第111話 さよなら
「ぐははぁっ! 処女の良い匂いがすると思った!」
わたくしの眼前に現れたのは喋る巨大な蛇でした。
というより失礼ですわね。わたくしは好きで処女をしているのではなく、もらっていただけないから処女なだけですわ。
「貴方、どなたでしょう?」
聞く限り、魔将軍は言葉を操るとのこと。恐らく現れた蛇は六魔将の一人なのでしょう。
「俺は魔将軍サーマ。人化してなくてすまんな? 俺はリヴァイアとは違ってヘマをやらかすような男じゃない」
やはり魔将軍ですのね。どうせ現れると考えていましたから、今さらなのですけれど。
「俺は生きたまま処女を丸呑みするのが好きでな? こうして後方から上がってきてやったのさ……」
「貴方の嗜好など知りませんわ。お仲間を殺してまで急がねばなりませんでしたの?」
「当たり前だろう? 良い匂いがする獲物をオーク共に取られてたまるか。お前は俺が丸呑みにするんだよ……」
クックと笑う蛇。本当に気持ち悪いですわね?
しかし、どうやって後方からオークたちを倒したのかしら?
わたくしとサーマが話していると、正規兵たちが斬りかかってしまう。
「効かぬわ! 俺様を誰だと思っている!?」
刹那に倒れ込む正規兵。彼らは攻撃を受けることなく倒れてしまいます。
「毒ですの!?」
よく見るとサーマの身体から紫色の煙が出ている。触れずに倒してしまうとか、それが猛毒であるようにしか思えません。
「ドライアド、召喚!」
わたくしは透かさずドライアドを喚び出します。
下位精霊でありましたが、癒やしの力を持つ。直ぐさま正規兵の方々を解毒し始めました。
「ほう、精霊使いか? おい処女、お前は女神の使徒か?」
「うるさい蛇ですわね? わたくしは予約済みなのです。実質的に非処女ですわ!」
喋る蛇とか最悪ですの。ただでさえ、気持ち悪いというのに、悪口を連発する蛇だなんて我慢なりませんわ。
「喉元から聞こえる断末魔の声。砕け散る骨の音。女神の使徒はどんな声で鳴くのか楽しみだ……」
言ってサーマは煙を吐く。
紫色の煙は瞬く間に周囲へと拡散し、ドライアドに守られていない者たちは次々と倒れ込んでしまう。
「いけません! いでよ、ウンディーネ!」
もう出し惜しみする場合ではありません。わたくしはエレメンタルタクトを行使し、ウンディーネを召喚してしまいました。
エレメンタルタクトは大精霊を一体だけ召喚できる魔法ですの。
本来ならサラマンダーを召喚し、焼き尽くしてやりたいところですが、わたくしは周囲にいる正規兵たちを守る選択をした。
「ウンディーネ、猛毒の無効化と癒やしを与えて! イフリートは攻撃を続けなさい!」
順調に見えて、わたくしの決断はどうやら選択ミスであったみたい。魔将軍を相手に被害を抑えようとしたこと自体が間違っていたのです。
「ふはは! このようなヌルい炎で我が鱗を焼けるとでも思ったか!」
イフリートのブレスでは火力が足りなかったのです。もしも猛毒に伏せった者たちを見捨て、サラマンダーやシルフを召喚していたとすれば、現状のような防戦にはならなかったことでしょう。
「いいえ、間違いじゃない。ルカ様なら必ず助けていたはずだもの」
このあともサーマは猛毒を吐き続けました。ウンディーネとドライアドによって被害は抑えきれていましたが、攻め手がなくなっていたのは明白です。
「ウンディーネの水魔法じゃ効きませんよね……?」
ウンディーネにも攻撃手段がありましたけど、威力が弱い上に相手は蛇なのです。水属性攻撃は下手をすると、回復する可能性すら考えられました。
「精霊使いの処女よ、もうお仕舞いか? できれば新鮮な内に呑み込みたいが、従わぬのなら殺してからでも構わん」
長い舌を伸ばしながら、サーマが言った。
ウンディーネはわたくしの魔力が尽きるまで召喚されたままですが、広範囲の防御を任せていますので長くは持たないことでしょう。
「どうしたらいいの……?」
こんなとき近くにリィナがいてくれたなら。彼女なら、この蛇を輪切りにできたかもしれない。明らかに、わたくしたちは戦略ミスをしていました。
「処女のまま死ぬが良い!!」
先ほどにもまして、強大なブレスがわたくしに浴びせられています。
まるでファイアードラゴンに襲われたときのよう。あのときもまたウンディーネは水壁によって、わたくしを守ってくれたのです。
「あのとき……?」
ふと脳裏に蘇る記憶。ファイアードラゴンに襲われ、わたくしたちは絶体絶命だった。
しかし、災難を逃れ、どうやって今も生き延びているのか。その記憶は感情を昂ぶらせるのに充分でした。
「ルカ様……」
これが走馬灯と呼ばれるものなのでしょうか。
わたくしはルカ様のことを考え始めています。一目惚れをして王城に居座り、そして破談となった。
だというのに、彼はわたくしを追いかけてくださり、ファイアードラゴンの脅威から逃がしてくれた。
てっきり天に還られたのだと考えていましたけれど、わたくしは運命であるかのように騎士学校で再会し、想いを遂げる第一歩というべきキスを交わした。
「ルカさま……」
情けない声が漏れてしまう。
彼のために奮い立ち、戦う決心をしましたけれど、今もわたくしは弱いままでした。
ウンディーネが消失するまでの時間、わたくしは抵抗する手段を考えることなく、美しい思い出を懐古するだけなのですから。
「もう一度だけでもお会いしたかった……」
奇しくもファイアードラゴンとの戦闘時と同じ台詞が口を衝く。
リィナが話していました。最後は愛する人に看取って欲しいと。
今ならば分かります。わたくしもこの世を去るのなら、せめて最後を看取って欲しい。愛する人に見守られながら安らかに逝きたかった。
眼前ではウンディーネの姿が淡く薄くなっています。どうやら、わたくしの魔力もここまでのようです。
「ルカ様、さよならですわ……」




