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第113話 謝罪

 激戦を終えたのは戦闘開始から五時間が経過した頃だったらしい。


 見渡す限りにゴブリンとオークの遺体が転がっている。と同時に兵や候補生たちの遺体も。


 俺の到着が遅すぎた。精一杯に急いだ結果だが、王城での遣り取りを手短にしておれば救えた命もあったことだろう。


 グレン学長に命じ、生存者全員を集めさせた。まず俺は謝罪しなければならない。俺はレザルが次の戦場だと知っていたのだから。


「皆、聞いて欲しい。俺が西部司令官に任命されたのは知っているだろう。だから、伝えておく。もう双国立騎士学校は安全じゃない。俺は本日からここを前線基地の一つにしようと考えている」


 戦闘直後であったが、伝えておかねばならない。各自が適切に判断できるように。


「シルヴェスタ陛下には派兵を願っている。なぜ俺がこんな話をするのかというと、俺が向かったスノール前線基地もまた侵攻に遭ったからだ。そちらも対処し終えたけれど、俺たちは覚悟しなければならない。現状でバリウス帝国が滅んだこと。魔国が更なる南下を模索していることを」


 確実にバリウス帝国は滅んだ。レザルまで侵攻に遭ったのであれば。


「騎士学校は本日を以て廃校とする。引き続き戦う意思がある者は残ってくれ。去ろうとするならば、それも構わない。しかし、残るということは命を懸けて人類のために戦うことだ。悩むくらいなら立ち去ってくれ。俺は別に強要しないし、意志を尊重するつもりだ」


 戦う決意を済ませていない人間が戦場に残るのは間違っている。作戦の成否にも関わるし、士気だって下がってしまうはず。


「残る者たち。明日から君たちは兵士だ。訓練は魔物の討伐にて行う。個々にレベルを上げていかないことには戦えないからな。士官希望者は申し出てくれ。士官であっても魔物の討伐は必須になるけれど」


 最後に士官希望者を募っている。そもそも、この双国立騎士学校は士官養成学校だからな。最終的な判断で自己申請するようにするだけだ。


 伝えたいことを話し、本日は解散とした。長話できなかったのは懸念されることが残っていたからだ。


 それはフィオナの容体。サーマを討伐したあと、ヒールと浄化を重ねがけしたけれど、俺の回復魔法では効果は最低限だった。直ぐさま支援兵に治療を願ったけれど、今も彼女は意識不明のままだ。


「ルカ様……」


 フィオナの病室に行くとリィナがいた。更にはどうしてかイステリア皇王陛下の姿まで。


「まだ意識は回復しないのか?」


「はい……」


 バツの悪そうな表情。流石に皇王陛下が側にいては良くない報告はしづらかったことだろうな。


「ルカ殿下、貴様はどう責任を取るつもりだ?」


 ベッド脇に腰をかけた皇王陛下は視線を合わせることなく言った。

 どうやら彼はフィオナの現状が俺の責任だと考えているらしい。


「如何様にも。ただし、魔国を滅ぼしてから。俺は逃げも隠れもしません。戦争に勝ったあとでなら斬首系でも市中引き回しでも好きにしてください」


「ふん、言いおったな? その言葉に嘘はないだろうな!?」


 一人娘だもんな。加えて唯一の後継者だ。万が一の場合は確実に死罪を申しつけられることだろう。


「お父さま……おやめください……」


「フィオナ!? 気が付いたのか!?」


 ここでようやくフィオナの意識が回復。気付薬になったのなら、俺も怒鳴られた甲斐があるってものだ。


「お父様……わたくしの意思は告げたはず。希望を叶えてくださいまし。わたくしはもう長くありません」


「大丈夫だ! 今、大司教を兵が呼びに行っておる! ハイヒールさえかけてもらえたら問題ない!」


「女神様に聞いたのです。ハイヒールなど無駄なことですわ……」


 俺はいたたまれなかった。足を食いちぎられただけでなく、猛毒を浴びたフィオナの全身がただれたままなのだ。


 即死級の猛毒は加護があったとして、身体中を蝕んだというのが治療士の見解だった。 皇王陛下は大司教を呼びに向かわせているそうだが、既にハイヒールは支援課の教官により施されたあと。大司教であっても効果は同じようなものであろう。


