第021話 思わぬ言葉
戦いを始めてから、どれだけ時間が経過しただろう。
期待した衛兵はまだ到着していない。だとしたら、俺がこの魔物を倒すしかないってことかよ。
「攻撃力プラス補正は働いてるんだろうな!?」
一応はステータスを確認すると、ジョブはちゃんと勇者のまま。
得られた結論は攻撃力プラス補正があったとして、三階級の魔物と戦うにはレベルが足りないということだ。
「あれ……?」
そういえば加護。悲運の女神シエラはあの呪文を俺に与えてくれた。ならば、武運の女神ネルヴァは俺に何をくれたというのだろう。
ステータスには間違いなくネルヴァの加護があるんだ。だったら、俺は何かしらの固有スキルを得ているかもしれない。
「愛ばっか語りやがって説明不足とかないぜ……」
こうなるとステータス画面を触りまくるだけ。恐らくは勇者をタップすれば何かしら分かるんじゃないだろうか。
「あっ……?」
一応は予想通りだった。しかし、内容までは想定していない。
シエラと並んで原初の三女神であるネルヴァはその地位に恥じない固有スキルを与えていたようだ。
【烈火無双】
烈火無双はゲームで見たものと同じ。勇者アルクが最後に覚えたスキルであり、最大にして最強のスキルだった。
ゲーム時間の一日に一回という使用制限はあったけれど、このスキルのおかげでアルクは魔国の精鋭とも互角以上に戦えたんだ。
「確か十秒だったな……」
シミュレーション要素まで含むアクションRPG。烈火無双さえ使用すればアルクは圧倒できた。使用期限である十秒内に問題となる強敵を屠れたんだ。
「使うっきゃねぇよなぁ!!」
へたり込む女性が更に腰を抜かすかもしれない。
いや、格好いい俺の姿に惚れてしまうかもな。
下心を過度に含ませながら、俺は勇者の固有スキルを実行する。
「列火無双!!」
刹那に力が湧き立つ。加えて、赤の女神ネルヴァを彷彿とさせる真紅の炎が俺の包丁に宿っていた。
全てを焼き尽くす炎の刃が刀身を覆うどころか、長剣のように伸びていたんだ。
「悪ぃな……」
だからこそ、俺は謝罪にも似た言葉をかける。
この戦いの趨勢はもう決定したのだと。
「雑魚の出番は終わりだ――」
◇ ◇ ◇
私は今もへたり込んだままです。
症状はかなり改善していたものの、呆気にとられてしまって立ち上がることすらできません。
「そんな……?」
決してソロで戦う魔物じゃない。
私だって剣に覚えがありますけど、時間稼ぎしか考えていなかったのに。
だけど、目の前の男性はろくな装備もないままに、フライリザードを圧倒していたの。
「だけど、仕留めるには難しいか……」
やはり問題となるのは彼の武器。どうして包丁なのよ?
短剣でもあれば、楽に倒せたと思います。彼の技量さえあれば……。
ところが、彼は笑みを浮かべている。
まだ何かしらのスキルがあるのかもしれない。フルチ……いえ、下着すら穿いていないというのに、どれだけ余裕があるのかしら?
「烈火無双!!」
彼は確かに言いました。
恐らくそれは彼の固有スキル。聞いたこともない技でありましたが、戦闘中に使うスキルならば珍しい。一般人が授かるスキルは生活に即したものが大多数なのですから。
「ええっ!?」
スキルの行使は視覚的にも理解できました。
なぜなら、彼の包丁は炎を纏っていたのです。まるで長剣かと見紛うくらいに、赤く長くその刀身を伸ばしている。
次の瞬間、私は目を疑っていました。
竜種にも似た魔物。小隊規模にて退治する必要があったはずなのに、一瞬にしてフライリザードは真っ二つに引き裂かれ、その断面から炎を上げていたのです。
「あり得ない……」
優秀な剣士の情報は概ね手に入れていたと思う。
健康のために始めた剣術を私は極めようとしていたから。数多の大会に出場したのは努力の成果を知りたかったからよ。
「こんな剣士がいたなんて……」
ソロで三階級の魔物と戦える剣士。いえ、やはり料理人かしら? 炎を扱っていたし、真っ二つになったフライリザードは良い感じにミディアムレアだもの。
「だけど、どうして全裸なのよ?」
婆や曰く、王都の人たちはオープンな性格らしいです。
でも少しオープンすぎない? てか、隠しなさいよ。幾らオープンな性格だといっても、限度があると思うのよね。
「ああいや、疑問に思うのはそこじゃないわ。なぜこれほどの強者が包丁で戦っているのかよ」
頭が混乱する。ひょっとすると名匠による業物包丁かもしれないけど、実際にスキルの実行前は決定力を欠いたわけだし、彼は長剣を持つべきだわ。ついでに全裸なのも何とかするべきね。
フライリザードが動かないことを確認したのか、包丁の彼はクルリと私を振り返った。
夕闇が映える銀髪に整った顔立ち。少し痩せて見えるかな?
というより、こっちを向かないで欲しいわ。趣味なのかもしれないけど、こっちを向くと丸見えなのよ……。
視線を逸らす私に構わず、彼が近付いてくる。
いやいや、ちょっと待って。
成人して間もないのだし、私にも心の準備が必要なの。遠目で見る分には何とかなったけど、近付かれるとその……。
どうしようかと思いましたが、彼は命の恩人です。
決して後学のためというわけではなく、視線を逸らし続けるのは失礼にあたるような気がする。
視線を戻すと、彼は私をジッと見つめていました。
私の顔は色々な要因でかなり紅潮していたはず。しかし、そんな私をまるで気にすることなく、彼は言葉を投げています。
困惑する私を更なる混乱に陥れるような言葉を……。
「リィナ……?」




