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第029話 朝チュン?

 朝が来たようだ。


 俺は一睡もしていない。すやすやと眠るリィナに気を取られ、集中していないと暴発してしまう恐れがあったからだ。


「ゲームと違いすぎる……」


 元気一杯の少女。穢れのない聖女イメージを抱いていたというのに、実際に出会った彼女は婆やという毒物によって侵食されていた。妙な固定概念を植え付けられ、男というものを彼女は誤解している。


「まあ、俺自身もゲームとは違うしな。十五歳で旅立つなんて設定はないし、何より勇者だから……」


 俺が知っている世界線とは異なる。全ては歯車が狂ったせいだろう。定められた運命の通りに、俺がリィナの代行者となっていないのだから。


「お父様、お母様、ごめんなさい……」


 おっと、そうしている間にも思い込みの激しい彼女が目を覚ましたらしい。

 起き抜けに懺悔するなんて、今度は一体何を妄想しているのやら。


「おはよう、リィナ……」


 俺が声をかけると、リィナは驚いていた。けれど、別に怯えるような感じではない。ようやく俺が安全な男だと理解したのだろうか。


「おはよう。ルカって意外と家庭的だったのね? 昨晩はルカが一流のシェフだということが分かったわ」


 あれ? やはり、この娘はおかしい。


 明らかに上位貴族であり、住む世界が異なる。しかし、異世界からやって来たとしか思えないほど、リィナとの会話が成り立たない。


 俺が小首を傾げていると、彼女は続けた。


「昨日は美味しく料理されちゃったし……」


「この子、絶対におかしいって!!」


 妄想が過ぎるのか、それとも婆やに洗脳されているだけか。

 言葉のセレクトが老婆の押し付けにしか思えねぇよ。


「俺がいつ料理したよ? 寝ぼけてないで、さっさと起きろ」


「婆やが言ってたんだもの! 男は時に超一流のシェフになるって!」


「婆やの話は忘れてくれぇぇ!」


 どうにかしてリィナの思考をリセットしないことには、この先が思いやられる。


 俺だって料理できるものならしてみたいけど、経験がないのだから大惨事は目に見えているのだ。


「リィナ、少しずつ階段を昇っていこう?」


「駆け上がったばかりなのに!? この上に何階あるというの!?」


「落ち着け。昨日は本当に何もしてない。一緒のベッドで寝ただけだ……」


「嘘よ!? 男は息を吐くように妊娠させるって婆やが言ってたもの!」


 婆やへの信頼感は何なのだろう。


 俺の言葉は少しも信用されていないというのに、婆やには絶大的な信頼がある。婆やの洗脳能力が恐ろしく感じられていた。


「じゃあ、事が済んだということでいい」


「初めから素直になれば良いのよ。私は身も心も捧げた。一生涯に亘って、ルカの性奴隷よ……」


 俺は婆やを恨むしかない。

 リィナを耳年増な少女にしてくれた婆やを。高度な洗脳を施した婆やを許さないだろう。


 とりあえず、動き出す前に聞いておかねばならない。リィナの目的が何なのかを。


「リィナ、君はなぜ動き始めた? 俺と会うためだけじゃないだろう?」


 ゲームでは所領に引っ込んでいたのだ。


 ルカがリィナを説得しなければ、サンクティア侯爵領で運命を迎えたはず。しかし、現状の彼女は十五歳にして旅立っている。それが俺と会うためだとは思えないんだ。


「ああ、王都に来た理由? ルカに会う目的と、叡智の使徒を捜そうとしてたの」


 ようやく話が進み出す。やはりリィナは別の目的も持っていたらしい。


「叡智の使徒? それなら俺の目的地と同じだな……」


「知ってるの!? セラ様は教えてくれなかったのだけど!?」


 どうしてセラ様が内緒にしているのか分からんが、世界線に変化がなければ、叡智の使徒を俺は知っている。


「叡智の使徒は第二王子シリウス殿下だ……」


 シリウス・マルシェ・シルヴェスタ第二王子殿下。ゲームでは恋のライバル的な立ち位置であるけれど、味方に引き入れないことにはゲーム難易度が極端に上がってしまう。


 リィナにちょっかいを入れてくるキャラクターなので、俺はあまり好きじゃなかった。


「え? シリウス殿下が叡智の使徒なの?」


「立ち位置的に微妙な人だが、知略には秀でてる。協力してもらうべき人だな」


「叡智の女神マルシェ様は最初にルカを選んだらしいのだけど……」


 シエラをして、俺は愛され坊やらしいからな。女神にだけやたらとモテるんだ。


「俺は異世界線の記憶を持っているからかもな?」


「本当にそうなのかもしれないわね。ルカは知りすぎているし……」


 兎にも角にも王子殿下。どうせシルヴェスタ王陛下に謁見する予定だし、リィナの目的も一緒に終わらせておこうか。


 俺たちは共同生活の第一歩を踏み出そうとしていた。

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