第101話 懸念された人物
北東の街レザルを飛び立ち、俺はサンクティア侯爵邸へと向かっている。
天馬とはよく言ったもので、数日はかかると思っていた道のりをたった一日で辿り着いていた。
「プテラ、ありがとう。お前がいてくれて助かったよ」
声をかけると反応してくれる。純潔の乙女が好きなのだと思ったけれど、俺は割と気に入られているのかもしれない。
ちょくちょく俺を振り返っては、様子を確認してくれるくらいだし。
「まさかイリア様が俺を女の子にしようとしていたのが関係してんじゃ?」
俺は男だし、穢れてもいる。そんな俺を慕うペガサスなんて信じられない。主人であるフィオナの命令だからかもしれないけど。
考え事をしている間に、サンクティア侯爵邸が見えてきた。
本当に懐かしく思う。改ざんされた記憶にあるのは勿論のこと、俺には並行世界で訪れた記憶があったのだ。
広大な庭にペガサスを降ろすと、直ぐさま私兵たちが俺を取り囲む。
「待て、俺はルカ・シエラ・シルヴェスタだ。侯爵殿に面会を頼む」
こんなとき王子殿下という肩書きは強いな。
直ぐさま兵たちは頭を垂れ、非礼を詫びてくれるのだ。明らかに庭へと降りた俺が悪いというのに。
「おやまあ、誰かと思えばイケメン王子じゃないか?」
たった今、謝罪を受けたはずだよな?
だというのに、揶揄するような声が聞こえている。
目の前にはメイド服を来た老婆。どうしてかニヤニヤとして俺を見ていた。
「イケメン王子、リィナにズバんと決めてあげたんだろうね?」
何だか既視感があるな、この婆さん。俺は初対面であるはずなのに。
「処女を焦らすなんて野暮な真似したんじゃないだろうね? 溶けたバターを舐め回すようなことしてんじゃないよ? 分かってるかい、イケメン王子!?」
ああ、なるほど。理解した。
この婆さんは、きっとアレだ。ずっと俺を悩まし続けた元凶に違いない。
「あのエロババアか!?」
「クック……。ワシがリィナの躾け役さね。エロババアとは褒め言葉だよ、イケメン王子」
ぶっちゃけ不敬罪で引っ捕らえてやろうかと思うが、リィナが悲しむといけないしな。こんな婆さんでもリィナは慕っているのだし。
「俺は侯爵様に用事があってきた。婆さんに用はないぞ?」
「ワシももう歳じゃからな? 若いイケメンと会話くらいさせてくれ」
「まだまだ生きそうじゃねぇかよ……」
この婆さんが油断ならないのはリィナの話から分かっている。過度に身構えるくらいで、ちょうど良いはずだ。
「そう言うな。ワシはお前さんに聞きたい。リィナは良い女じゃろう?」
変態トークが始まるのかと思いきや、話題はリィナについてだった。
当たり前の話を聞くんじゃない。とびきりの良い女だと俺は思っている。
「ワシは不憫でならんかった。イケメンの坊主が許嫁だというのに、なぁんも経験できずに死ぬと分かっていたからの……」
聞けば婆さんはここまでリィナが生きるとは考えていなかったようだ。だからこそ、余計な入れ知恵をしていたのかもしれない。
「お前さんは良い男じゃ。もしワシがあと十歳若ければ、抱かれていたことじゃろう」
「それはない。安心しろ」
年老いたと言いながら十歳しか引かないとか、若ぶってんじゃねぇよ。
ぶっきらぼうな俺の対応に婆さんは薄い視線で俺を見ていた。
「あと十五歳若ければのぅ……」
「小刻みに引いてんじゃねぇよ!!」
せめて百歳引け。話はそれからだ。
まったく、早く侯爵様のところへ連れて行けよ。無駄話している時間はないってのに。
「ふむ、まあ新たな恋が生まれる前に本題を切り出そうか。ワシが留守をしている間に、リィナを連れ去ったのは坊主じゃろ?」
「ああ、それは俺だ。婚約破棄にはなったけど、俺はリィナを側に置いておきたかった」
俺の返答に婆さんは頷きを返す。改変を受けた記憶であるけれど、この世界の事実を口にしただけだ。
「やはり良い男じゃな。して、ただ連れ去っただけか? 良い具合に熟れてきとるじゃろ? もう美味しくいただいたかの?」
「婆さん、俺は一応王子だぞ? もっと他に聞き方がないのか?」
呆れるほどのエロババアだ。育て上げたリィナをいただいたとか、どの口で言っているのだろうな。
しかし、俺は絶句させられている。この婆さんもまた憂えていたのだと知って。
「もし、まだならリィナを女にしてやってくれ……」
婆さんは涙していた。
それほどまでに大事なことか?
男女が愛し合う結果って……。
愛していると口にするだけでも充分だろう?
「女の幸せとでも言うつもりか?」
「当たり前じゃ。愛する男に抱かれて不快になる女などおらんわ。お前さんの話は何度も聞いた。死ぬまで一緒にいたいとまで言っておったのじゃ……」
なるほどな。この婆さんなりに親身になった結果か。
言葉は悪いような気もするけれど、確かにリィナは俺に抱かれたあと幸せだと口にしていた。
「安心しろ。もう何度も抱いている。抱くたびに好きになってしまうよ……」
少し照れくさいが、俺は本心を語った。
この婆さんとて、リィナの幸せを願っているのだからと。
「そうか……。良かったなぁ、リィナ……」
嗚咽を漏らす婆さんに、俺は居たたまれなくなっていた。
幸せの定義は人それぞれであるけれど、彼女がいうところの幸せをリィナは手にしていたんだ。俺の欲望を爆発させたことによって。
「イケメン王子、ワシに誓ってくれ。リィナが死ぬ寸前まで愛してやって欲しい。ワシは男の愛を享受する幸せを説いてきたんじゃ。きっとリィナは天命を全うする直前まで、それを望むはずじゃ……」
最後までは約束できない。流石に俺はそこまで正直になれそうにもない。
だけど、約束はしよう。リィナを悲しませたりはしないのだと。
「婆さん、名前は?」
俺は名を聞いておくことに。
会話の前は無駄な情報を得たくなかった俺だけど、聞いておかねばならない気がした。
「ワシか? ワシはバーバラじゃよ。ババアになる前は超絶美少女じゃった……」
リィナの話では男を取っ替え引っ替えしてたらしいけど、現状のくたびれ具合からは想像もできないな。
「ま、信じてやるよ……」
共にリィナの幸せを願う者同士。この出会いは悪くないものかもしれない。
侯爵様との面会がある俺は軽く手を上げて、バーバラの元を去る。
百年前に出会いたかったよ――と。




