第017話 スラム生活
一週間が経過していた。俺は相変わらずスラム街にいる。
生きながらえているのは街とスラムを区切るドブ川に大量のゴミが捨てられていたからだ。これでも貴族だというのに、浄化魔法を使って泥水を飲んで残飯を食べていた。
ゴミ漁りの戦利品として腰に巻く布きれと、すり減った包丁がある。無法者しかいないスラムにおいて包丁は俺が生き抜くための重要アイテムとなっていた。
「衛兵に助けを求めても、この身なりじゃ身分照会すらしてもらえないし」
腰布一枚で街中に現れたら速攻で捕らえられるだろう。加えて身分証がない俺はその場で切り捨てられてもおかしくない。
「ま、生きてさえいれば何とかなる」
一週間過ごしただけだというのに、俺は割とスラムに馴染んでいた。脳筋教育の成果がこんなところで発揮されるなんて思いもしなかったな。
楽観視しているのは成り上がる方法を考えていたから。俺を丸裸にした無法者を倒し、逆に全てを奪う。身なりを整えたら、所領に戻って身分証の再発行をしてもらえばいいのだと。
「ジョブは勇者に戻した。武器も手に入れたし、あとはクソ野郎どもが戻ってくるのを待つだけだ」
あの二人組は絶対に戻ってくる。遊ぶ金が尽きたなら、再びスラムで悪さをするはずだ。
「きゃああああ!!」
そんな折、叫声が響いた。
スラムでは日常なのだけど、俺は駆けだしている。勇者として弱者を守り、悪者を裁くという目的のために。
「お前がぶつかってきたから、腕が折れたじゃねぇか?」
一週間前の記憶がフラッシュバックしていく。
眼前には大男に腕を捕まれた女性の姿があったんだ。
「知らないわ! 貴方たちがぶつかってきたのでしょう!?」
「慰謝料が払えないなら、お前を娼館に売りつけてやる!」
まるで同じ展開に俺は嘆息している。
二人組の男は俺から全てを奪った奴らだったんだ。どう考えても女性は悪くない。裁かれるべきは二人組の男に違いない。
「お前ら、そこまでだ!」
俺は女性の腕を掴む男に背後からケリを喰らわせた。
これは教訓なんだ。先に女性を逃がすようにして動く。二人共が地獄を見る必要なんてないのだから。
「くっそ、誰だお前は!?」
「逃げろ! 全力で逃げろ!」
俺は声を張り、女性を促す。いち早くこの場を立ち去るようにと。
俺を振り返っていた男たちは流石に対処できなかった。刃物を持つ俺が背後にいては女性を追いかけられない。
「お前たち久しぶりだな?」
俺は包丁を片手に笑みを浮かべた。
性懲りもなくスラムに戻ってきた愚行がおかしくて。どれだけ俺が怒り狂っているとも知らずに舞い戻った男たちが哀れで。
「坊主、威勢が良いな? 俺たちの邪魔をした罪は重いぞ? 俺たちゃこれでも冒険者でな。街の清掃を行っていたんだ」
俺のことはすっかり忘れてやがる。それって、めちゃ腹が立つじゃんか。
「銀等級のクソゴミだろ? でも、清掃は間違ってんな……」
この一週間で溜め込んだ怒りを爆発させるように、俺は声を張っている。
「スラムで一番の汚物はお前らだろうがっ!!」
包丁を握る手に力を込めた。
俺は絶対にこいつらを許さない。斬り刻んで野良犬の餌にでもしてやりたいくらいだ。
「素っ裸で粋がってんじゃねぇよ。こうなりゃお前を奴隷商に売る。少しくらいは金になんだろ……」
負けたら奴隷か。
良いだろう。現状の俺はあの少女が娼館に売られたおかげで、自由に生きることができた。
今でも悪かったと思ってる。だから今回は女性を先に逃がした。再び同じ結末を迎えないようにって。
「坊主、つまんねぇ正義感出してんじゃねぇぞ? スラムに人権などねぇんだよ!」
「知ったことかぁぁっ!!」
長剣が振り下ろされていたが、俺は果敢に突っ込んでいく。
足が竦むなんてことはない。それどころ俺は妙に落ち着いていた。
