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第112話 思いの丈

「ルカ様、さよならですわ……」


 ウンディーネが消え失せるや、わたくしは猛毒を防ぎきれない。そのときこそが人生の最後であり、わたくしの儚い愛の終焉でした。


「上位精霊はもう打ち止めか? クック、それではいただこうとするか」


 最初に語ったままのよう。サーマは猛毒を吐くことなく、わたくしに近づいてきました。生きたまま丸呑みにするつもりでしょう。


「まだよ。わたくしは最後の最後まで戦いますの……」


 短剣を抜く。諦めてはいけない。魔力が尽きたとして体力がある。武器としては頼りない短剣しかありませんが、戦う術は全て使い切るつもりですの。


「そのようなナイフで俺を切り裂けると思うな!?」


 サーマが突進してくる。ホント、蛇は頭が悪いですわね。短剣であったとして、使いようによってはその威力を発揮するのです。


「刺し違える覚悟さえあればっ!!」


 大きな口を開いて突進してくるサーマ。わたくしは口内を切り裂くと決めたのです。鱗を裂くよりも、絶対にダメージを与えられると信じて。


「でやぁああああっ!!」


 不思議ですわ。訪れるだろう死は少しも怖くありませんでした。

 願わくばルカ様に見ていただきたかった。わたくしの最後を。命を代償としたこの攻撃を。


「ぐぬっ!?」


 手応えがあった。わたくしの短剣は根元まで刺さっていたのです。サーマの上顎を内側から貫いていたの。


 流石に仕留めるまでにはなりません。しかし、わたくしは吐き出されていた。予想しなかった攻撃が丸呑みを阻止したようです。


「やってやりましたの……」


 一人の女としての抵抗としては充分でしょう。今もサーマの口内には短剣が突き刺さったままであり、わたくしは魔将軍に対して一矢報いたのですから。


「やってくれるじゃないか? まあもうお前も死ぬだろう」


「そうですわね。残念ながら……」


 わたくしは噛みつかれた表紙に左足を食いちぎられていた。加えて猛毒も浴びていたの。精霊の加護があるおかげで即死には至りませんでしたが、もう長くはないことでしょう。


「ルカ様、あとは頼みます……」


 来世に期待しましょう。女神様の話では魂は輪廻する。次の世界線こそはルカ様の隣に立っていよう。


 死を覚悟し静かに目を閉じたわたくし。涙が一つこぼれた。

 ですが、そのとき、


「フィオナァァアアアアッ!!」


 重苦しい雰囲気を斬り裂くような声がしました。いるはずのない人の声が、わたくしの耳に届いています。


「うそ……?」


 俄には信じられません。彼はスノール前線基地へと配備されたばかりなのです。一週間も経過せずに戻ってくるはずもありませんでした。


 しかしながら、目も眩むほどの目映い輝きが視界を覆う。その輝きは真っ直ぐに眼前のサーマへと突き刺さっていたのです。


 粉雪のような煌めきを宙に残すものはプテラ。またその背には恋い焦がれた彼の姿がありました。死の間際にあって、女神様が気を利かせてくれたのでしょうか。


「ルカさま……」


 もう一度、会いたかった。

 もう一度、お話ししたかった。

 愛を語らい、抱きしめて欲しかった。


 しかし、もう声が出ない。血を失ったせいか、或いは猛毒のせいか。彼の名を大声で叫ぶことは叶いませんでした。


「ヒール! 浄化ァァッ!」


 全身傷物になったわたくしを生かそうというの?

 ルカ様、おやめください。わたくしは気高く天へと還っていくだけですから。


「クソ、てめぇか!? フィオナをこんなにした奴は!?」


 声を荒らげてルカ様。わたくしの姿にこんなにも激怒されている。


「貴様こそ何をした!? 俺の鱗を貫く魔法だとぅ!?」


「るせぇ! 俺は猛烈に腹が立っているんだよ!」


 もう目が見えない。耳に届く声だけが状況を知る手がかり。


「毒蛇サーマ、お前は魂まで斬り刻んでやる!!」


 勇ましい声。わたくしの願いは叶ったようです。

 毒蛇サーマの脅威を退けるだけでなく、最愛の人に看取ってもらえるのですから。


「魔族は消え失せろォォオオオ!!」


 戦況は確認できません。ですが、何も問題ありません。

 世界の救世主が訪れた場所に災禍は続かない。何事もなかったかのように平穏を取り戻すことでしょう。


 どれだけ時間が経過したのか。わたくしの耳に再び彼の声が届く。


「ヒール! ヒール! ヒィィル!」


 このあと、わたくしの意識は失われた。

 彼が連発する回復魔法を子守歌にして。

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