第020話 接触
「間に合えぇぇっ!!」
俺は全力で走り出していた。
へたり込む女性の前に立ち、フライリザードの噛みつき攻撃を受け止めるために。
「うおおおおっ!」
腰布が飛んでいった気もするが、今はそんなこと些細な問題だ。
誰かが生きるか死ぬかの瀬戸際。恥ずかしいとか捕まるとか考える場合じゃねぇよ。
「クソがぁぁっ!!」
包丁を構えて、フライリザードの突進を受けた。
トカゲとはいえ、三階級の魔物。まるでドラゴンの突進を喰らったかのような威力だった。けれど、少しばかり押し込まれただけであり、俺も女性も無事みたいだ。
「逃げられるか!?」
俺の問いには小さく無理と返事がある。背中越しに聞く弱々しい声から察するに、彼女は腰を抜かしているのだろう。
「なら、そこで見とけ! 絶対に動くな!」
ちょっと勇者らしくね? 割とカッコ良かったんじゃね?
もしも守った女性に決まった相手がいないのなら、俺は惚れられてしまうんじゃね?
「張り切っていくか!!」
フライリザードの突進を受け止められたこと。それは俺の自信になっていた。
動きも遅く見えたし、力量は俺に分があると思えたんだ。
「トカゲ、覚悟しやがれ!」
包丁で斬り付けていく。
やっぱマイ包丁は最高だ。まるで食材であるかのように固い鱗を斬り裂いている。
まあしかし、包丁なので致命傷を与えるには至らない。
与える傷が浅すぎる。鱗を斬り裂いているだけであり、長期戦は避けられない状況となっていた。
「やるじゃねぇかよ!」
フライリザードの動きは見えている。だから、俺は集中して挑むだけ。長期戦になろうとも、勝利するのは俺に決まってんだよ。
◇ ◇ ◇
私は愕然としていました。
突如として戦闘に割り込んできた男性。私は覚悟していたというのに、事もなげにフライリザードの突進を受け止めている。
「逃げられるか!?」
唖然としていると、彼は私に声をかけてくれた。
どうやら私の危機を察知して、戦いを選んでくれたみたい。
「無理……。立てないの……」
何とか声を絞り出す。
こんな今も動悸がしていたけれど、彼の問いに答えなければならないと。
「なら、そこで見とけ! 絶対に動くな!」
動けといわれたとして動けないのよ。
でも、大丈夫なの? 相手は三階級の魔物なのに。
私を見捨ててしまえば、貴方は助かるはず。
私の心配を余所に、戦闘が始まります。突進を受け止めた彼は攻撃に転じていたのです。
「いや、包丁って……?」
料理人なのかしら?
包丁でフライリザードに挑むとか意味分かんない。それに彼の格好。王都では全裸で調理する伝統でもあるのかしらね。
どうやら私の不安は杞憂だったようです。
包丁を振り回す彼は本当に料理人であるかの如く、フライリザードを斬り刻んでいく。
そこで見ておけといった言葉の通りに、隙を与えていませんでした。
「強い……」
剣術大会では幾度も優勝していました。そんな私をして強いと言わしめる腕前。料理人にしておくのは惜しいとさえ感じます。
「でも、目のやり場に困るわ……」
問題は彼が全裸であること。彼の戦いを余すことなく見たいと考えていたのに、どうしても気になってしまう。右へ左へ動くたびにチラチラとするものが。
これでも私は花も恥じらう乙女だというのに、何てものを見せてくれるのでしょうか。
「ひょっとして、見とけって言ったのは……?」
いやいや、違うって。彼は戦いを見ろと言ったはず。
でも、婆やが話していた。自信がある男性は見せつけてくるのだと。女はそれを受け入れ、頷くだけで良いのだと。
ねぇ婆や、どっちなの? 彼は戦いを見て欲しいの? それとも……。
赤面している間にも、戦いは続いていく。
一方的に見えて、やはり三階級の魔物です。致命傷を与えるには刀身が短すぎる。そもそも包丁で魔物と戦うなんてあり得ないのですから。
今も視界に揺れるものに気を取られながらも、私は彼が勝利してくれる瞬間を待ち続けています。




