第115話 結婚式
翌朝のこと。わたくしはイリア様に感謝を述べていました。
ルカ様と出会えたこと。結ばれたこと。隣で眠る彼の姿は夢だとしか思えない現実だったのです。
「さあルカ様、朝ですわよ? 早々に準備しませんと」
わたくしは重い身体を起こし、ナイトウェアを着る。明るい場所で見る自分の素肌を見ると、ルカ様はかなり無理をしてわたくしを抱いたのではと思えてなりません。
「フィオナ、昨日は最高の夜だったよ」
「お世辞でも嬉しいですわ。せめて今晩まで時間があれば良かったのですけど、悠長にしている時間はありませんの」
大司教様には結婚式の予定をねじ込んでもらいました。あとはお父様が夜を徹して作らせた衣装を身にまとうだけ。
「起きたことを伝えにいく。次に会うのは花嫁衣装のフィオナか?」
「ご期待ください。肌も化粧をして何とか見栄えを頑張ってみますの」
ただれた肌では申し訳ない。精一杯にお化粧をして最後のときを迎えないといけません。
このあと、メイドが着替えを手伝ってくれて、わたくしは車椅子にて聖堂へと運ばれていく。
割と遅くまで寝ていましたので、支度を終えたときには十一時となっていました。
でも、正午まで生きられると聞いています。一時間あれば結婚式くらい問題ないかと思いますの。
心臓がドキドキする。わたくしは今から結婚するのです。急な挙式となりましたが、聖堂の外には住民たちが詰めかけていると聞いています。わたくしたちの結婚を祝福してくれるみたいです。
「殿下、ブーケは投げられますか?」
メイドが聞いた。
それはブーケトスと呼ばれるものでしょうか。未婚の来場者が受け取ると、次に結婚できるとか言う風習でしたの。
「投げますわ。たぶん大丈夫ですの」
たぶんと言ったのは身体が重かったの。昨日よりも確実に悪化している。女神様の力が注がれているというのに、もう身体は限界に近いのかもしれません。
「フィオナ……」
控え室に現れたのはお父様でした。聞けば遅れていた会場の設営が完了したとのことで、わたくしを呼びに来てくれたみたいですの。
「お父様、わたくしは幸せになります。そんな辛気くさい顔をしないでくださいまし」
「う、うむ。大丈夫か? 顔色が悪いが……」
目一杯の厚化粧でしたが、やはり隠しきれないみたい。空元気であることは簡単に推し量れるようですわね。
「それより見てください! ウェディングドレスですの! お母様にも見ていただきたかったですわ」
魔道通信により、結婚式の様子は皇国にも中継されますが、やはり直接見ていただきたかった。それだけが残念でなりません。
「綺麗だよ。きっとルカ殿下も気に入ってくれる」
「お父様、もうルカ様は家族です。気軽に呼んであげてください。彼はお父様の息子になるのです」
「ああ、そうさせてもらう。ルカはもう私の息子だ」
良かった。皇国は安泰です。世界中を探しても彼以上の施政者など見つかるはずもないのですから。
「王国は了承してくだましたか?」
「それはルカが伝えてくれている。元より我が国との関係を重視されておったのでな。何も問題なかったぞ」
これでもう後顧の憂いは何もない。やはり女神様たちが手を取れば簡単に物事が進むみたいね。
「それでは会場に向かおうか。ルカが待ちわびている」
「はい……」
いよいよです。少しばかり時間が押していましたが、まだ大丈夫。わたくしは無事に結婚できるはず。
車椅子をお父様が押し、わたくしは控え室から聖堂へと。
中には候補生たちや先生が詰めかけていました。
「ルカ様……」
真っ白な衣装を着たルカ様がわたくしの到着を待っていたのです。入り口から二人して大司教様の元へと向かうために。
わたくしの顔を見て欲しいけれど、今はまだヴェールを外すわけにはなりません。近いのキスをするまで、バッチリメイクは秘密なのです。
「ルカ、よろしく頼む……」
「皇王陛下……」
「父と呼んで欲しい。フィオナもそれを望んでいる」