なぜなら、男の剣技がよく見えたんだ。以前はパンチですら躱せなかったというのに、俺は軽く男の長剣を避けている。
「いける!」
勇者補正なのか、或いは神職者が弱すぎただけか。
二人目の攻撃も回避した俺は包丁を突き上げていた。
「罪を詫びろォォッ!」
娼館に売られた少女。彼女が負った心の傷よりも深く、俺は包丁を突き刺していた。
「次はお前だぁぁっ!」
包丁を引き抜くや、もう一人を刺す。
割と深く刺さったと思うけど、流石は銀等級か。怯むことなく俺への攻撃を続けていた。
「坊主は物乞いらしくしてろぉぉっ!」
水平に振られた剣をしゃがんで回避。俺はそのまま懐へ潜り込み、力一杯に包丁を振った。
「マジ!?」
俺の武器は使い古された包丁でしかない。だというのに、男の両足をスパンと切断してしまう。
「ぐわあぁああああ!!」
「おい、大丈夫か!?」
「よそ見してんじゃねえよ!!」
俺はもう一人の男にも包丁で斬り付ける。
これは罪に対する制裁。弱者から奪うゴミクズには相応の罰を与えねばならない。
絶叫する男たち。俺は瞬く間に二人の両足を切断していた。
膝下から切断したのだから、もう強者とは言えないことだろう。
『攻撃力プラス補正を習得しました』
刹那に脳裏へと届く謎の声。何が何だか分からなかったけれど、それは俺の状態を通知しているのだと思う。
唖然とするも、俺はそれを知っていた。
なぜなら、それはゲームにおいてアルクが最初に覚えたスキルだから。
レベル10だったかで覚えたものであり、攻撃値のプラス効果が見込めるパッシブスキルに他ならない。
「ゆ、許してくれ……」
両足を失って地べたに転がった二人は一転して命乞いを始めていた。
妙に苛つく。自分勝手なその言い分に。
既に罰を与えた気になっていたけれど、俺は再び怒りを露わにしている。
「一度でもお前たちが命乞いに応えたことがあるのかよ!?」
俺は転がる二人を包丁で斬り付けた。
恐らく業物の鎧と思われるが、勇者の補正は二人を装備ごとズタズタにしてしまう。
「ヒール!」
ここで回復魔法を施す。お前たちに簡単な死は与えない。
「助けてくれるのか?」
「勘違いするな。俺に見覚えはないのか? 性格だけでなく目玉まで腐ってやがるのかよ?」
呆然とする男たち。分からないなら教えてやろう。俺が許しを乞うに相応しい相手なのかどうか。
「一週間前、俺はお前たちに身ぐるみ剥がれたんだ。俺は娼館に売られようとしていた少女を助けようとした男だ……」
流石に目を剥いている。一週間前は抵抗すらできなかったのだから、現状の俺を想像できないのだろう。
「お前はあのときの坊主……?」
「気絶するまで殴られて、裸でスラムに捨てられた男だ。あの少女はどうなった?」
絶句する男に俺は質問を続けた。
あのあと少女はどうなったのか。予想はしていたけど、真実を知りたく思って。
「娼館に売った。銀貨五十枚で……」
頭が真っ白になる。
せっかくヒールで治したというのに、俺は男の顔を思い切り蹴飛ばしていた。だが、それでも俺の怒りが収まることはない。
「やっぱ、お前らゴミだよ。生かす価値もない……」
「この前は悪かった! 俺たちを助けてくれ!」
犬のように這う男は命乞いを続ける。
もし仮に二人を殺したとして少女は救われない。俺の気が少しばかり晴れるだけだろうな。
「喜べ? 俺はお前たちを生かしてやる。でも、ここに住む人間には人権がないらしいじゃん?」
地面を這うことしかできなくなった事実を思い知れ。
生きながらえたとして、この先は地獄にしか続いていない。お前たちは乱暴を受ける側に墜ちたんだよ。
ニコリと笑って告げた。
現状の二人がどういった存在に成り下がったのかを。
「これからは汚泥をすすって生きろ――」




