第122話 イレギュラー
「嫌じゃ……」
えっと、この流れでそれですか?
俺はてっきり受諾されると考えていたのに。
「どうしてです? 何なら一年だけでも構わないのですが?」
「理由か? 陛下にも話したが、妾は兵の命を預かっておる。入り婿殿には任せられん重責じゃよ」
責任感のあるロリ……ああいや、女性なのだろうな。既に俺がフィオナの夫であることは知っていて、それでいて拒否するのだから。
兵を人として見ている。アークライトに聞かせてやりたい台詞じゃん。
「任せられない? 兵の安全を願うならば、俺に任せるべきだ。貴方では守れない。追い払うだけの弱者には無理だ」
強気な俺の話にエリザベートは表情を厳しくした。
恐らく彼女は俺に気を遣ってやんわりと伝えたはず。しかし、逆撫でするような俺の話に、そのような感情はなくなったことだろう。
「ほう、入り婿風情が粋がる。妾は何人も大口を叩く人間を見てきた。お前さんが何を言おうと、妾は司令官の座を譲るつもりはない」
「良いでしょう。貴方が兵を思っていないことは直ぐに証明されます。この地は幾ばくもなく、魔将軍の攻撃に遭いますから。そのときに知るだけだ。貴方では立ち向かえない強大な敵がいて、追い払うことすらできない弱者だという事実を……」
もう今日はこれくらいにするか。
一日くらい泊まって行こうかと考えていたけれど、それは逆効果になるはずだ。実際に魔将軍が現れない限り、エリザベートはその座を譲ろうとしないのだから。
「妾は百年近くもこの地を守護しておるのじゃ。妾の部下は年老いて死ぬだけ。如何なる強敵が現れようとも、部下たちの運命には介入させぬ」
しょうがない。ここは撤退しよう。
長く生きたプライドがエリザベートにはある。人を頼らずとも耐え忍んだ自負があるはずだ。
軽く手を挙げて立ち去ろうかというとき、
「エリザベート様、北方から黒い陰が迫っております!」
兵が緊急事態を告げる。
北という方角。魔国方面であるから嫌な予感がしていたけれど、魔将軍四体目はオークが主戦力だ。黒い陰という飛来物に相当する魔物はいないはず。
「む? それは空を覆うほどの陰かの?」
「はい、とてつもなく大きな陰です。真っ直ぐに基地へと向かっているようです」
どうやらエリザベートは迫る陰に覚えがあるらしい。長い溜め息を吐く様子から俺もある程度は察知できていた。
「小童、よく見ておれ。妾は歴とした強者じゃ。飛竜の奴が戻ってきおったらしい。百年もどこにいたのじゃろうな?」
俺も同じ意見だった。
飛竜は割と行動範囲が狭いと聞く。恐らく根城は山脈の裏側。長く帝国領であった僻地の山脈こそが根城であるはずだ。
「加勢しようか?」
「いらぬ。言ったはずじゃ。妾は強者だと。預かった兵の命は妾が守る。再び追い払うだけじゃよ」
どうしても俺は必要ないらしい。
さっさと帰ろうかと思ったけど、やはり気になるからな。見ておけというのだから、俺はプテラに乗って上空から見守ることにしよう。
瞬く間に飛来する陰が大きくなっていた。
巨大な翅を拡げた飛竜の姿が。百年越しの恨みを晴らそうというのか、真っ直ぐにダリア前線基地へと向かっていた。
「めちゃデカいな。古竜かもしれん……」
俺が倒したファイアードラゴンの二倍はある。それを追い返したというエリザベートはまさに強者なのだろうな。
「俺なら倒せるけど……」
俺は魔将軍サーマの討伐でレベル80となっていたから、既に魔将軍クラスには負ける気がしない。加えて俺には三柱の女神が力を注いでいるのだから。
飛竜が大きく咆吼する。
やはり目的地はダリア前線基地に違いない。苦汁を舐めた過去を思い出しているのかもな。
「ってマジかよ!?」
強大な火球が基地を襲った。
小さな丘くらいなら簡単に呑み込んでしまうほどの大きさ。それは一直線にエリザベートがいる場所へと放たれていた。
