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第003話 ルカの願い

「ルカ、いつまで寝ている! さっさと起きろ!」


 長い時間、記憶を掘り返していた俺は再び父上に怒鳴られていた。

 でも、寝ていたわけじゃない。ただ呆然としていただけだ。


「あ、はい! もう起きました!」


 返事をしたものの、今も思考は悪夢に囚われている。


 他のことを考える余裕はない。何しろ十七歳で死ぬ未来を見てしまったのだ。どれだけ達観していたとしても、受け入れるのは難しいだろう。


「ひょっとして悲運の女神が俺に見せた夢なのか?」


 得られた結論はそんなところだ。

 三歳の誕生日に俺は教会で洗礼を受けた。悲運の女神シエラの加護を持つことは判然としていたんだ。ディヴィニタス・アルマという固有スキルについては分からないが、恐らく二週間後に執り行われる祝福の儀で授かるのではないだろうか。


「あの夢が俺の未来なら……」


 エクシリア世界は七柱女神によって支えられている。女神たちは各々に加護を与え、稀に使徒を選んでは勇者や聖女といった世界を安寧に導くジョブを授けたりもした。


「悲運の女神に魅入られた運命なんだろうか?」


 あの夢の通りに死ぬのであれば、悲運といって間違いはない。加護を与えた女神様の名に恥じない人生であることだろう。


「やべぇな。やっぱ俺は十七歳で死ぬのか? 彼女もいないってのに……」


 流石に納得できない。ゲーム時間で十七歳。今より二年後、リィナという女性のために死んでしまうなんて、俺はそこまで聖人じゃないっての。


「おい、ルカ! 早く起きろといってるだろ!?」


 そんな折り、父ゾルカの怒鳴り声が聞こえた。

 父上は滅茶苦茶怖いんだよ。子爵家の長男だってのに、朝から農作業や魔物狩りの手伝いをしなきゃいけない。悩む時間すら俺にはないみたいだ。


「今行きます!」


 とりあえず俺は夢が現実にならないように動いていくしかない。できればリィナという女性には近寄らないようにして。


 あと二年しかない。幸運と考えるならば、あと二年もある。

 とにかく十五歳を迎えた祝福の儀もあることだし、あの夢が現実かどうかも分かるはずだ。


 きっと俺は十七歳のあとも生きられる。子爵家の長男という恵まれた環境のまま、美しい妻を娶って素晴らしい人生を送ることだろう。


 悪夢にあった未来だけは絶対に回避してやるからな。



 ◇ ◇ ◇



 晴れて俺は祝福の儀を迎えることになった。


 それは十五歳という年齢まで生きた証し。一応は大人として認められる日だ。教会にて七柱の女神様に感謝をし、祝福を与えられるという儀式である。


「とても素敵よ、ルカ! 凄く格好いいわ! ママと結婚しましょう!」


 母マリアは俺の晴れ姿に目を細めている。大枚叩いて仕立てた服。それに袖を通した俺を手放しで褒め称えていた。


「俺も母上のことは大好きですけど、結婚はちょっと……」


 母は息子二人を溺愛している。さりとて脳筋子爵と比べたならば、俺たちのことは天使にも見えていたことだろう。


「兄様はシエラ様の加護があるんだし、きっとレアジョブを授かるはずだよ!」


 続いて弟のアルク。それは俺を悩ませている原因だ。今も俺はあの悪夢が気になっているのだからな。


「いや、お前だって武運の女神ネルヴァ様の加護があるだろう? 俺は固有スキルなどいらん。ジョブも並大抵のもので構わない」


 いずれアルクは勇者になるのだろう。俺はそれを知っている。

 武運の女神ネルヴァ様が与えるハイレアジョブといえば、勇者と相場が決まっているのだからな。


「ええ? 僕はきっと一般的なジョブですから。兄様は勇者とか英雄とか授かってしまいましょうよ!」


 アルクは自分を卑下するように言った。とはいえ、俺もアルクの意見に賛成だ。アルクが授かるジョブは一般的なジョブであって欲しいと心から願っている。


 仮にアルクが勇者のジョブを得てしまえば、あの夢は真実味を帯びてしまう。俺の固有スキルと同様に、それだけは回避したいところだな。


「馬鹿を言うな。俺はただのルカ。それ以上でも以下でもない」


「兄様、カッコいい!」


「ホント、結婚してぇぇっ!」


 ため息しかでない。俺はもの凄く緊張していたというのに。


「行くぞ、ルカ。せめて領民に報告できるジョブを授かるんだ」


 父上がそういうと、馬車が走り出す。目指す場所はグリンウィードにある聖堂だ。司教様の祝詞によって祝福の儀を受けることになっている。


「腹を括るしかないか……」


 聖堂に入ると、新成人たちが七柱女神像の前へと集められていた。


 祈りを捧げると、祝福が与えられる。祝福は平たく言えばジョブのこと。大多数が無難な汎用ジョブを授かることになり、何を授かったかは女神像前に置かれた水晶へ表示されるんだ。


 平民たちから祝福の儀が始まっていく。どのようなジョブであっても、彼らは歓喜しているようだ。ジョブにより己の未来が切り開かれるかのように。


「俺は代行者以外を授かるしかない」


 ゲームにいた俺は【代行者】であり、その名の通りに俺はリィナの病を代行したわけだ。仮に代行者というジョブを得たとして、身代わりで死ぬなんて御免被りたいけれど。


 めぼしいジョブはここまで出ていなかった。農民や商人、狩人といった一般的なものばかり。しかし、俺はそれが羨ましいと思う。


 たとえ父上を失望させようとも、俺は農民や商人がいい。あの悪夢を肯定するようなジョブだけは引きたくないんだよ。


「ルカ・アルフィス前へ……」


 司教様が俺を呼ぶ。ここまで来たら、まな板の鯉。小さく息を吐いてから、俺は女神像の前へと歩む。


 左から美の女神と愚者の女神。その隣は叡智の女神であり、武運の女神像と続く。更には問題の悲運の女神像があって、幸運の女神と悠久の女神がその隣に並ぶ。


 眼前にある七柱女神像の前に膝をついて、俺は祈りを始めていた。


 できれば農民や漁師といったジョブが欲しい。何事もなく十七歳以降も生きられるようにと。

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