二人は上手くやれそうですわね。頑固なお父様が折れるだけで良かったのですわ。
わたくしがルカ様の腕を取ると、パイプオルガンの演奏が始まります。
一歩ずつゆっくりと。わたくしたちが進むたびに花びらが投げかけられていました。
わたくしはバージンロードに相応しくないかもしれませんが、それでも嬉しかったのです。
「フィオナさま!!」
最前列。ここでわたくしに花びらを投げたのはルームメイトでした。恋のライバルでもあったリィナが祝福してくれたのです。
「リィナ、ありがとう。気を利かせてくれて」
「いえ、とっても素敵です!」
やはり彼女は聖女なのね。本心では嫉妬していたはずなのに、屈託のない笑顔を向けられるなんて。
「リィナ、これを……」
段取りとは違いましたが、わたくしはブーケをリィナに手渡した。
流石に驚きを隠せないリィナ。ポカンとしてわたくしを見ていました。
「良いのですか……?」
「わたくしはこの世を去ります。いつか貴方が話していましたこと。わたくしはそのままお返しいたしますの」
今のうちに伝えておきませんと。もう正直に車椅子に座っていることも辛くなっていたのですから。
「ルカ様を頼みます……」
順番が逆になってしまいました。わたくしたちは共に悲運であったのです。同じ人を好きになり、恐らく二人共が彼よりも先に逝く。残された時間があるリィナにわたくしはバトンを渡さなくてはならないのです。
「いや、私は……」
「人生を謳歌してね? その煌めきを目一杯に輝かせて」
わたくしは軽く手を挙げて車椅子の進行を願う。今から大司教様の祝福があるのです。それまでわたくしは生きていなければなりません。
執事たちが壇上へと車椅子ごと運んでくれました。
いよいよですの。大司教様が頷いたあと、有り難い口上を述べられております。
「本日はお日柄も良く……」
しかし、大司教様の話が長い。目眩がしてきたというのに、延々と大司教様のお話が続く。
「大司教様、早く……」
わたくしは失礼を承知で急かしていました。もうすぐ時間なのです。わたくしは生ある内に誓いのキスまで終えたかったの。今思えば先にブーケを手渡していたのは正解でしたね。
「大司教様、急いでください。フィオナは体調が優れないのです」
困惑する大司教様にルカ様が説明してくれます。
最後までお優しい。わたくしの旦那様は世界中で一番の男性だと思います。
「そうでしたか。それではルカ・シエラ・シルヴェスタ、其方はフィオナ・イリア・イステリアを生涯の伴侶とすることを誓えますか?」
良かった。まだ間に合う。わたくしは指輪を交換し、誓いのキスを交わすまで死ねないのよ。
「誓います! 永遠に誓います!」
少し笑ってしまいましたわ。
ありがとうルカ様。わたくしは今、本当に満たされておりますわ。
「ならばフィオナ・イリア・イステリア、其方は……」
次はわたくしの番。誓ったあと指輪の交換。そして口づけ。
大丈夫。まだわたくしは大丈夫です……。
ところが、急に胸が苦しくなり、わたくしは咳き込む。すると、おびただしい血を吐き出してしまったのです。
「フィオナ!?」
「誓いますわ! 大司教様、わたくしは誓います!」
急いで。もう幾ばくも時間がない。わたくしはちゃんと式を終えたいのです。
「フィオナ、お前……」
ルカ様が心配されておりますが、咳は止まらない。純白のドレスは瞬く間に赤く染まってしまう。
呆然とするルカ様。彼はわたくしの肩を抱き、顔を何度も振っていました。
「ディヴィニタス……」
「ルカ様っ!!」
ダメ。その呪文を使用してはいけません。精一杯に声を張り、制止しなければ。
「お気持ちだけで充分ですの。早く指輪の交換を……」
そう口にしたあと、わたくしの意識は途切れた。
これが死なのでしょうか。女神様が仰っていた通り、最後は苦しくなかった。
でも、わたくしは式を最後まで終えられませんでした。
わたくしの胸は酷く痛んでいたことでしょう。