 言葉がない俺や皇王陛下。フィオナは想定していない話を続けるのだった。


「わたくしは明日までの命だそうです」



 ◇ ◇ ◇



 わたくしは暗闇にいました。

 確か毒蛇サーマと戦って瀕死になったはず。でも、最後の最後でルカ様が助けてくれたと記憶していました。


 ふと視界に光が差し込んだかと思えば、見渡す限りの銀世界に。そこは記憶に新しい女神様がいらっしゃる天界のようでした。


「フィオナ、このたびはお疲れさまでした」


 やはりイリア様が降臨されています。なんだか全てが終わったかのような話ですの。

 理解しづらい話でありましたが、悩む必要もなかったりする。


「わたくしは死んだのですか?」


 恐らく、そうなのだろう。天命を遂げたわたくしに対する慰労であるならば、先ほどの言葉が現実と繋がるのです。


「いえ、まだ生きています。精一杯に力を注いでおりますが、明日の正午までが貴方の運命となりました」


 まだ生きているのね。しかし、暗闇にいたわたくしはルカ様と会えない。きっと意識不明のまま死んでしまうのだろう。


「思い残すことはございますか? 主神としてできる限りのことをしたいと考えております」


 分かりきったことを聞きますのね?

 わたくしの心残りはずっと貴方様が焚き付けていたことですわ。


「ルカ様と一緒になりたい人生でした」


 願ったとして無駄なこと。明日の正午までしか生きられない瀕死のわたくしがルカ様と番いになるだなんて。そもそも女神様は地上の事象に関与できないはずですし。


「分かりました。最善を尽くしましょう」


「本当ですか!? わたくしは結婚を望んでいるのですよ!?」


 人は人が道を切り開くが女神様のスタンス。そう聞いていましたが、イリア様は意を汲んでくれるらしい。


「女神様は地上に関与できないのでは……?」


「私とシエラが同意すれば使徒の願いは叶う。貴方は一心に願うだけでいい。安心しなさい。無理難題でもありませんから」


「しかし、シエラ様はルカ様に心酔されていると聞きました。とても同意してくれるとは……」


「それこそ何も問題ありません。何しろシエラは悲運が大好物ですからね」


 今のわたくしは悲運なのですわね。一日と生きられないのですから。


「それで、わたくしの運命は元々ここで終わりだったのでしょうか?」


 疑問を解消しておきたい。最初からサーマに殺される運命なのだとすれば、仕方ないと割り切れます。


「いえ、大いに歪んだ世界線のせい。本来なら貴方は魔王を倒すパーティーの一員でした。二番目の世界線であれば、願いは労せず叶ったことでしょう」


「二番目の世界線?」


「ルカが子爵家の長男だった世界線です。その世界線の貴方は少しばかり拗らせていましてね。半ば強引にリィナからルカを奪う運命にありました」


 ルカ様が子爵家の長男?

 それはリィナに聞いた話だけど、本当だったのですね。


「しかし、三番目の世界線において、貴方の毒気は失われました。ルカに惚れた貴方の心は浄化され、慈愛が目覚めたのです。改ざんされた記憶に闇は存在せず、そのせいでリィナから彼を奪うことを躊躇してしまったわけですね」


 なんだ。それなら自己責任じゃないですか。振り向かせられなかったわたくしの責任。

 だったら、返答は難しくない。わたくしは本心を述べるだけですわね。


「わたくしは現状の世界線が好きです」


 リィナから強引に彼を奪うなんて駄目ですの。ルカ様もリィナも納得した上で一緒になりたかっただけですわ。


「そう言うと思っていました。主神としては強引さが欲しかったところですがね?」


「それは申し訳ございません。ですが、結婚式だけでも堪能してくださいな?」


「そうさせてもらいます。死後、貴方の魂は回収しましょう。美の女神イリアの名において悪いようにはいたしません」


「でしたら、来世ではルカ様と結びつけてくださいまし!」


「善処いたしましょう。死の直前まで力を注ぎます。痛みはそれでかなり緩和するはずです。フィオナ、それでは目覚めなさい。愛に満ちた我が使徒フィオナ……」


 後顧の憂いとか考えたこともなかったけど、わたくしには希望の光があった。

 来世になってもルカ様と一緒にいられる。そう考えると、この人生も悪くないものであったんじゃないかと。


 さてと、目覚めましょうかね。

 あと一日、わたくしは精一杯に輝いてみせます。

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