第011話 真紅に輝く色
ジョブを奪われたアルクのことが気になりつつも、俺は旅立つことにした。
一応は狩りや農作業で身体を鍛えている。勇者というジョブ補正に期待をして、大した準備もなく動き出すことに。
「父上、母上、世話になりました。俺は世界を救う旅に出かけます」
正直に世界の救済とか無理だと思う。
とはいえ、俺は十七歳で死ぬ運命にあったんだ。その運命が変わったのだとすれば、死ぬ気で頑張るくらいはできるはず。
それにフィオナと親密になって大人の階段を駆け上がったりできるかもしれないし、旅立つことに疑問は感じなかった。
「とりあえず祈っとくか……」
早朝に家を出たので、まだ聖堂には誰もいない。七柱の女神像が俺を迎えてくれるだけだった。
祈りを捧げたならば、シエラが再び現れるかもしれない。勇者としてどう動くべきなのかを俺は知りたいと思う。
「クソ女神様、早く降臨してください……」
祈りを捧げるや、俺は意識を失う感覚に陥る。しかし、それは一瞬のことだ。刹那に、まだ記憶に新しい空間へと俺は誘われていた。
目の前には神々しい輝きを放つ女性。だが、それはシエラではない。
「あんた……誰だ?」
眉根を寄せて聞く。てっきりシエラだと思い込んでいたけれど、眼前には燃えるような赤い髪をした女性が現れていたのだ。
ニヤリと笑った女性。彼女は頷きながらも、俺の質問に答えていく。
「僕は武運の女神ネルヴァ。僕の使徒である君が仕えるべき女神だよ」
唖然としてしまう。
俺は悲運の女神に魅入られたはず。だが、現れた女神はアルクに勇者のジョブを授けるはずだった武運の女神ネルヴァだという。
「俺はシエラの使徒だろ? それに人は複数の女神から加護を受けられないはず……」
「使徒としての使命を与えると、その魂は過度に重くなる。故に使徒の偏った配置は世界に歪みを生じさせるんだ。よって僕たちは使徒の重複を避けなければいけない。でもシエラの固有スキルは強力でね、女神も世界も抗えないんだよ」
女神様の取り決めには理由があったらしい。世界を薄い布だと仮定すると、確かに一カ所が重くなると沈み込んでしまうもんな。
「ちょっと待て。俺とアルクは二人ともが使徒だった。同じ家にいるのだから、重複しているのと変わらないんじゃないか?」
「君の魂はかなり軽かったからね。加護を与えたとしても一般人より少し重くなるくらい。それに僕たち女神も馬鹿じゃない。君たちの配置には理由があるし、大陸の南側が重くなったせいで生じる歪みはちゃんと相殺しているから」
「失礼なやつだな? 俺の魂が軽いって、どういうことだよ?」
「ああ、ごめんね? 悪気はなかったんだ。軽い原因は一つ。君が青く輝いていたからさ。悲運ゆえに、君の運命はとても短かったからだ」
俺は息を呑んでいた。
そういやシエラが話していたな。俺はシエラの加護がないと十歳も生きられないのだと。長く生きることも重さに繋がるのなら、俺の魂はさぞかし軽かったことだろう。
「三年ほどで世界は使徒の重さに慣れるんだ。世界が重さに馴染むまで使徒が動かなければ問題ないってわけ。今はもう自由に動けるだろ? 使徒が一カ所に集まったとして平気だ」
ああ、なるほど。確かにエクシリア英雄伝では六英雄が一カ所に集まっていたもんな。既に世界が使徒の重みに慣れた結果なのだろう。
「そんなわけで勇者の運命を背負った君を僕は無視できない。というより、現状のアルクは加護すら持っていないんだ。君が勇者に関連する運命を全てを引き受けてしまったからね」
嘘だろ? アルクは勇者というジョブを手に入れられないだけじゃなく、加護まで失ってしまったのか?
「アルクはどうなる? まさか幸せな未来まで奪ったとかねぇよな?」
「その点に関してシエラは上手くやった。ちゃんと勇者に関するものだけを指定しているから、全てを奪ったわけじゃない。それに僕も悪いようにはしないよ。アルクにはそれなりのジョブを与えるつもり。彼は幸せになれるよ」
その返答に俺は安堵している。
ゲームではリィナの死に関する未来を奪っていたのだ。これから先の未来まで奪っていないと知れたのは本当に良かったと思う。
「きっと勇者だった方がアルクは幸せだっただろうな……」
「気に病むことはないよ。アルクは真相を知らないし、僕も怒っていない。むしろ前向きに捉えている」
「どうしてだよ? 武運の女神は善の女神なんだろ? 世界の救済を考えているはず」
「その通りだが、僕は君を利用しようとしていたからね。君が生まれるよりも前、僕はとある魂に惹き付けられていた。その子を使徒にしようとしていたんだ。でも、彼女には先天的な問題があってね。その除去をシエラに頼むつもりでいたのさ」
何となく分かる。それはリィナのことだろう。
聖女でありながら、武勇に長けた彼女のことだと。
「リィナを使徒にしようとしていたのか?」
「あらら、君はよく知っているね? ならば分かるはず。幸運の女神と一緒だよ。僕は君がリィナの運命を背負ってくれるように働きかけていた。だから、君が生きたいと願ったとして咎める立場にない。君の命を使おうとしていたからね」
どうやら俺は複数の女神に命を狙われていたらしい。
悲運の女神に魅入られるだけはある。しかし、ディヴィニタス・アルマと口にするだけであれば、俺じゃなくても良かったと思うのだけどな。
「どうして俺なんだ? 悲運の女神は誰でも悲運にできたはずだろ?」
「いやいや、君は自分を過小評価しているね? 君の魂は輝いているよ。誰よりも青く冷たく異彩を放っている」
「青く冷たい?」
「僕たちは使徒を選ぶ上で輝きを重視する。君は深い青。簡単にいえば、もの凄く不幸ってことだ。対してリィナは黄色。強烈な光を発していた。かといって、二人共が悲運と幸運の女神に決まっていたわけじゃない」
よく分からない話だ。女神様の色は俺だって知っている。俺が青でリィナが黄色だとすれば、加護を与える女神様は決まっているようなものだろ?
