第019話 リィナの一日
私が王都クリステラに到着して二日目。
サンクティア侯爵領は王国の北端でありますから、馬車を使ったというのに二週間近くもかかっています。まあ街があるたびに観光していたことも原因ですけれど。
昨日は長旅の疲れで直ぐに寝てしまいましたが、仕切り直しの初日ともいえる今日は、ルカ様を探すために動き回っていました。さりとて観光もしましたけど……。
「私の幸運って仕事してるのかしら?」
セラ様は私が強く願えば叶うと話していました。
しかしながら、彼は現れません。
ルカ・シエラ・アルフィス。彼に会うため、私は王都を彷徨いていたというのに。
「顔も特徴も分からないし……」
もしかしたら、出会っていたのかもしれない。でも、私は名前しか知らないのよ。こうなると、一目見て分かる特徴をセラ様に教えてもらうしかないわ。
「ずっと会いたいと願っているのに、どうなってんの?」
確かに観光を楽しんだのは否定できない。だけど、楽しんだ以上に会いたいと願ってもいるの。セラ様のお話なら、直ぐにでも私の前に現れてくれるはずだけど。
「もう夕暮れか……」
一日中、歩き続けたからお腹はペコペコ。宿の食堂で食べてもいいのだけど、やはり初めての一人旅なのだし、美味しい名物料理でもいただきたいわ。
婆やが話すところの赤い糸はレストランに繋がっているかもしれないし。
「どこか良いお店はないかしら?」
今日も発作はでていません。処方された薬は毎晩飲んでいますし、私はまだ大丈夫。これからはルカ様に協力してもらって、私は運命を切り開くんだ。
お店を探しながら彷徨くこと三十分くらい。割と寂れた場所にまで来てしまいました。
「橋の向こうはスラムなのね……」
これも社会勉強かな。
貴族たちが華やかな生活を送っている裏側。一日を生きることさえ難しい人たちがいるの。明らかに隔絶された区域に住む人たちは貧困に喘いでいるのよ。
水路を挟んだ向こう側のブロックを私はジッと眺めていました。
すると、不意に叫声が轟く。
金切り声のような叫び声は非常事態を察するに充分なものでした。
「なんなの!?」
振り返る私は見ていました。空からドラゴンのような魔物が降りてくる様を。
「うそ!? フライリザードって!?」
飛来したのは危険度三階級の魔物でした。
三階級は小隊単位で挑むような魔物です。
一匹であっても甚大な被害をもたらすことでしょう。まして、ここは王都。地方とは比べものにならない人たちが生活しているのですから。
「衛兵が到着するまでなら……」
剣術には覚えがある。幾つもの大会で優勝経験があった私ですけど、流石に危険度三等級の魔物を一人で倒すなんて難しい。衛兵が駆け付けるときまで何とか時間を稼ぐだけです。
「早く逃げてください! 私が相手をします!」
立ち尽くす人たちを促す。と同時に私は愛剣を抜く。
フライリザードの正面に立ち、行く手を遮るだけ。
「っ……!?」
その刹那、胸に激痛が走る。目眩を覚え、意識を失いそうになってしまう。
「発作……?」
どうして今なの?
しばらく発作なんて起きなかったのに、なぜこの場面で?
慌てて薬を取り出そうとする。だけど、手につかない。零れ落ちた薬の袋を何とか拾い上げ、呑み込んだ頃にはフライリザードが眼前にまで迫っていました。
「やっぱ不幸じゃないの……」
私は一定の結末を覚悟している。
薬を呑んだとして、即座に回復するわけじゃない。薬に含まれる濃縮魔力が身体を循環して初めて効果が得られるのですから。
「ごめんなさい。ルカ様……」
名前しかしらない私の救済者。どうしてか私を好きになるという人。今際のきわにあって、家族ではなくルカという男の子に私は懺悔していました。
しかし、私の運命は唐突に動き出す。
フライリザードに噛みつかれて天命を終えるかと思われたのですが、どうしてか飛びかかってきたフライリザードは私にまで届きませんでした。
「っ……?」
私は守られていた。
眼前には一人の男性。三階級の魔物による突進を彼は受け止めていたのです。
「嘘でしょ……?」
しかも武器も鎧も装備していない。ああいや、小さな刃物だけで、フライリザードの突進を食い止めてしまったみたい。
呆然と眺めるだけ。
私は自身の幸運がもたらせただろう現実を見届けるだけでした。




