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第022話 魂の価値

 えっと、何?

 今、私の名前を呼んだ?


 そんなはずないって。だって私は彼と初めて会うんだもの。加えて全裸で街を彷徨くような知り合いなどいないわ。


「リィナだよな……?」


 どうしてか彼が続けます。

 やはり聞き間違いではなかったみたい。彼はハッキリと私の名を口にしていました。


「ええ、まあ。私はリィナ・セラ・サンクティアだけど……?」


「そうか……。ハハハ、俺って奴は本当についてないな……」


 なぜか彼は頭を抱えるようにして笑っています。


 ついてないってどういうこと?

 彼は私のことを知っていて、尚且つ出会いたくなかったってこと?


「貴方、誰なの……?」


 再び問いかける。

 私は彼が何者なのか知りたい。

 私を知っていたのに、避けようとしていた理由まで。


 私の質問に彼は苦い顔。やはり会いたくない理由があるのでしょう。正体を明かしたいとは考えていない感じ。


「まあ、知ってると思うけど……」


 知らないって。

 初対面である私が何を知っていると言うつもりなの?


 疑問しかなかった私なのですが、彼はその言葉通りの話を続けます。私が彼を知っている理由をそのままに。


「俺はルカ・シエラ・アルフィス――」


 言葉を失うには充分すぎる回答でした。


 確かにルカならば知っている。何しろ私はいの一番にルカ・シエラ・アルフィスに会えとセラ様から聞いていたのだから。


「貴方が……ルカ?」


 南部に住む子爵家の長男。弟のジョブを奪い悲運の女神シエラに魅入られた魂。更には私のことを好きだと言って、死する私の運命を背負ってしまう人。


「そういうことだ。ま、幸運の黄色に悲運の青が勝てるわけねぇな……」


「いや、どうして私と会いたくなかったの? 私はその……会いたかった……」


 私の話にルカは顔を赤らめています。意味深に口籠もってしまったのはマズかったのでしょうか。


 頭を掻いたあと、ルカは返答を始めました。


「俺は君に会いたくないわけじゃない。寧ろ、会いたかった。でもな、俺は君に会ったとき、自信がなかったんだ」


「あんなに強いのに? 私に嫌われるとでも思った?」


 よく分からない話です。

 本当に私のことが好きであれば、会いたいと思うものじゃないの?


 恋愛については婆やに聞いたくらいで詳しくありませんが、圧倒的な剣技を見せつけたのなら、少なからず私は尊敬の念を覚えるわ。


「いや、そうじゃないよ……」


 煮え切らないわね。

 曖昧な人は嫌いよ?

 私に好かれたいのであれば、男らしく明確に意見を述べることだわ。


 やや口を尖らせていた私ですが、考えもしない理由を聞かされる羽目に。


「君のために死を選んでしまいそうで……」


 え? 嘘……?


 そういえば彼は私のことを知っているのだ。私のことを好きになるくらいに。確実な死を受け入れてしまうほどに。


「どうして……?」


 理由はセラ様から聞いていたのに。私は問いを返していました。

 彼の口から聞きたいと思う。私を救おうとするその理由について。


「君のことが好きだからだ――」


 何て返せばいいのだろう。

 質問したのは私自身なのに、私は返答に困っている。


 聞いたままの回答。真っ直ぐに見つめられた私には返す言葉がない。


「もしも君が望むのなら、俺は君の運命を背負っても構わない。かといって、俺は勇者になってしまった。もう俺は役立たずのルカではなくなったんだ……」


 ルカも使命を理解しているのでしょう。

 悲運の女神に謀られ、勇者になったと聞いた。だけど、彼は激変した運命の中でも、ちゃんと自分を見据えているみたい。


「私もそれは望まないわ。本当に聞いた通りね。私は貴方のこと何も知らないのに、私のことが好きだって。私のために死を選ぶだなんて……」


「不思議に思うかもしれない。でも、俺は君のことを知っている。性格から好きな食べ物。君を煩わせている運命についてまで」


 全然、理解できないのは相変わらず。どれだけ私のことが好きなのよ? 性格や好みの食べ物まで知ってるなんて異常にも思えてしまう。


「ま、気にしないでくれ。もしも生きたいと願うならば、そのとき俺はその気持ちに応えよう。加護をくれた女神たちを裏切るとしても」


 気にするって! 絶対に気になっちゃう!

 女神様を裏切るなんて相当な覚悟だもの。


「ちゃんと教えてくれない? 私は物事を整理したい。覚悟に至った理由を聞かないと判断できないもの」


「君はそういう人だったな。話せば長くなるし、理解もできないだろう。俺が君のことを知る理由は端的に言うと異世界線。この世界とは異なる世界の君を知っているんだ」


 正直に聞かなきゃ良かったと思ってしまった。だって、彼の返答は現実的な話じゃないんだもの。


 貴族界の催しで偶然に見かけて一目惚れしたとか、剣術の大会を観覧してて大好きになったとか。私はそんな運命的な話を期待していたのに。


 だけど、彼は難解な弁明を始めて、論点をずらそうとしている。


「そんな与太話……」


「信じられないと言ったはず。聞くなよ……」


 顔を背けるルカ。

 あれ? 嫌われた? 信用しない私に嫌気が差した?


 いやいや、ちょっと待ってよ。

 確かに残念だと思ったけど、貴方に嫌われるわけにはならないんだから。セラ様が貴方の助けを借りろと仰ってるんだもの。


「ごめんなさい。でも、私は異世界線なんて信じられないわ」


「信じる必要はない。理由を問われたから話しただけ。俺だって信じてもらえるとは考えていない」


 謝ったというのに、彼は顔を背けたまま。これ絶対に怒ってるわよね?


「どうしたら許してもらえる? 私は貴方に嫌われたくないの」


「セラ様に言われたんだな? でも、俺が君を嫌いになることなんてないさ。魔力循環不全を請け負ってまで生かした君を俺が嫌う理由はない」


 話が前に進まないな。

 私が異世界線なるものを受け入れない限り、この問答が続きそうな気がする。


「じゃあ、その世界線の貴方は最後どうなったの? 運命を背負う呪文を私に使ったんでしょ?」


「死んだと思う。具体的には俺も分からない。ただ君の病気が治ったというか、君の未来が開けたのは分かっている」


 やはりセラ様が仰ったままかも。彼がディヴィニタス・アルマを唱えると、私は死を待つだけだった運命から解放される。彼はその結果を知っているのね。


「俺はその世界線の記憶を持っている。まるで同じ時間帯なんだ。やり直しを命じられているみたいに。死んだ俺はきっと満足していただろう。好きだった君を価値のない命で救えたのだから……」


「卑下しないで。価値がないなんて嘘よ。貴方は四柱の女神様が希望した魂なんだもの!」


 私は何を口にしているのだろうか。

 自分の価値は自分で決めるもの。だというのに、私は女神様が選んだという理由だけで、彼の価値を判断している。


 一方的な意見だと思ったけど、彼は笑っています。

 如何にも私が正論を述べたみたいに。


「俺にも価値があるといいな――」


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