第102話 青き運命の下に
私兵に案内され、俺はサンクティア侯爵の執務室へと来ていた。
忙しいところ、誠に申し訳なく思う。まあでも、リィナが会っておけというのだから、俺は彼女が話す通りにするだけだ。
「ああ、殿下! 兵たちが失礼しました。経緯についてはリィナからの魔道通話で聞いております」
いや、失礼なのはメイドのババアなんだかな。まあ、別に構わないけれど。
それでリィナは早速と連絡を取ってくれたらしい。
経緯ってのはどこまで話したのだろう。まさか俺との関係まで赤裸々に伝えたなんてことはないと思うけれど。
「殿下には感謝しかありません。まさか幾ばくも生きられないリィナの願望を叶えてくださるなんて……」
うん、全部話したみたいだな。黙っているとも思えなかったし。
「こちらこそ立場も考えず申し訳なく考えております。俺はどうしてもリィナが良かった。ただそれだけです」
俺の返答に侯爵は言葉を詰まらせていた。
今さらながらに知った俺の気持ち。彼が知っているのは改変された世界情報に他ならないが、俺とリィナの愛は世界線を越えても同じだ。そこに誤解など生じるはずもなかった。
「良かれと思い破談にしたわけですが、私は二人の気持ちを蔑ろにしていたわけですか」
「侯爵のお考えはよく分かります。了承した父上の判断でさえも……」
記憶を頼りに考えると、二人の判断は正しい。
俺は第二王子であり、リィナはもう何年も生きられないと診断された。許嫁という婚約関係を続ける意味はもうなかったのだ。
「しかし殿下、リィナが逝ったあとのこともお考えください。確実にそのときが訪れます。フィオナ殿下とのご婚約はとても良いお話であったというのに」
それも分かっている。けれど、俺は葛藤しているんだ。
このまま生き続けるのか、或いは死を選ぶのかと。
死を選ぶ場合の未来。それは誰も幸せにならない無意味な決断だと分かっていた。
間違いなくリィナは喜ばないだろうし、フィオナまで不幸になってしまう。リィナの死を受け入れると、少なからず一人は幸せにできるのだから。
「俺はこれから戦場へと向かわねばなりません。しかも、罠である可能性が否定できない。生き残ってからの話なんか考える余裕はありませんよ」
こう答えるしかない。悩める俺は結論をまだ出したくなかったんだ。
「アークライト殿下は惨い決断をされましたな。それも全て貴方様に才能がありすぎたからです。王となるための資質を兼ね備えすぎた……」
「どうですかね。ま、俺は命じられたら戦うだけです。兄上がどう考えていようとも」
才能なんてない。俺の人生はシリウスの生き写しだ。元は子爵家の長男であり、モテることすらなかった男だからな。
「貴方様が第一王子であれば……」
「侯爵様、それは言わないでください。俺は現実に弟であり、明確に第二王子です。出しゃばる弟を疎ましく感じる理由は誰よりも理解しております」
シリウスのために勝つ。それが人生を乗っ取った俺にできる恩返しだ。女神の都合で生み出された第一王子に俺は勝たなければいけない。
「ご立派ですね……」
褒められる覚えはない。俺は自分の人生を生きていないのだから。
他者の人生を乗り継ぎ、渡り歩いているだけ。よって称賛を浴びるようなことは何もしていない。
「それで侯爵様、俺は前線に赴くのですが、装備が頼りないのです。かつて、武運の女神に加護を受けたサンクティア侯爵家に適した一振りはないでしょうか?」
一応は俺もそこそこの剣を持っている。
しかし、この剣は十歳から同じものを使用しており、騎士学校でも新調していない。まだ先の話と考えていた俺は愛剣を変えていなかった。
「なるほど、勇者様に相応しい剣ですか……」
少し考えるようにしたあと、侯爵様は執事に何やら命じている。
サンクティア侯爵家はかつて勇者を輩出した武の名門だと伝わっているのだ。きっと俺が望む業物があると疑わない。
しばらくして執事が戻ってくる。しかし、戻った彼は台車を押し、長い桐箱をその上に乗せていた。
