第012話 武運の女神ネルヴァの助言
「真紅に輝く君に僕は魅入っているのさ……」
嘘だろ?
ネルヴァの話を鵜呑みにすると、俺は武運の女神が魅入るほど赤い輝きを帯びているという。
「ルカ、よろしく。僕は新しい使徒を歓迎するよ」
武運の女神は怒り狂っているかと思えば、俺をすんなりと受け入れている。
「俺で構わないのか?」
「君は少し女神ウケが良すぎる。悠久の女神ニルスがあそこまで固執するのは初めて見たよ。愚者の女神や美の女神も同じ。特にニルスはシエラが加護を与えてからも、ちょっかいを出していたからね。僕は君が浮気しないかハラハラしているよ。他の色に染まらないでね? ルカ、僕は君を愛しているから」
何だかよく分からんが、俺は女神様から告白されていた。
現実の女性には見向きもされないってのに、女神様にばかりモテてどうすんだ?
「そういや、美の女神様も俺を希望していたんだっけ?」
「そうだね。美の女神イリアの色は空。それは悲運と叡智が混ざった色。叡智の女神マルシェが選ぼうとしていたのだから疑いはないけど、君は叡智の素養も高かったんだね」
「色は知らないけど、美の女神様の使徒はモテモテだと聞いたぞ? 初見で美の女神様は俺を指名したんだろ? 全然、モテないのはなぜだ?」
未だかつて女性と付き合ったことがない。母親似の俺は割と整った顔だと思うのだけど。
「イリアは君を女の子にするつもりだったみたいだ。まあでも、性別関係なく現状の君はモテるはずだよ。モテないというのなら、原因はその深い青にある。ルカは過度な悲運にあるからね。モテるべき女性に出会えない運命なのさ」
乾いた声で笑うネルヴァ。
殴っていい? 笑い事じゃないっての。
「黙れよ。俺にとっては切実な問題だっての」
「ああ、ごめんね? 君がモテると僕は妬いちゃいそうだからさ。青のおかげで平静を保っていられる」
「ホントかよ……。まあでも、出会うべき女性に出会えば、モテるってことだな?」
「そういうこと。とにかく君は異性に気を付けることだ。特に女神たち。まさかシエラが使徒に入れ込むなんて考えられないことだ。今や誰もがルカを気にしている。君の輝きは僕たちを惹き付けるから」
一貫して女神ウケがいいとネルヴァは口にする。
まあでも、今の話で気にするのはそこじゃないな。
「俺は今でもシエラの使徒なのか?」
「おや? 何でも知っているのかと思えば聞いてないの? ステータスを見てみるといいよ。あと迂闊にディヴィニタス・アルマと口にしてはいけない。先ほど君が口にしたことで、君はまた一人、新たな運命を背負ってしまった」
え? この会話の最中でも有効なのか?
そういや、アルクの運命を奪ったのもシエラとの会話中だったっけ。
「他者の運命を背負うと世界を動かしてしまう。新しい運命を得た君の過去は書き換えられている。このまま目覚めてしまえば、君はルカ・アルフィスではなくなってしまうんだ」
「どういうことだよ?」
「分からないかい? 他者の運命を背負ったんだ。生誕から現状まで。奪った者の過去が君に流れ込んでいる。つまり奪われた彼自身に君はなっているんだ。親も兄弟も異なる。一方で奪われた彼は全ての過去を失った。君が彼の立場に入り込んだ格好だよ」
マジで? それって俺はもう子爵家の長男じゃないってことかよ?
