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第108話 想定外の現実

 極寒の地。エクシリア世界の北端はまるで日が昇らない。

 そこは完全なる闇に覆われた土地であった。その一角に魔王殿が存在する。


 そこは魔王ベルゼス・バルゼの居城であり、幹部である魔将軍の住み処でもあった。


「ベルゼス様、どうやらリヴァイアが討たれた模様です」


 六魔将が一人ベリアが言った。

 漆黒の翅を手入れしながら聞いていた魔王ベルゼス・バルゼは、良からぬ報告にベリアを睨み付ける。


「またか? 我らは魔神ザナ・サタン様の使徒。世界を闇で覆い尽くさねばならない。お前たちは何も分かっていないな?」


「申し訳ございません。しかし、次はサーマが進軍指揮を執るようです」


「毒蛇サーマか……。翅なしが続くな?」


「ですが、リヴァイアのようなヘマはしでかさないかと。吐き出される猛毒により人間など立ち所に死に絶えるでしょう。たとえ女神の使徒であろうとも」


 サーマは巨大な毒蛇であった。

 魔将軍には毒が効かないが、下級兵であるゴブリンやオークはその限りではない。従って使いにくい駒の一つであるが、殲滅という意味合いにおいては優秀そのものだった。


「世界に闇をもたらせよ。余の羽音だけが響く漆黒の世界。ザナ様はそれを望んでおられる」


「承知いたしました」


 やはり世界は足早に動いていた。人類だけでなく、魔族もまた使命を果たすために行動を起こしている。


 光と闇。交わることのない二つの属性が渦巻くようにして絡みついていく。



 ◇ ◇ ◇



 わたくしは割と覇気のない日々を過ごしています。


 ルカ様が騎士学校を発たれて四日。もう完全に抜け殻ですの。

 愛という感情に目覚めたわたくしは生きる気力さえも失ってしまったかのようです。


「はぁ、駄目ですわ……」


「フィオナ様、ルカ様はきっと平気ですよ。誰にでも好かれる方ですし、兵たちは協力してくれます」


 リィナ、それは違うのです。わたくしはルカ様を心配していますが、それ以上に愛を欲している。


 彼に会いたくて仕方がないのです。なぜに遠く離れた地で待つだけなのでしょうか。


「ルカ様なら大丈夫でしょう。わたくしが駄目だと言ったのはこの日常に関してですわ。先日まで存在したドキドキがありませんの。ルカ様がいない生活に意味などありません」


「しかし、仕方ないではないですか? アークライト殿下は西部の全権をお持ちなんですし」


「あのお方は何なのです? わたくしの恋路を邪魔しに来たとしか思えませんわ!」


「落ち着いてください! 結果的に恋路の邪魔にはなったでしょうが、アークライト殿下はルカ様が邪魔なのです。そのための配備なのですから……」


 わたくしだって分かっております。あの横暴は全てルカ様への憎しみであることを。


 凡庸な自分と超絶有能絶対強者ハンサムなルカ様を比べるだなんて愚の骨頂ですわ。先に生まれただけで偉そうにするなんて我慢なりませんの。


「リィナ、ルカ様は負けませんよね?」


「寧ろ、どうやって負けるのです? 遠距離攻撃魔法まで習得したルカ様が負ける要素など私には見つけられません」


「なんですか、その余裕は? ちょっと愛されたからって、信頼し合ってるように言わないでくださいまし」


「いやいや、別に愛し合ったからでは……」


 顔を赤くするなんて、益々癪に障りますわ。


 この苛々は何なのでしょう?

 わたくしが今まで覚えたことのない感情に違いありませんの。


「リィナ、わたくしは壊れてしまったのかもしれませんわ。どうしてか貴方に辛く当たってしまいそうです。わたくしは理解できない感情に呑まれてしまいそうですの……」


 落ち着きましょう。

 苛立ちをリィナにぶつけたとして、全てが解消されるはずがありません。わたくしに眠る感情はもっと複雑なのですから。


「フィオナ様、その感情は片想いではないでしょうかね?」


 リィナの下を去ろうとしていたところで、彼女はそんな風に返します。


 片想い?

 それはつまり、わたくしだけがルカ様を想っているという意味ですの?


「また自慢ですの? わたくしの愛が一方通行だと……」


「違います。両想いになるまでの時間。私も婆やに聞いただけなんですけど、それは少女から大人になる過程で必要な時間だと聞いています。結果はどうなろうと、その時間は後々になって輝きを増すって……」


 意外と良いお話ですわ。

 燻ったこの感情も将来においては思い出となる。って、わたくしが恋に破れることが確定してません?


「リィナ、想いを遂げられた方が輝きを増すのでは?」


「いいえ、同じですよ。輝いた日々に優劣はありません。まあでも、フィオナ様は必ず遂げられますよ。私には分かります」


 そういえば、リィナはわたくしに後を託すような話をしていましたわね。このところ容体は安定しているみたいですけれど。


「リィナ、勝ち逃げなど許しませんわ。長生きしてください。わたくしはそれを望んでおりますから」


「やはりフィオナ様はお優しいですね? そんなところも好きですよ」


 この子は本当に思ったことを口にしますわ。しかも、嫌味がありませんの。


 病気のことがなければ、きっと殿方の間で争奪戦が始まったことでしょう。わたくしが知る中で最も気高く、更には屈託のない女性ですもの。


「リィナ、わたくしはルカ様と結婚いたします。しかし、貴方も側にいること。わたくしはそれを期待しております」


 わたくしは何を口走っているのでしょうか?

 ルカ様と結婚だなんて、階段を飛ばしすぎ。わたくしは無理矢理に迫って、キスしてもらうことしかできないのに。


「そうなって欲しいです。他の誰かに取られるくらいなら、相手はフィオナ様であって欲しい。残念ながら、私はその場面に居合わせることなどないでしょうけれど」


「どうしてです? 今のままであれば、きっと大丈夫ですわ」


「なぜって分かりませんか? その場面に私がいるはずもない。なぜなら……」


 わたくしは本心を口にしただけ。しかし、リィナは冗談であるかのように返すのです。


「結婚の場面とか嫉妬しちゃいますからね……」


 嫉妬だけが理由じゃないと分かっております。ですが、リィナの身体は彼女自身が最も理解していることでしょう。だからこそ、真面目に返すことができないのだと思います。


 既に訓練のあと。わたくしたちはこれから夕食を取るだけでした。けれども、思わぬ事態となってしまうのです。


『フィオナ殿下、どこでしょうか!? フィオナ殿下!?』


 どうしてか女子寮の一階から、わたくしを呼ぶ声。


 なぜでしょうか?

 騎士学校は身分を問わぬ場所。なのに殿下と敬称を付けるなんて問題ごとだと思えてなりません。


 一階まで降りるや、駆け付けた者が告げる。わたくしの身に起きた問題ごとを簡潔に。


「フィオナ殿下、皇王陛下より騎士学校を辞めるよう命じられております!」

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