「ルカ殿下、これは竜殺しという異名を授かったサンクティア家の八代目当主が使用していた大剣です。以降、誰にも扱えなかったので保管されていたのですが、殿下であればと……」
「というと、それはかつての勇者様が使用されていた剣なのでしょうか?」
伝わる話を考えると、勇者が使っていた剣ではないかと思う。千年周期という魔国の侵略に立ち向かった者の剣じゃないかと。
「お恥ずかしながら、それは世間が口にしているだけの噂。実をいうとサンクティア侯爵家は勇者など排出しておりません」
意外な話が続く。俺は確かにサンクティア家の先祖が武運の女神ネルヴァの加護を授かったことがあると聞いたのだ。
「ネルヴァ様より授かったジョブは【剣聖】。その力により、邪竜を討ったと伝わっております。恐らく、その強さから勇者だと勘違いされ、今の世に伝わっているのかと思われます」
剣聖なるジョブはゲームに存在しない。勇者は魔法にも秀でたジョブであるけれど、剣聖は剣術に特化していたのだと思われる。
「そういうことでしたか。ならば箱を開けても構いませんか?」
「是非とも振って見せてください。リィナが射止めた殿方の雄姿を私も見てみたいと考えます」
それはちょっと期待しすぎじゃね?
俺は勇者だし、剣術特化のジョブに勝てるとは思えないのだけどな。
桐箱の中には巨大な長剣が収められていた。今なら台車で運ばれてきた理由も分かる。この刀身であれば、常人が扱える質量ではないはずだ。
俺は柄に手を伸ばす。過剰に大きな長剣を手に持ってみた。
「んん? 軽い……」
見た目よりも軽いのかもしれない。俺は片手でそれを持ち上げていた。
刹那に侯爵様と執事が息を呑んだ。軽く振り回す俺を見つめながら。
「流石は勇者様です。その大剣は大人三人がかりでしか持ち上げられないというのに……」
え? マジで?
大きさの割に特殊な加工でも施されてんじゃないの?
片手剣くらいの重さしか感じないけれど。
「これ……俺が使っても?」
「もちろんです。使用者が心優しき貴方様であれば、祖先も喜んでいることでしょう。リィナの弾むような声が聞けましたのは貴方様のおかげです。家を連れ出される前のあの子は、ずっと沈んでいましたし……」
どうやら破談になった当時のリィナは自暴自棄になっていたらしい。
俺は長い息を吐いた。纏まりつつあった思考が振り出しに戻っている。娘を愛する親の本心を目の当たりにして。
「もしも、リィナが病気を克服し、仮に俺がもう存在しなかったとすれば、彼女に相応しい男性を探してください。俺のことを気にする必要はございません」
一定の未来が脳裏をよぎる。
俺は既にこの世に未練がない。残っているとすれば、世界救済とリィナの病状だけだ。
俺がいない世界線があるのなら俺はリィナを手放すべきだろう。
「いえ、承諾しかねます」
ところが、侯爵様は俺の申し出に首を振った。侯爵家としても、婚姻の幅が生まれるのなら悪い話ではなかったというのに。
「どうしてです?」
「殿下、あの子の幸せは貴方様と共にあること。今回の件でよく分かりました。確かにあの子が元気であれば、気に入る殿方も多くいるでしょう。けれど、リィナが幸せかというとそうではない。生まれてからずっと貴方様しか見ていないあの子に、他の男を宛がうなんて真似は親としてできません」
やっぱ無理か。
リィナの幸せを願うことは本当に難しい。現状で共に生きる未来がないのは確実。どちらかが不幸になるしかないってのに……。
「女神様は酷な運命を与えましたな……」
侯爵様はそんな風に言った。しかし、その解釈は間違っている。
女神様が魂を選んだ時点でリィナの病状は確定していたんだ。寧ろ女神様は彼女を生かそうと動いた。それを俺が台無しにして、この現状に至っている。
「そうですね……」
しかし、俺は否定せず、そう返していた。
最終的にリィナの運命が動かなかった理由も、女神様のせいなのだからと。
悲運を望む青き女神様のせいで……。




