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第116話 一人きりの誓い

「お気持ちだけで充分ですの。早く指輪の交換を……」


 吐血したフィオナに俺は戸惑っていた。

 思わず運命を背負いそうになったわけだが、彼女に制止されてしまう。


「指輪……」


 上着のポケットから指輪を取り出したそのとき、フィオナの身体から空色をした煌めきが舞い上がっていた。


「あっ……」


 俺は察していた。それは美の女神の色。フィオナに宿る魂が天へと召された瞬間であることを。


 思わず俺は空色の煌めきに手を伸ばすが、それは手を撫でるようにしてから舞い上がっていく。捕まえようとしても、零れていくだけだった。


 美しい輝きが聖堂に立ちこめる。しかし、程なくそれは儚く消えていく。

 刹那にフィオナの身体が車椅子から滑り落ちた。深紅に彩られたウェディングドレスを纏う彼女はそれっきり動かなくなった。


「フィオナ……? おい、フィオナ!?」


 何も考えられない。あれほど楽しみにしていた結婚式だというのに、彼女はもうこの世を去って行ってしまったあとらしい。


「フィオナァァアアアアアアアアアッッ!!」


 声が枯れるほど叫んだ。しかし、フィオナは返事をしない。

 俺は彼女の亡骸を優しく抱きかかえるだけだ。


「そうだ。指輪……」


 地面に落としたケースを拾って、俺は指輪を取り出す。

 それをフィオナの薬指へと滑り込ませ、更には彼女が用意していた指輪を自分の指へと。


 誰もが唖然と固まっていたけれど、俺は気にしない。

 結婚式を終えなければ。ちゃんと最後までやり遂げなければ。


「俺は永遠の愛を誓う! フィオナ、聞いているか!?」


 俺はフィオナと口づけを交わした。

 まだ温かい。眠っているようにも感じた。きっとまだ直ぐ側で彼女は見ていると信じている。


 長い時間をかけて俺はキスしていた。

 拍手どころか、ざわめきすらない誓いのキス。静寂に満ちた聖堂にあって、俺は一人きりで式を終えた。


 俺は涙を拭い立ち上がった。腕にはフィオナを抱いたまま。

 静かに壇上を去る。呆然と立ち尽くす来場者の脇を抜けて、俺は聖堂を後にしていく。


「悲運の青が憎い……」


 お望み通りか?

 結婚式を一人で終えるなんてお前が望むままだろう?


 俺はフィオナの人生をも巻き込んでしまったんだ。伝染する悲運に抗う術はなく、ただ導かれるがままに闇が俺を包む。


「ルカ様!」


 リィナが追いかけてきたけど、今は話をする気分じゃない。


「リィナ、薬を飲んでおけよ? 俺はフィオナを部屋に連れて行かなければいけない」


 どう考えても、この先も悲運が俺を苦しめるだろう。

 誰よりも青い俺の運命は暗く澱んでいくだけなのだ。



 ◇ ◇ ◇



 翌日、フィオナの遺体は皇王陛下たちと共にイステリア皇国へと運ばれていった。

 葬儀には俺も顔を出すしかない。何しろ、俺は彼女の夫であるのだから。


「ルカ様……」


 部屋を出た俺はリィナに声をかけられている。ずっと扉の外で待っていたのかもしれない。


「なぁ、リィナ。フィオナは立派で綺麗だったよな?」


 もっと良い未来が選べたら良かった。でも、現実は最低な最後。彼女は結婚式が終わるよりも早く逝ってしまったんだ。


「気高くご立派でした……」


 本当に。あの状態で俺のディヴィニタス・アルマを制止したんだ。高潔な最後であったと思う。


「あの……」


 リィナは何か言いたいことがあるのかもしれない。俺はこれから聖堂で祈って、女神たちと話があったというのに。


「なんだ?」


「今、伝える話ではないかと思うのですが、私は黙っていられません」


 嫉妬だろうか?

 昨晩、俺とフィオナが同衾したことはリィナも知っているのだし。


 ところが、リィナは俺の予想とは異なる話を始めた。


「私の最後。同じように看取ってくださいまし」


 ああ、なるほど。最前列にいたリィナは見ていたのか。俺があの呪文を唱えようとしていたことを。


「それは約束できない……」


 昨日は思わぬ制止に驚いてしまったが、もうあの展開は頭に入っている。同じように口籠もるとは考えられなかった。


「嫌です。私も崇高な最後を遂げたい。分かるんですよ。今日は本当に体調が悪い。たった二日、精霊術を施してもらわないだけで、私の身体は悲鳴を上げています」


「そんな話はやめろ。聞きたくない。もう看取るのは嫌なんだ……」


 あの絶望をもう一度なんて無理だ。無力すぎる自分に嫌気がさして、その場で自害したくなった。俺は君が思うほど強い人間じゃないんだよ。


「フィオナ様はズルい。先に看取られたせいで、私が割を食ってしまう」


「そう言うな。とりあえず女神の意見を聞く。どこまで予定されていたのか。最初の世界線からフィオナは俺の悲運に巻き込まれたんじゃないかって考えてる」


 シエラにそそのかされ、フィオナで大人の階段を上ろうと考えた。悲運の青である俺が彼女を求めた事実は実際にシリウスを誘導していたし、フィオナ自身にも影響を与えたはず。


「思い詰めないでください。それこそフィオナ様が悲しまれます」


「分かってる。でも、確認はしたい。一人で行く……」


 俺はリィナを放置して、一人で元騎士学校をあとにする。目指すは昨日、惨劇が起きた場所だ。


 俺には幸運などないのか?

 俺はフィオナを助けられなかったのか?


 真相を知るため、俺は聖堂へと向かう。

 自責の念だけが募っていた。

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