第114話 残された時間
「わたくしは明日までの命だそうです」
そう告げるとお父様もルカ様も声を失う。二人のせいではないというのに、責任を感じさせてしまったかしら?
「明日だと!? 本当に女神様が!?」
「お父様、うるさいです。それよりも、わたくしのささやかな願いを叶えてください。時間がありません」
一分一秒が惜しい。わたくしは猛烈に結婚式を願うだけ。心残りを解消しなければ。
「いや、しかしな?」
「しかしもクソもございませんの。もう死は受け入れました。決定事項ですの。わたくしの願い事は準備が必要なので、急いで欲しいのです」
何度も首を振りながら、お父様は最後に頷く。分かったと小さく返事をしてくれました。
明確に死期が判明していることはプラスに働いているようです。どのような無理難題でも叶えてもらえそうですの。
「明日、わたくしはルカ様と結婚式を挙げたい」
これがわたくしの望み。一日と生きられない妻とか嫌でしょうけど、最後くらいは付き合って欲しいのです。それが両国のためでもあるのですから。
「けけけ、結婚式だとぅ!?」
「お父様、うるさい。わたくしはルカ様と結ばれ天に還る。わたくしの死後、皇王の継承権をルカ様に。ルカ様はお父様の息子になってください」
後継者問題を解決しませんと。わたくしが考える最善はルカ様が統治されることです。わたくしの血は残らずとも、ルカ様ならば安心して任せられますわ。
わたくしの申し出にお父様とルカ様が目を見合わせている。お父様としては難しい判断でしょうけど、ここは折れて欲しいです。
「ルカ殿下、正直に私は王国さえしっかりしておれば、フィオナの死は避けられたと考えている」
「お父様、ルカ様を責めないで! ここで折り合ってくれませんと、死後もお父様を恨み続けますわよ!? 逃げなかったのはわたくしの責任。いえ、責務なのですからルカ様は無関係ですわ!」
「しかしな……」
「お父様に子種がなかったことこそ問題です! 後継者に相応しいのはルカ様しかおりません。イリア様もそう申しておられました。皇国の未来を託せるのはルカ様しかいないと」
ここは女神様の名を出しておきましょう。美の女神イリア様への信仰が厚いお父様であれば拒否できないことでしょう。
「ご神託があったのか!?」
「もちろんです。死期もその折りに聞いておりますの。従ってルカ様との結婚式は避けられません。お分かりでしょうか?」
お父様は黙り込む。皇国の未来。後継者がわたくししかいなかった責任をルカ様に押しつけるのはもうやめてくださいまし。
「ルカ殿下、申し訳ない。私は婚約破棄を押しつけた人間だが、撤回させてくれんか? 最後にフィオナの希望を叶えてやりたい。謝礼の品は用意させてもらう」
「お父様、ありがとう。そもそもルカ様がいなければ、わたくしはファイアードラゴンに惨殺されております。彼を恨むのはやめてください」
これでいいの。あとはルカ様の反応だけですわ。
「まともな衣装を俺は持ってきておりませんが、大丈夫ですかね?」
わたくしは今、肯定とも取れる話を聞いている。
初めてルカ殿下が前向きになってくれたんだ。
「わたくしもドレスなどありませんわ! 左足すらありませんし、全身傷だらけの花嫁ですけどもらってくださるのでしょうか!?」
ここは確認しておきませんと。
まあしかし、お優しいルカ様の返答は分かっていました。死するわたくしの望みを叶えてくださるってことは。
「フィオナ、結婚しよう。俺と君は一緒になる運命なのだと思う」
やはり断られなかった。最後の望みなんてズルい気もしますが、それは皇国のためであり、世界のためでもある。わたくしは絶対に間違っていない。
彼の言葉を受け、わたくしは返答を終える。
「ふつつか者ですが、一日だけでも妻でいさせてください」
不意に涙がこぼれてしまう。嬉しかったのと悲しかったのと。末永くと伝えられない歯痒さがその涙に含まれていました。
「フィオナ……」
「すみません。嬉しいのです。心から……」
このあと大司教様が到着され、再びハイヒールの治療を受けましたが、効果などあるはずがない。わたくしの元気はイリア様が力を注いでくれているおかげ。本来なら喋ることすらままならなかったことでしょう。
「ルカ殿下、私は急ごしらえのドレスを発注する。貴殿の衣装も任せてもらえんか?」
「構わないのですか? 俺は自分で用意できますが……」
「それには及ばん。最後の最後までフィオナの側に居てやって欲しい」
お父様、気が利きますわね。
こうなると、わたくしは期待してもいいのでしょうか?
結婚式は明日ですけど、わたくしに残された夜は本日しかないのですから。
◇ ◇ ◇
夜になり、わたくしの部屋にはルカ様しかおられません。
リィナは何も言わず、部屋を出て行ったきり。やはりズルい気もしたわけですが、もうそんなこと考えている暇はない。
「ルカ様、ため息ばかり吐かれても困りますわ……」
「いや、すまん。俺はどうしてあと数分でも早く到着しなかったんだと思ってね」
「ルカ様のせいではありませんわ。それよりわたくしは新妻としての夜を体験したく存じます」
意思を伝えてみる。
正直に断られる可能性が高い。なぜなら、わたくしは既に美の女神の使徒という面影がない。猛毒によって肌はただれ、左足は膝下から失われているのですから。
「…………」
返事はありません。まあ、そうですよね。可愛いリィナを抱かれているルカ様が穢れた身体に興味を持たれるはずもない。
「すみません。冗談ですの……」
わたくしは前言を撤回したわけですが、どうしてかルカ様はわたくしのベッドへと入り、隣に座られたのです。
「ルカ様……?」
「フィオナ、ずっと君が美しいと思ってる。初めて会ったときも、この夜でさえも」
ああ、どうして彼はこうも他人を思いやるのか。
大国の王子様であるというのに、他者に慈悲を与え続ける。
「いいのですか?」
「それより大丈夫か?」
「死の直前までイリア様が力を注いでくれています。今は痛みもありませんわ」
この優しさを満喫すると同時に、わたくしは気をつけておかねばならない。釘を刺しておかねばならないと思う。
「最初に断っておきますの。わたくしに慈悲は必要ございません。最後のとき、貴方様の力をわたくしに使用しないでください。ルカ様は勇者であることを自覚して欲しいのです」
身体を重ねると情がわくかもしれません。わたくしは退場者であり、ルカ様の代わりに生きる価値などないのですから。
「約束してください」
これでいい。未練などあるはずもない。最愛の人と過ごす夜。そして明日は結婚式。わたくしの望みは全て叶っているのですから。
「フィオナ、俺は……」
「さあさあ、イリア様が情事の鑑賞をご所望ですの。夜は短いのです。湿った話はもうやめましょう」
この夜を満喫したい。思い残すことがないように。
「ルカ様、貴方の愛で溺れさせてくださいまし」
今宵、わたくしは駆け足気味に女としての階段を上った。婚前交渉という皇女にあるまじき行為でしたが、きっと許してもらえるかと存じます。
甘美な夜。わたくしは確かに愛されていました。




