第106話 事実は……
俺はスノール前線基地を離れ、ペガサスにて王都クリステラへと戻っていた。
自室のバルコニーにプテラを降ろし、秘密裏に侵入。兄上に見つかるよりも早く父上と面会しなければならない。
幸いにもバルコニーの扉は開かれていた。メイドが換気でもしてくれていたのだろう。
「さっさと用事を済ませて帰んないと、五百人しかいないからな……」
魔国の進軍ではなくとも、強大な魔物が現れる可能性だってある。俺はいち早く父上に要件を告げて、スノールへとトンボ返りしなくてはならない。
静かに部屋を出て、王城を彷徨く。この時間だと父上は自身の執務室にいるはずだ。
ノックをして応答を待つ。すると直ぐに執事であるセバスチャンが開いてくれた。
「ルル、ルカ様でしょうか!?」
んん? 何を驚いているんだ?
俺は俺だろう?
百人も王子殿下がいるってこともないというのに。
「通せ。父上に話がある……」
「しょ、承知しました」
驚きを隠せぬセバスチャンに俺は眉を顰めている。新人ならばともかく、セバスチャンは何十年と王家に仕える執事なのだから。
まあそれで通された先。執務中だった父上はどうしてか俺を見てペンを落とした。
「ル、ルカなのか……?」
えっと、どんな三文芝居なんだ?
城を出てから何年も戻っていないなら分かるけれど、俺はそこまで長く留守にした覚えはないっての。
「どう見ても第二王子でしょう? 何か問題でも? ペガサスを手に入れたので前線からいち早く戻ってきたのですが」
「いや、お前は亡くなったと報告が上がっているぞ!?」
あれ? 俺って既に死人認定されてんの?
騎士学校へ入ったのは全員が知っているはずなのに。
「どうして、そのような話に?」
「いや、アークライトが魔道通話にて知らせてきたのだ。功を焦ったルカが独断で前線基地に乗り込んで来たと。しかも、間が悪いことに魔国の侵攻に遭ってしまったのだと……」
ああ、兄上は侵攻時期を分かっていたってことか。斥候の情報を精査して、俺を呼び出したってわけだな。
幾ばくもなく攻め入られる。尚且つ、兵は五百しか残していない。勝てるはずもないのだから、死んだことにしたってわけか。
スノールの敗走兵が余計な話をする前に、俺の独断であったことを予め伝えておくことにしたらしい。
「父上、その話は根本から間違っております。俺は騎士学校にいたのですけど、兄上が前線に向かえと強要したのです。自身は徴兵やら王都で仕事があるのだとか言って、俺を西部司令官に据えたのですよ」
「まことか!? アークライトの話とは違うじゃないか!?」
俺はここでアークライトと交わした書面を手渡していた。
言い逃れができないもの。覚え書きのあとには俺とアークライトの直筆サインが記されている。
「兄上はスノールから引き上げた二万を超える兵を連れて戻って来ることでしょう。俺がスノール前線基地に到着したとき、砦に残された兵はたった五百しかおりませんでしたし」
これで父上にも分かるだろう。血の繋がった兄弟であるけれど、俺とアークライトには確執があるのだと。
「五百だと!? そんなところにルカを放り込んだのか? 戦闘はなかったのだな?」
「ああいえ、攻めてきました。ほぼゴブリンという軍勢でしたが、二万以上いましたかね。魔将軍リヴァイアが兵を率いていました」
嘘は言っていない。今もスノール前線基地にはゴブリンの遺体が大量に残っている。調査してもらえれば分かることだ。
「そうか、何とか逃げ延びてくれたか……」
どうにも誤解されて仕方ない。ま、その理由は分かるけども。何しろ、異常なことだ。俺がしたことは間違っても普通じゃない。
だから簡潔に伝えるだけ。その普通ではない事実について。
「いえ、殲滅しました」
俺の返答に二人は目を丸くしている。
まあ、その反応は正しい。俺だって戦闘前はかなりヤバいと考えていたのだ。
「殲滅とかあり得んだろう!? たった五百の兵で二万に太刀打ちできるはずがない! 加えて魔将軍までいたというのなら!」
流石に信じられないだろうな。ならば、俺は証拠を示すだけ。執務室は広いし、問題はないだろう。
「これがリヴァイアの亡骸です」
アイテムボックスに収納したリヴァイアの遺体。俺は取り出して見せた。
現物を見てもらえれば、妙な遣り取りを省略できるだろうと。
「これは……?」
巨大な人型をした何か。尻尾が生えた異形の存在に父上は息を呑んでいた。
「魔法で胸を貫いてやりました。一撃でしたね」