「リィナには幸運の女神セラと僕。そして君には悠久の女神ニルスと美の女神イリアに、愚者の女神ルシアンと叡智の女神マルシェが手を挙げた」
「ちょっと待て! 四柱の女神が俺を使徒にしようと考えていたのか!? てか、どうしてシエラの名がないんだよ!?」
流石に受け入れられない。リィナに関してはまだ分かる。だけど、俺は実際に使徒とした女神が希望すらしていないのだ。
「シエラはいつものように静観していたからね。彼女は使徒選びに熱心じゃないから」
「じゃあ、どうして俺を使徒にしたのがシエラなんだよ!?」
希望すらしていない女神が選ばれるなんてどうかしている。希望した四柱が共倒れで失われでもしない限りあり得ないって。
「幸運の女神セラの提案だよ。最善を女神は選んだだけ。青の魂をシエラに託し、黄色を生かす。幸いにも他の色は代替が揃っていたからね」
どうやら、俺は満場一致で失われる運命にされたようだ。何事もなければ生け贄となっていたらしい。
「アルクを選ぶことに僕は不満を持っていたけれど、セラが使徒に聖女を授けるのなら、悪い話じゃなかったってわけ。君の悲運を何とかできそうなのもシエラしかいなかったし、シエラのスキルを授かるべきは君しかいないんだよ」
「いやいや、だから俺じゃなくても、ディヴィニタス・アルマを唱えられるだろう? 口にするだけで良かったんだぞ?」
「無理だよ。固有スキルに色は必須。君くらいの青でなければ、シエラのスキルは使えない。逆にもしも君がいなければ、女神の誰もリィナを選べなかった。結果的にリィナは悲運の女神シエラの加護を受けていただろう。悲しき結末しか彼女には訪れなかった」
なんだよ、それ?
女神たちは俺がいたからこそ、リィナを使徒にしようとしていたのか?
「俺が……いなければ?」
「結果論だよ。第一印象なら、君もリィナも人気だったでしょ? でも未来を視ると、その限りじゃない。女神も愚かではないからね。輝きに魅せられただけで、使徒を選んだりしないよ」
俺の犠牲はリィナを生かし、最終的に世界を救う。ゲームにて知っていた話と女神の結論は同じであったらしい。
「女神たちは俺の命を軽んじているのか? 俺の死が前提だなんて、おかしくね?」
女神が等しく愛を注いでくれるのなら、それで良かった。
でも、女神たちは俺の命を道具のように扱う。リィナを生かすためだけの薬。一度使えばなくなってしまう道具でしかなかった。
「だから僕は君を咎めないと言っただろ? これでも尊重しているんだよ。自ら運命を切り開いたルカ・シエラ・アルフィスのことをね……」
「本当か? 俺は青い輝きしかないってのに?」
「それも言ったはずだ。仮にも君は四柱の女神を虜にした。特に悠久の女神ニルスは白い輝きを好む。白は全ての色が混じり合った結果だ。よって君は予め全ての色を有していたことになる。深い青が際立っていただけ。早い話が女神たらしな色ってことだよ」
どうやら俺は際立った不幸があって青く輝いていたらしい。
四柱の女神に希望されたという事実はそのような推測に至っている。
「僕は君が使徒になって初めて気付かされている。最初にリィナを希望したことが間違いだったと。あまりに青すぎた君の色に僕は見落としていたんだ。君は世界で最も赤い。血の色をした武運の輝きを誰よりも帯びていたのさ」
俺は言葉を失っている。青いだけだった俺の魂が赤く輝いていたとか。
「誰よりも赤い……?」
意図せず胸が高鳴っていた。
単にアルクのジョブを奪ってしまっただけだと考えていたのに。偽物の勇者を演じるつもりだったというのに。
ネルヴァは告げる。俺が勇者であり、武運の女神の使徒である理由を。
「真紅に輝く君に僕は魅入っているのさ――」




