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第117話 女神の見解

 俺は女神像の前に跪き、祈りを捧げていた。

 朝であるからシエラではないだろう。ネルヴァかマルシェのどちらかだと思う。


 刹那に脳裏が輝き出す。やはり使徒の祈りには応じてくれるらしい。


「ルルル、ルカさま、お慕い申し上げます……」


 現れたのは叡智の女神。俺を神のごとく敬うマルシェであった。


「マルシェか。まあ叡智の女神なら何でも知っていそうだ」


「そういうわけではありませんけど。ネルヴァはとても顔を合わせられないと……」


 なるほど、貧乏クジを引かされたってことか。弁明を並べるのに叡智が必要ってことかな。


「じゃあ、お前に聞く。昨日の出来事はいつ決定していた?」


 マルシェは嘘を言わない。俺を崇拝する彼女はギリギリのところまで教えてくれたんだ。隠し事を問うのであれば、彼女は適任であるはず。


「激変する世界において、運命は予測不可能でした。昨日の事象は女神も想定していません。五日前までは……」


「五日前? どういうことだ?」


 五日前と言えば、俺がスノール前線基地にて水魔リヴァイアと戦った日だ。あの日に何があったというのだろう。


「ルカ様がスノールへ向かった日に運命はガラリと様変わりしました。そのしわ寄せによってフィオナの命運は尽きたと申しましょうか……」


「詳しく言え。まるで分からん」


「かといって、変化の始まりはそことしか。恐らく原因は王都へと向かった置物です」


 置物ってあれか?

 北と南の重さで歪んだ中央に女神たちが想像したというもの。


「アークライトが原因?」


「はっきりとは分かりません。ですが、あの時点でリィナの死が運命に書き加えられました」


「ちょっと待て。天に還ったのはフィオナだぞ?」


「ですから、予測不可能だったのです……」


 女神様でも分からない事象が俺ごときに分かるはずもないか。

 しかし、説明してくれなきゃ俺は納得できないぞ?


「ルカ様がスノールへ向かったことでアークライトの生存が確定したのです。それによりリィナの死期が早まってしまった。魔国の侵攻がありましたから」


「いやいや、順追って言え。どうしてアークライトの生存がリィナの死になるんだ?」


 全然、分からなかったけど、俺はその原因を聞いていたんだ。俺は既に知っていた。


「あの置物の生存はルカ様の死が二年後で固定されるからですわ。つまりリィナをルカ様は看取れない未来が決定したのです」


 そっか。そう言えば、アークライトは俺がリィナの運命を背負って死ぬ世界線の残骸だったな。過程の行動はリィナを救ってるわけだが、世界に判定されるのは俺が十七歳で死ぬ事実だけらしい。


「俺がリィナの元を離れたからか?」


「その通りです。貴方様の意思はリィナを救うことで決定しています。従ってリィナの元を離れた五日前こそが、矛盾を解消する絶好のタイミングであったのでしょう」


 なんてことだ。俺がアークライトのけしかけに乗ってしまったから運命が動いたのか。

 ほぼ一緒にいるリィナの死に目。俺が彼女の元を離れるのはそれほど多くないという意味だろうな。


「じゃあ、なぜフィオナが死んだ? リィナは生きているぞ?」


「その運命は魔国の戦闘中に固定されました。戦死する運命はリィナからフィオナへと変更されたのです」


「理由は分からないか?」


「推論となりますが……」


 良いから早く言え。俺は真相を知りたいんだ。誰に責任があるのかを。


「貴方様が世界の想定よりも早く戻られたから……」


 俺は声を失っていた。

 やっぱ俺のせいか。俺はもう少し早くか遅くに戻っていたらフィオナを助けられたのかも。ああいや、それなら想定通りにリィナが死んでいたはず。


「だったら犠牲は避けられなかったと?」


「魔将軍サーマはリィナが差し違える予定でした。リィナはサーマの存在に気付き、既にフィオナの元へと向かっていたのです」


 もう俺にも理解できた。リィナが差し違える場面に俺が登場してはならないのだ。瀕死のリィナを目の当たりにすると、俺は必ずあの呪文を唱えてしまう。十七歳で死ぬ俺の運命に矛盾が生じてしまうからだ。


「いや、俺が現れるからと言って、フィオナを殺す必要があったのかよ!?」


「運命は前世界線の影響を少なからず受けるもの。切り替わったとして、使徒が一人失われるという重大な運命は引き継がれたのだと思われます」


 使徒が一人亡くなるなんて世界にとって一大事だもんな。リィナの代わりが必要だったってことか。


「リィナの幸運も作用したと思われます。意図しないペガサスの召喚から、魔国の侵攻タイミングまで。それらが世界の想定を超えた結果、現状に至る結末に収束したのだと考えられます」


 結局、俺のせいじゃないってことか。俺の責任であった方が良かったのに。俺は自分を責め続けることができたのだから。


「それでリィナの運命は病死で固定されたか? 俺はイステリア皇国での葬儀に参列しなければならない。流石に愛人を連れて行くなんてできないんだ」


 皇王陛下には後から行くと伝えてある。プテラで追いかけたのなら、俺の方が早く着くくらいだし。


「固定はされていません。留守にされるのであれば、釘を刺しておくべきです。リィナが危機に際して戦うことを選択しないように」


「なるほど、戦闘回避を徹底しておれば運命は動きにくいってことな?」


「あの置物さえ排除したのなら何の憂いもないのですけどね……」


 やっぱ問題になるのはアークライトか。原因の根幹にあるのは第一王子に他ならない。


「あいつはやはり殺すべきか?」


「当然です。今思えば存在を重くしすぎました。貴方様の運命を固定するためとはいえ、世界に影響を与えすぎます」


 女神は総じてアークライトを悪く言う。今となっては俺も同意だけど。


「じゃあ、精霊術士が失われたけど、世界の平穏は遠ざかったと思うか?」


「なんとも言えません。そもそも当初の計画とは異なっていますし。ですが、女神は信じております。ルカ様が世界を救ってくださると」


 代行者だった俺が勇者になったんだもんな。予測なんてできるはずもないか。


「ありがとう。もしも女神にできることがあるのなら、リィナを全力で守って欲しい。最早、俺が戦う理由は彼女の存在だけだ」


 自暴自棄にならなくて済んでいる。リィナまで失われては戦えそうにない。俺は世界にリィナ以上の価値を見ていないのだから。


「承知しました。ルカ様もお気をつけて。危機があれば全力でサポートさせていただきます」


 言ってマルシェは淡い光の粒を残しながら消失していく。

 それはまるでフィオナの最後と同じだ。


 俺は女神と別れるたびに、あの感情を思い出すのかもしれない。

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