男なら、叡智の女神か悠久の女神の使徒……」
容疑者は絞られたも同然だ。
叡智の女神マルシェ様の使徒シリウスは流石にそんな暴挙に出ないだろうし、そもそも彼は王子殿下なんだ。資金や立場で困っているはずがない。
「となると、悠久の女神ニルス様の使徒フィン・ニルス・クロノリアか……」
時空術士フィン・ニルス・クロノリア。そのジョブは時を操るもの。
ゲームでは敵の動きを遅くしたり、自軍のキャラをスピードアップしたりできる。アクションRPGには便利すぎるキャラクターであったが、例によって男性キャラは俺の好みじゃなかった。
「やっぱゲーム時間よりも早く動いているのかもしれない……」
リィナが動いていたこと。その事実だけで他の使徒たちも動き始めていることを否定できない。リィナだけが動いているなんて、都合の良い解釈だろうし。
「俺のせいか?」
聞けば悠久の女神ニルス様は俺にかなり執着していたという。
彼女が真っ当な女神でないことは明らかだ。何しろ、悠久の女神ニルス様はシエラが話す善の女神に含まれていないのだから。
「きっと俺の死を待ち望んでいるんだ」
聞いた話では悠久の女神ニルス様は俺が死んだ後の魂を欲しているらしい。
現状の俺は勇者だというのに、彼女は俺が野垂れ死ぬことを望んでいるのだろう。
「フィンは癖のあるやつだし、きっと俺を逆恨みしているはず。勇者を騙って、悪事をしでかしたとしても不思議じゃない」
エクシリア英雄伝は基本的に魔国との戦いを描いている。
六人の主要キャラは騎士学校へと入り、戦闘について学びながら前線で戦うのだ。ただの学生ではなく、騎士学校への入学は同時に入軍を意味していた。
騎士学校の正式名称は双国立騎士学校。その名の通り、シルヴェスタ王国とイステリア皇国の共同出資にて設立されている。
「フィンはどう動くつもりだ?」
明らかに動きが早い。フィンはイステリア皇国の人間であり、祝福の儀のあと即座に王国へ赴いたとしか思えなかった。何しろ、移動だけでも十日はかかるはずなんだ。
「いや、フィンだからこそ先んじて動けたのか……」
時空術士のジョブ。自身の高速化くらいは容易いことだろう。戦闘力は皆無のフィンであったけれど、サポート役としては超一流だからな。
「絶対に悠久の女神ニルス様が一枚噛んでいるな……」
真っ先に王国へと来たのはニルス様の指示に違いない。俺の邪魔をするように言付かっていることだろう。
「まだ王都に潜んでいるかもしれん」
ゲームでも好感度最悪のフィンが現実で俺と仲良くなれるはずもない。もっとも俺が知る性格ではないかもしれないけれど。
「ミリアとフィオナの動きはどうかな?」
美の女神の使徒フィオナと愚者の女神ルシアンの使徒ミリア。皇国側の英雄である二人の動向も気になっている。
アークライト殿下の婚約話から、フィオナは恐らく存在するだろう。だが、愚者の使徒であるミリア・マルカリオンは俺と同じ下位貴族なので、騎士学校に入らないと動きが分からない。
「俺はどう行動すべきなんだろう」
ゲーム時間と同じでは遅すぎる。勇者としての使命を成し、リィナの運命を引き受けるのであれば、俺はいち早く仲間を募って戦うべきだ。
「リィナに推薦状をもらおう……」
それしかない。上位貴族たちは基本的に十五歳から十七歳まで上級教育を受ける。だからこそ、騎士学校へ入学するのは十八歳からが大多数だ。
しかし、年齢制限があるわけではない。成人した十五歳から入学は可能だった。
「悠久の女神ニルス様には待ってもらおう。俺は自分の人生を輝かせたい。たった二年しかなくても、俺にはそれで充分だ」
何も起きなければ、俺は二年後に死んでいたんだ。
凡庸なルカでしかなく、人知れず失われるだけの使徒。その俺は何の輝きも帯びていなかったことだろう。
けれども、現状の俺は違う。死ぬ気で戦えば救世主となれるかもしれない。死後も語り継がれる英雄になれるかもしれないんだ。
どうせ死ぬなら格好をつけたい。
好きな人と結ばれ、そして彼女に全てを捧げてこの世を去る。
それって滅茶苦茶に格好いいだろう?
絶対にその俺は輝いているはずだよな?
俺は決意を新たにしていた。
短くとも目一杯に輝いた人生にしようと。