「どうしたらいい? 俺は父上や母上、アルクを失いたくない」
「僕がフォローするよ。今は時が止まった状態だからね。動き出す前に世界の記憶をサルベージする。でも膨大な神力を必要とするから、全員の記憶は復旧できないからね? 奪った彼に近い存在や、君の親族までだ。世界に影響を与えない人たちの記憶まで復旧させる神力はないから」
なんて恐ろしい魔法なんだよ。
他者の運命を奪うと俺の人生はその人の親族として書き換えられてしまうのか。
「アルクの運命を背負ったときは家族だから問題なかったのか?」
「いいや、あれはシエラが上手くやったといっただろ? 彼女の固有スキルだからね。加護だけを狙い撃っていた。シエラの補助があってこそ現状があるんだ……」
なるほどな。ゲームの俺がリィナに使ったときもシエラの補助があったってことか。
リィナの聖女というジョブは本編でそのままだし、俺は悲運な彼女の未来だけを背負ってしまったらしい。
「てか、俺は誰の運命を背負ったんだ? ここには誰もいなかったはずだけど?」
「ステータスと念じれば良い。使徒の特権さ。何を得たのか分かるはずだ」
本当に理解できなかったけれど、俺は心の中にステータスと念じた。
かといって、半信半疑だ。ゲームでもないというのに、ステータス表示ができるなんて考えられない。この人生で一度だって見たことないっての。
ところが、俺の眼前にステータスが開く。現状が一目で分かるようなものが。
【名前】ルカ・シエラ・アルフィス
【年齢】15歳
【ジョブ】神職者(司教級)
【加護】シエラの加護・ネルヴァの加護
【レベル】13
マジかよ……。
俺は愕然としていた。確かにネルヴァが話したようにジョブが神職者となっている。
ここで気になるのは誰の運命を奪ったのか。しかし、難しい話ではない。田舎町に派遣された司教など一人しかいないのだ。
恐らくディヴィニタス・アルマの効果範囲は広い。聖堂近くにいた司教様のジョブを奪ってしまったに違いない。
「勇者じゃなくなってるけど?」
「そこは任意で変更できる。加護についても同じだ。君は神職者であり、勇者であり、代行者でもある。まあ旅に出るのなら、神職者は良いジョブだよ。勇者だとバレるとややこしい事もあるからね」
「司教様はどうなる……?」
「世界情報のサルベージによって元の神職者へ戻っている。君の旅に役立つと思って、神職者のジョブだけを残した格好さ」
ネルヴァは割と話せる女神のよう。シエラをして善だと言わしめるだけはあるな。
「じゃあ、強さの状態は分からないのか? レベルは魔物狩りで上がってる?」
「概ねジョブとレベルで強さが決まる。努力により度合いは変わるけどね。あと君はステータスを誤解しているようだけど、僕たち女神が輝きによって強さを計るように、本人にも詳細は分からないのさ」
なるほど、了解した。
必死で剣を振り続けても、ゲームとは違って上がったかどうかなんて分からないのか。
「俺はこのあと王都に向かって、隣国イステリア皇国へと行くつもりだが、それで構わないか? できればリィナには会いたくないんだけど……」
せっかくなので俺は今後の予定を伝えておくことに。シエラとは違って適切な助言がもらえるのではないかと。
「まあ、リィナには会わない方がいいね。だけど、難しいかもしれない。彼女は類い希な幸運の持ち主だから。加えて、君は不幸だからね……」
行き先よりもリィナについて返答があった。
てか不幸言うな。悲運なだけだっての。
とりあえず、俺は彼女を避けようとしているのだが、ネルヴァ曰く難しいという。
「幸運の持ち主……?」
「リィナは幸運の女神に魅入られている。不幸な境遇を相殺して余りある幸運。あの子が君を必要としたのなら、君の前に彼女は現れるだろう」
マジかよ。ゲームでの話だけど、俺はリィナが好きだったんだ。でも、彼女はルカが好きだと言って……、あれ? ルカは俺か……。
「リィナは俺にあの呪文の使用を迫るだろうか?」
「どうだろうね? 幸運の女神セラはそこまで強引じゃない。他の手段を考えていると思う。たとえば叡智の女神マルシェの使徒と会うとかね」
「マルシェ様の使徒に会うのか。じゃあ、リィナと俺が出会うはずもないな。俺は王都クリステラへ行ったあと、イステリア皇国へと行くのだし」
とりあえずは安心だ。リィナに出会って頼まれてしまえば、俺は断れない気がする。
天真爛漫な笑顔を病が曇らせるというのなら、俺はこの命を代償としてしまうかもしれない。
安堵する俺にネルヴァが続けた。
「紅蓮の光を放つ僕の愛しきルカ。もう僕は君にゾッコンだよ……」
どうしてか知らんが、女の子にモテるんじゃなく、なぜか女神がデレた。
また愛を語らうだけでなく、ネルヴァは不安になるような話を告げる。
「あと叡智の女神マルシェの使徒は王都クリステラにいるよ」
うん、そこは俺の目的地じゃん。それって確定事項じゃん?
リィナもまた王都を目指しているのなら、悲運が幸運に勝てるはずもねぇよ。
やっぱ、悲運は不幸なのかもな……。