濛々と煙が立ち上っている。しかし、俺が危惧した結末とは違う。魔女エリザベート・ロザリエは強大な魔法障壁を作り出し、火球を防いでいたのだ。
「こんなに強いモブがいるのか?」
ゲームには存在しなかった。
東側の司令官であっても、飛竜の攻撃に耐えられるキャラクターではない。ジョブ魔女はやはり強者の証しであることだろう。
「愚者の女神が生み出したイレギュラーか……」
俺はこの戦いの行く末が楽しみになっていた。
間違えて与えられたジョブ。百年以上も生きるキャスト外の人物。興味を惹くには充分すぎた。
「えっ……?」
魔法障壁に続いて、巨大な魔法陣が宙に浮かび上がる。それは恐らく攻撃魔法。彼女が魔女たる所以であるはずだ。
撃ち放たれる無数の氷塊。明確に弱点属性を唱えられる点も流石だと思える。
その威力は加護で授かるようなものではないが、過去に追い払ったという話には納得してしまう。
「すげぇな……」
ぶっちゃけ正規の使徒よりも、断然有能だった。
世界の危機に愚者の女神ルシアン様が世に送り込んだのは錬金術士なのだ。間違ってもミリアでは飛竜とガチンコ勝負などできないし、彼女であれば瞬殺されるだけだろう。
「それでも錬金術士を選んだわけ……」
やはり女神たちは助け合っている。
俺にはそんな風に結論づけた。攻守共に使える手札ではなく、サポート役を使徒としたのは他の使徒に明確なアタッカーが存在するからだ。
「戦果云々を競っているのなら、再び魔女を与えたはずだからな」
二人目の魔女を選択できないという理由も考えられるけれど、やはり魔女では精霊術士に敵わないし、勇者にも劣る。よって愚者の女神ルシアン様は勇者や精霊術士のサポート役を買って出たのだろう。
戦闘は今も続いている。拮抗しているかと言えば、そうではなかった。エリザベートの火力は明らかに不足していたし、徐々に火球を防ぎきれなくなっていたのだ。
「やっぱ加勢するべきかな?」
俺はプテラを降ろそうと決めた。もう一度、彼女に問うために。もしも助力を求めたのならば、俺は即座に飛竜を斬り裂いてやろうと思う。
俺がエリザベートの後方に降りるや、もの凄い火球が飛んでくる。
此度も彼女が魔法障壁を張っているが、熱や火の粉が周囲に舞う。
「ブレイブシールドを使わなきゃ、俺が危ねぇわ」
エリザベートを信頼しきるのは駄目だ。俺は自分を守るくらいはしておかないと。
しばらくはエリザベートの奮闘ぶりを見つつ、ブレイブシールドにて攻撃を回避することに。
ところが、悪いことは得てして重なって起きる。
「敵襲! グレイフル山麓に敵襲を確認!」
監視兵の声が響いた。
瞬時に俺は目をこらす。確かに飛竜が暴れる向こう側。地平線の先に粉塵が起きている。
「ここで魔国の侵攻かよ……?」
険しい山脈を越えた場所に大規模な行商キャラバンが通過するはずもない。バリウス帝国が滅びた今、そこに現れる可能性は魔国の軍勢しかなかった。
「どうすっかな……」
俺は鼓動を早めている。
実際にエリザベートは飛竜といい勝負をしていたけれど、その上に魔国の進軍に対処できるのかどうかと。
俺は手出ししていいのか?
自身を強者だと言い放ったエリザベートに加勢していいものかどうか。俺は悩み続けている。
「入り婿ォォッ!!」
ざわめく兵たちの声をかき消すような怒声が響く。
どうやらエリザベートは俺が背後にいると気付いているようだ。この期に及んで入り婿と呼ぶ彼女には葛藤があるのかもしれない。
「一度だけ問う……」
俺は返事をしなかったが、エリザベートは続けた。
「貴殿は飛竜を討てるのか?」
ようやくエリザベートは態度を軟化させた。俺の返答次第では頭を下げる用意があるという意味だろう。
今も飛竜の攻撃を防ぐだけのエリザベートに、俺は単純明快な返答を終える。
「真っ二つに斬り裂いてやるよ──」




