第026話 リィナの覚悟
宿の一階で食事を取ったあと、私は部屋にルカを案内しています。
過度に脈動する胸。覚悟はしたけれど、どういったことをされるのか不安で仕方がない。
まあでも、男女交際なんて人生で考えもしなかったこと。だから残念に思うよりも、前向きに捉えていきたい。
全てを捧げる人が世界を救うのだと。私が選んだ人は誰よりも尊いはずなのよ。
「どどど、どうぞ? 奥が良い? それとも手前?」
ベッドを指さして確認を取ります。手前だとベッドから落ちるかもしれないし、私が手前に行くべきよね?
「リィナ、何を勘違いしているのか知らんが、俺は床で寝るつもりだぞ?」
「だだ、駄目よ! そんなの駄目だわ……」
私の覚悟に気付かないのか、ルカは床で寝るだなんて話をする。
部屋に招いてまで、床で眠るように私が命じるとでも考えているのかしら?
「貴方が床で眠るのなら、私も床で寝るわ!」
「いや、君の部屋だろうが……」
「私は覚悟してるの。乱暴さえしないのであれば……」
できたら優しくして欲しいわ。
初めてなんだもの。婚前交渉ではあるけれど、事情が事情だし。それに時間がない私は世間体よりも、この人生における美しい思い出にしたいの。
「誤解すんなよ? 俺は愛のない行為などしたくない」
「嘘よ! フィオナって子で済まそうとしてたじゃない!? 私のことが好きなら私を抱くべきだわ!」
「そりゃそうだが、あれは君に嫌われる意味合いもあったんだ。まあ、あわよくばという思いもあったけど……」
「ほら、みなさいよ! 私は私だけを見てくれなきゃ嫌なの!」
私は何を口走っているのだろう。
感情に任せて話す台詞は好きとか嫌いとかそういうのじゃなく、まるでルカに迫る痴女みたいだわ……。
「とりあえず落ち着けって。君が真っ直ぐな人だって俺は知っている。だからこそ、理由付けしただけだ。俺は誰よりも君のことが大切で、大好きなんだから」
ズルいわ、それ……。
好きとか恥ずかしくて、私には口が裂けても言えそうにない。
「真顔で言わないでよ……。流石は美の女神イリア様に魅入られるだけはあるわね」
とにかく誤魔化さなきゃ。顔を赤くしているなんて思われでもしたら……。
「知ってたのか? どうしてか分からんが、俺は女神ウケがいいらしい」
「分からないの? 私は実感したけど?」
「今まで女性と交際したことがないんだぞ? どの辺りに実感したってんだ?」
思わず返したけど失態だわ。
ルカによる巧妙な誘導だったのね。私はあくまで自己犠牲として、彼に抱かれなくてはならない。恋愛において大勝利を収めるために。
「えっと、その……。少し格好いいわ……」
わーわー! 違う! そんなこと言いたいわけじゃないって!
言った側から後悔するようなことを口にしちゃうなんて私らしくないっての。
「本当に? マジで嬉しいよ……」
あれ……?
なんだか思ったより恥ずかしくないわ。というより、私を気遣って聞き流すようにしてくれたのかしら?
「嬉しいなら、さっさと後ろを向いて。ナイトウェアに着替えるから……」
「ああ、すまん! 気が利かなくて……」
どうせ私はこのあと脱がされるんだけどね。
でも、最初から裸で寝るなんて許されない。婆や曰く、雰囲気作りが大切らしいし。
アイテムボックスから寝間着を取り出し、私は着替え始める。
ヤバいわ。滅茶苦茶に心臓が鼓動してるよ。発作が起きても不思議じゃないくらいに。
「着替えたわ。貴方もどうぞ……」
「ああ、それが寝間着なんて持ってない。一人旅だったし、下着で寝たらいいと考えてたんだ……」
そういえばそうだったわ。
ルカは真っ裸だったんだもの。パジャマとか持ってたら、それを着るわよね。
「じゃあ、下着でいいわ……」
「いや、下着は買ってもらってないから……」
え? そういやそうだったわ。
ルカは真っ裸だったのに、私はフォーマルな衣装しか買ってあげていない。そりゃ、下着を持っていたら、素っ裸で彷徨かないわね。
「じゃあ、裸でいいわ。どうせ脱ぐんでしょ? 私を陵辱するつもりなんでしょ!?」
「いや、だから俺は愛がない行為はしないと……」
「じゃあ、愛を語らいながら恥辱的な行為に及ぶのでしょ!?」
拝啓、お母様にお父様。
娘は今晩、大人になります。
それも王都で出会ったばかりの人と。婆や曰く、ワンナイトラブとかいうやつです。
どうかお許しください。
リィナは幸せになりますので……。