説明を加えたものの、二人は未だ現実が飲み込めないらしい。しかし、同時に納得もしているようだ。二人は俺が魔将軍マステルをソロ討伐した事実を知っているのだから。
一拍おいたあと、執務室に大きな笑い声が木霊した。
「ふはは、流石は我が息子だ! 強大なる存在の前では魔将軍もゴブリンと大差なかったようだな!」
「父上、流石にそれは言いすぎです。まあ、どの道一撃でしたけど……」
自分でも人外な気がしている。ゲームにおいて序盤の魔将軍はかなりの高難度。一撃で倒せるはずもない強敵なのだ。
「ゴブリンも大半を斬り裂いてやりました。まだ遺体は残ったままです。確認されますか?」
「ああいや、分かった。全て理解した……」
分かったと良いながら、父上は難しい顔をしている。父上の中で葛藤があるのは明らかであった。
「ルカよ、やはりアークライトに嵌められたのか?」
明々白々の事実だが、父上は俺の意見を聞く。当事者たる俺がどう考えているのかを。
「今まで俺は我慢しておりましたが、兄上はずっと俺を邪剣に扱っていたのです。今回は俺だけじゃなく、五百という兵も道連れにしようとした。俺はそれが許せない……」
国というより世界の危機だ。なのに、我が兄は私怨を優先する。中身のない魂は人の本質を理解しているかのように、利己的な行動を選択した。
「父上、俺は全軍の指揮を執りたいです。今さら騎士学校に戻るつもりはありません。ただ世界を救う。魔国を完全に滅ぼすことで……」
意志は明確に告げるだけだ。
ここで互いの思惑に齟齬を来してはならない。双国軍での地位をアークライトから奪わねば、俺は安心して戦えないのだ。
流石に長い息を吐く父上。俺が弟であることが、彼を悩ませているのだろう。
「ルカ、ワシもお前の才覚を買っておる。けれど、アークライトは其方の兄なのだ。慣例では長男が王太子となり、ゆくゆくは王となる。貴族たちもそういう方向で動いておるのだ」
「いや、俺は別に王太子になりたいわけじゃない。兄上を戦場から排除してくれたのなら、それで結構です。俺は勇者として世界を救う。王子という立場は関係ない。王太子になどなりたくもありません」
どうせアークライトは十八歳で死ぬ運命だ。
そのあとのことは俺も知らん。今は戦場に近付かないようにしてくれたらそれでいい。
「アークライトめ、とんでもないことをやらかしおって。勝手に軍の役職まで変更するとかあり得ぬ。皇国への通達もしていないのだろうな……」
「父上は世界が滅びても構わないのでしょうか? 兄上がこのまま双国軍に残るのなら、勝てる戦いも勝てません。世界は魔族によって蹂躙されることでしょう」
俺は突きつけるだけだ。アークライトの無能を。
「ルカの決意は理解した。正直にアークライトの行動は看過できん。お前に嫉妬してのことだろうが、立場を危うくしおってからに……。ルカを葬ろうとした事実はどうあっても覆らん。残された兵たちは不満を抱えておるだろうし、罰を与えねばならんな……」
ようやくと俺が望む展開となる。
明らかに殺意があった行動。父上は複雑だろうが、断固とした決断を願いたいところだ。
「俺の望みはそれだけです。早々に前線基地へと兵を送ってください。更には騎士学校のあるレザルにも。恐らく次の戦場はレザルですから……」
これで俺の要求は終わりだ。あとは父上の裁量に委ねるだけである。
「待て、ルカ! 話は終わっていない」
どうしてか俺は呼び止められている。
ぶっちゃけ、もう俺には用事などなかったというのに。
「お前は王になりたくないのか?」
どうも父上は後継者について考えているみたいだ。
弟の殺害未遂は生半可な罰ではないだろう。つまるところ、俺が後継者に名乗りを上げなくてはならなくなる。
「世界の平和を俺は望みます」
これ以上は言えない。
俺は世界を救ったあと、重大な選択を迫られる身だ。安易に王国の未来を確約するわけにはならない。
「お前には王の才覚が充分に備わっているのだぞ?」
どうしても、肯定の返事が欲しいみたいだ。
王陛下の命令にも似た問いであるけれど、俺は断れると思う。父上も納得せざるを得ない明確な理由が俺にはあったのだから。
「俺は皇国の王配に出荷される程度の男ですよ……?」
父上には悪いが、世界線の記憶は覆らない。
僅かな期間であろうとも、俺はフィオナの婚約者に選ばれていたんだ。それもフィオナの入り婿として。
父上はもう何も言えなかった。言えるはずもないな。
俺が語ったことは事実であるし、世界が決めたことだ。
俺は静かに執務室をあとにしていく。




