第100話 出立のとき
アークライトと書面を交わした俺は旅立つ準備を終えていた。
薬や食糧を買い込み、着替えなどもアイテムボックスへと放り込んでいる。
ぶっちゃけ俺が騎士学校に戻ることは、もうないだろう。俺が死ぬまで前線配備は変わらないはずなんだ。
「コーネル、強くなれ。俺は先に戦場へと向かう」
短い期間であったけれど、コーネルは良きルームメイトだった。彼が自己研鑽し、強さを得られることを俺は望んでいる。
「大国の王子も大変だね? 驚いたよ。まさかアークライト殿下があのような人だったなんて……」
「そういうな。俺は幼い頃から目立っていたしな。兄上には目の上のこぶ。使徒であったから、俺はかなり期待されていたんだ」
改変された記憶。それは主にシリウスが持っていたものだ。兄弟の確執は俺へと受け継がれている。
「才能がありすぎるのも考えものだね。だけど、僕は君が任務を全うすると信じている。僕が戦場に赴くまで顕在であって欲しい」
嬉しいことを言ってくれる。もう親友じゃね?
同じ悲運を持つもの同士。友達という枠を越えたような気がしてしまう。
「コーネル、俺は死にに行くわけじゃないぞ? 魔族を一網打尽にするチャンスだ。加えて兄上の立場を奪うことができる。交わした契約では俺が活躍したとしても、任命実績に加わらないことになった。あくまで俺が戦場を希望しただけ。兄上は勝手に俺が死ぬものと考えている」
公式に交わした書面。内容はかなり俺に有利な内容となっている。
敵軍を殲滅したり、魔将軍を討伐したとしても、アークライトは戦果を主張できない。あくまで俺が西部司令官であり、全ての戦果を自分のものとできるのだ。
しかしながら、当然のことリスクもあった。万が一にも基地を失うなんてことになれば、俺は全責任を負うことになる。
書面によると斬首刑。俺を亡き者にしようとするアークライトは、その文面を入れ込むことで全てに了承していたんだ。
だからこそ、俺は目一杯に暴れられる。アークライトの功績に含まれないのならば、俺は魔将軍であろうと返り討ちにしてやるだけさ。
「期待しているよ。ルカ君が王国のトップになることを僕は望んでいるから」
「任せろ。じゃあ、行ってくる……」
別れは済ませた。
コーネルの成長をリィナに一任しなければならないけれど、レベル50に迫るリィナならば問題ないだろう。
俺は少しの心配もすることなく旅立てるはずだ。
◇ ◇ ◇
俺が男子寮を出ると、そこには大勢が集まっていた。
グレン学長から教官連中、更には候補生たちが……。
「ルカ候補生……。いや、ルカ西部司令官殿、此度は申し訳ありませんでした。アークライト殿下の命であっては断り切れなかったのです」
グレン学長は頭を下げている。
騎士学校を超早期卒業する俺は既に学長よりも身分が高い。命令口調などきけるはずもなかった。
「いえ、お誂え向きの展開です。魔国の勢いを止めなければ、一瞬にして領土がなくなってしまう。俺は前線に配置されるべきです」
「そう言ってもらえると有り難いです。残る候補生たちの教育は任せてください。前線に配備できる人材を育て上げると約束しますから」
「そうしてください。俺は何の恨みも覚えていません。現状は望んだままですし」
グレン学長が頭を下げると、馬を連れたフィオナが現れた。
白銀に輝く馬。しかし、その背中には大きな羽が生えている。
「フィオナ、この馬は?」
「わたくしの召喚獣ですわ。ルカ様を安全確実に前線まで運んでくれます。名はプテラ。どうぞ、プテラをわたくしだと思って可愛がってくださいまし」
どうやら気を遣わせたらしい。
馬を駆って向かうつもりだったが、天馬であれば時間はかからない。何より魔物との遭遇が少なくなるし、確実な時間短縮が期待できた。
「ありがとう。俺は君の気持ちに応えきれないでいるけれど、大切な友人だと思っている。もしも世情が許すならば、そのときには応えられるかもしれない」
曖昧な返答をする俺はずる賢いのかもな。
まるで彼女の想いを利用しているかのようだ。突き放そうとせず、彼女の気持ちを繋ぎ止めようとするなんて。
「ルカ様以外の男性と結ばれるつもりはありませんの。ルカ様が拒絶されたとしても、お側におります。いつか身も心も捧げられる日が来ることを待ち望んでおりますわ」
「ありがとう。フィオナの力が必ず必要になる。本当に情けない話なんだが、俺一人で魔王に勝利するのは不可能なんだ。俺を想う気持ちが薄れないことを願うよ」
精霊術士は必須。フィオナはゲームクリアに必要な素養を与えられている。攻守共に優れた彼女は攻略に欠かせない存在だった。
「ご心配なく。鍛錬を積み、わたくしは貴方様の隣へと向かいますので……」
別れに涙はなかった。
俺を信頼しているのか、或いは充分に泣いたあとなのか。引き留めるような言葉をフィオナから聞くことはなかった。
「ルカ様、私も近い内に前線へと参ります。アークライト殿下の横暴はお父様に伝えるつもりです。できれば前線基地に向かわれる前にサンクティア侯爵家へ顔をお出しください。父も力になってくれるはずです」
これまた有り難い話だ。
前線基地スノールはサンクティア侯爵領の北端にある。従って、侯爵家に顔を出すくらいはお安い御用だ。武門であるサンクティア侯爵ならば、良案があるかもしれないし。
「分かった。侯爵に面会してから、前線へと向かうよ。訓練で魔法は使うんじゃないぞ? 今よりも寿命を削るな。俺は再び君をこの腕に抱くときを夢見ている。病に負けるんじゃないぞ?」
「分かってますよ。最後は殿下に看取られて逝く。それが私の望みですから」
分かっているなら構わない。
数が減った英雄たち。全ては俺の責任であるけれど、今以上に姿を消すなんて望んでいないのだ。
「プテラ、乗っても構わないか?」
俺はペガサスに手を差し出す。
処女しか背中に乗せないという伝説があるけれど、ゲームでも終盤になると手に入るからな。きっと俺を受け入れてくれることだろう。
「おっ?」
プテラは俺に頭を擦り付けるようにする。警戒心は少しも感じない。
まるでペットのような仕草で甘えるプテラ。これなら背中に乗っても振り落とされるようなことにはならないだろう。
早速と跨がり、手綱を握る。
真新しい馬具はフィオナが用意してくれたのだろうか。使い古したものではなく、鞍も手綱もなめしたばかりの革でできていた。
「それじゃあ、出発する。全員、戦う術を手に入れろ。もう戦場は直ぐそこだ。騎士学校とて安全じゃない。少なくとも自分の身を守るくらいには強くなってくれ」
言って俺は空へと舞う。
ゲームでしか操ったことのないペガサスであったけれど、何の問題もないみたいだ。
さらば双国立騎士学校。短くも良い時間を過ごせたと思う。
ここで過ごした全ての時間に俺は意味を見出していた。




