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第027話 共に過ごす夜

 俺は焦っていた。

 積極的すぎるリィナに。てか、マジで俺を誤解している。


 誘われるのは吝かでないのだが、死を覚悟したような目をされてしまってはその限りじゃない。


「絶対に君を悲しませたり、傷つけたりしない。俺は女神様に誓おう」


 これで良いはずだ。

 エクシリア世界において、女神様に誓ったことは絶対なんだ。俺は間違ってもリィナを泣かせたりしない。


「分かった。優しく抱いてくれるのね……?」


「ちゃんと聞いてましたぁぁ?」


 明らかにリィナがおかしい。

 どうしてもソッチ方面に思考が誘導されている。そりゃ俺もお願いしたいところだけど、この流れで及ぶのはリィナを傷つけるだけだ。


「婆やが言ってたもの! 殿方はあの手この手で身体を求めてくるって!」


「諸悪の根元はそいつか!?」


 聞けば婆やはメイド長であり、長くサンクティア侯爵家に仕える者らしい。しかし、その婆やはリィナに何を教えてくれたんだよ。


「とりあえず休もうぜ。どうしてもベッドで寝るなら、リィナが奥に行けよ」


「分かった。奥だと逃げられないものね……」


「俺が逃げ出したいくらいだ!」


 うん、きっとまた婆やの入れ知恵だろう。


 だから聞き流すことにした。亀の甲より年の功とはよくいったものだが、此度に関しては余計なお世話だと声を張りたい。


「パジャマ買わねぇとな……」


 やはり文明人として寝間着は必要だ。

 このような事態が待ち受けているかもしれないのだから。


「パンツは買わないんだ……?」


「言い忘れただけだから!」


 どうにも、おかしい。

 俺は確かこの子が好きだったはず。しかし、ゲームとリアルで性格に差異がありすぎる。ひょっとして俺が勇者になった辺りから、運命って奴が動きまくってるんじゃないか? 


「貴方も突っ立ってないでベッドに入って……」


「リィナ、貴方とは呼ぶな。俺はもっと親しげに呼んで欲しい」


 ずっと貴方と呼ばれている。

 警戒されているのは承知しているけれど、俺はゲームのように名前で呼んで欲しい。


 どうしてか目を丸くしたリィナ。無理難題を突きつけたつもりはないぞ?。


「名前で呼んでくれよ。一緒に過ごすことに決めたんだ。よそよそしい貴方呼ばわりなんて俺は嫌だ……」


 こうなると、はっきり言うしかない。

 婆やに毒されたリィナには明確に告げておくべきだ。


「えっ? 名前呼び……?」


「ああ、そうだ。俺のことはルカと呼んで欲しい。あとベッドでは寝るだけ。俺は愛のない行為を望んでいないからな」


 とりあえず、俺の希望はそれだけだ。

 ベッドに入っても何もしないし、朝が来るまで眠るだけだからな。


「分かった。ルルル、ルカ君……」


「君とか様とかなしだ……」


 ここは妙な壁をなくしておきたい。

 この先の二年間を充実した期間とするためには、ルカと呼び捨てにしてもらいたいんだ。


「何て要求を!? 言っとくけど、私は堕落した女じゃないの! 人前で男性を呼び捨てにするなんて、世間がどう考えるか分かってるの!?」


 まあ、確かに。結婚前の女性なんだ。しかも侯爵令嬢だからな。

 俺の記憶にある世界線とは違う。男性のファーストネームを呼ぶなんて夫婦でもない限りあり得ないのだ。


「ああ、すまん。流石にそこまで考えていなかったよ……」


 そもそも俺はエクシリア世界の住人だというのに、あの世界線の話を持ち出してしまった。流石にここは俺が悪いと思う。


「呼ぶわ!」


「呼ぶのかよ!?」


 まるで掴み所がない。

 リィナは難色を示したようで、俺の要求に応じていた。加えて、目一杯に顔を赤く染めている。


「ルルル、ルカ……」


 やべぇな。破壊力がこれまでと段違いだ。


 異性に名字を呼ばれたことすらない俺が名前を呼ばれたのだ。何だか、いけない扉が開いてしまいそうだぜ。


「隣に入るぞ。何もしないと約束する。俺は愛のない行為はしないからな」


「うん、分かった……」


 ようやく眠れるのだろうか。


 俺は久しぶりのベッドに興奮している。いつも汚い路地裏で寝ていたから、柔らかいベッドの有り難みは誰よりも分かっているつもりだ。


 リィナが眠る隣に。

 俺は本当にどうかしてしまいそうだった。単にゲームで好きだったキャラクターなんだが、現実の彼女は想像を絶する美貌をしている。どうして美の女神イリアの使徒ではないのかと考えてしまうほどに。


「駄目だ。これは眠れそうにない」


 夢の世界でガチプレイしたゲームの推しキャラクター。リィナが隣で寝ている。ランプのか細い灯りに照らされるリィナの横顔はまさに芸術だった。


 愛がない云々のくだりを忘れてしまいそうなほどに、彼女は俺を惹き付けている。まるで俺の悲運を急かしているかのように。


 あまりに眠れないので、寝返りを打つ。すると、左手がリィナの身体に当たってしまう。


「あっ……?」


「今のは愛なの!? 愛があったのでしょ!?」


 急に大きな声を上げるリィナ。熟睡しているのかと思えば、起きていたらしい。


「寝返りを打ったら当たったんだ。ごめん……」


「ごめんって何!? ボディタッチは求めてるサインだって婆やが!」


「早く寝ろ。俺ももう寝るからな……」


 急に冷めていく恋心。婆やなる者には一度会って、懇々と説教してやりたい。

 リィナをねじ曲げてしまった彼女には言いたいことが山ほどあるんだ。


 今はもう無心になって寝るしかねぇ。

 隣で眠るリィナのことは考えないようにして、ただひたすら寝ることにする。


 でも、少しだけトイレに行って良い?

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