第016話 悲運の青に染まる王都
グリンウィードを発ってから三日後、俺はようやく王都クリステラに到着していた。
当然のこと非常食は食い尽くされ、残ったのは回復ポーションと心許ない路銀だけである。
ゲームでの記憶があったというのに王都はデカすぎる。光の速さで迷子になるなんて想定外だっての。
「まいったな。ここってスラム街か……?」
彷徨っているうちに、俺は寂れた通りへと迷い込んでいた。
周囲にはガラの悪そうな人間が散見し、路肩には物乞いのような人たちが座り込んでいる。
「来た道を戻った方がいいか……」
流石に怖くなり、俺は来た道を戻ることに。
現在地は分からないけど、ここよりも治安が良い場所へ戻るくらいはできるはずだ。
「きゃぁぁっっ!!」
クルリと身体を反転させた瞬間、背後から叫び声が聞こえた。
流石に振り返ってしまう。何が起きているのかと。
そこにはガラの悪い男に腕を掴まれた少女がいた。何やら難癖をつけられているように見える。
「この壺がいくらすると思ってんだ!? 金貨五百枚だぞ!?」
「知らない! 貴方がぶつかってきたんじゃないの!?」
勇敢にも少女は悪漢二人を相手に意見を口にしている。だが、結末は第三者である俺の方が良く分かっていただろう。
「うるせぇ! 弁償してもらうぞ! 娼館に売りつけてやる!」
やはり未来は一つだけだ。少女が抵抗できるはずもなく、文句を言ったところで無駄なこと。初めから仕組まれていたことであり、彼女は目を付けられていただけだろう。
「スラムの日常なんだろうけど……」
俺は少女の姿に自分を投影していた。
抗う術のない運命。強制されたレールの上を進んで行くだけ。そのレールが途切れていると分かっていても、それを通っていくしかないのが運命なんだ。
「お前ら、その手を離せよ……」
俺は無意識に剣を抜き、男たちに声をかけていた。
俺は勇者だ。悪を根絶やしにするべき存在。勘違いも甚だしいけれど、俺は少女を救おうと思った。
「威勢のいいあんちゃんだな? 俺たちのことを知らないのか?」
「知るか。クソほども価値がない人間の名前を覚えるつもりはねぇよ」
俺は強気に返す。しかし、間違っても正義感じゃない。
運命を知ったあの日から、俺は運命に縛られるのが嫌なんだ。たとえそれが俺自身ではなかったとしても。
「脳が腐るからな!!」
怒りが身体に満ちていた。
必ず死を迎える運命と比べるなら、大男二人なんて雑魚にも等しい。きっと俺だってやれるはずだ。
「言うじゃねぇか? 俺たちはこれでも銀等級冒険者。へっぴり腰の兄ちゃんに負けるような腕じゃねぇ」
「冒険者? お前たちは人じゃない。運命を弄ぶんじゃねぇよ。俺が相手をしてやる!」
俺の啖呵を受けて、悪漢たちも剣を抜く。
俺が使っている愛剣とは違って、二人の武器は業物のように輝く長剣。銀等級冒険者ってのも間違いではないのかもしれない。
「クソッタレがぁぁっ!」
まともに剣術なんて習っていない。だから、俺は力任せに振り回すだけだ。しかし、いつもより剣が重く感じる。まるで扱えていないように思えた。
「なっ!?」
振り下ろした俺の剣は簡単に弾かれてしまう。
それどころか、払われた剣を握っていることすらできない。呆気なく俺の剣は後方まで吹っ飛ばされてしまう。
「口だけの坊主かよ。残念だったな?」
このあと俺は二人がかりで殴る蹴るの暴行を受けた。彼らにとって俺は虫ケラのようなものだろう。俺が意識を失うまで、彼らは俺を痛め続けていた。
「ちくしょう……」
善意とは何か。薄れゆく意識の中で俺は考えていた。
少女を助けられてこそ、善意には価値が生まれたはず。
だったら何だ? 今の俺は二次被害を被っているだけで、俺の行動は何の意味もない。
「何が勇者だよ……」
俺は意識を失っていた。後悔と懺悔を脳裏に繰り返しながら……。
◇ ◇ ◇
どれくらい時間が経過したのか。俺は目を覚ましていた。
辺りはすっかり日が落ちて真っ暗だ。
治安の悪いスラム街であるけれど、暴行を受けた以外は何もされていない。また、その理由は判然としている。
「身ぐるみ剥がされたのか……」
俺は裸で通りに捨てられていたのだ。
家から持ってきた剣や鎧だけでなく、来ていた衣服までも。スラムでなかったのなら、衛兵に捕まっているような格好だった。
「残ったのはアイテムボックス内の回復薬だけか」
銀貨と身分証をアイテムボックスに入れていなかったのは失態だ。使いやすいように小袋へと入れて腰にぶら下げていた。田舎貴族の俺は王都の治安まで考えていなかったのだ。
「そういや、ヒールがあったな」
俺は回復魔法を唱える。それにより身体中の痛みは癒えたのだが、ここで俺は気付いていた。
「ジョブが神職者のままだったから剣が重かったのか」
ジョブを勇者にしていなかった。だからこそ抵抗すらできずに負けてしまったらしい。
「ま、今となってはだな……」
暴行を受けた傷は回復している。けれど、裸では王様への謁見など不可能だ。
貴族証までもを奪われた俺にできることがあるとすれば、物乞いか強奪くらいなのかもしれない。
「やっぱ悲運なのかな……」
少女を見捨てるだけで回避できたというのに、俺は剣を抜いてしまった。
簡単に負けただけでなく、恐らく少女は連れ去られている。彼女の運命すら俺は変えられなかったんだ。
とりあえず眠ることに。腹は減っていたけれど、どうしようもない。金もなければ衣服すらないし、考える気力だって失せていたのだから。
深い青。
悲運の女神シエラを惹き付けた運命は今も俺を地獄に誘っているのかもしれない。




