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第010話 目指すべき道

 俺は屋敷に戻っていた。

 今もまだ上機嫌な父上に対して、俺は浮かない表情のままだ。


 何しろ、俺は弟アルクの運命を奪ってしまった。現状がどうなっているのかも分からず、少しも頭が回らない。


「ガハハ! ルカはきっと素晴らしいジョブを授かると思っていた! まさか悲運の女神シエラ様から勇者を授かるとか司教も驚いておったな!」


 夕食の席でも父上は浮かれたままである。本来ならアルクが授かるジョブだとは知らずに暢気なものだ。


「兄様は凄いです! やはり一般ジョブとは異なりましたね!」


 アルクもまた脳天気だとしか言えん。自身のジョブを兄に奪われたというのに、さも俺が初めから勇者であったかのように喜んでいる。


「ルカ、ママも嬉しいわ。でも、勇者なのだから使命があることかと思います。成人したとはいえ、悲しく感じますね」


 いやいや、既に旅に出る前提みたいだけど、俺は何も聞いちゃいないっての。

 てか、シエラは俺に何を求めてんだ? せめて勇者の目的くらい教えてくれたら良いってのに。


「魔国との大戦……?」


 俺はふとゲームの知識を思い出していた。


 勇者に目的があるとすれば、それしかない。主人公アルクは騎士学校へと入り、強者の友好度を上げた。彼らを味方につけ、魔国と戦うのだ。


「おお、ルカよ! そのような未来を告げられたのか!? やはり勇者は世界を救うのだな?」


「ああいや、そういった未来もあるのかなと……」


 やべぇな。俺は可愛い彼女とイチャつきたいだけなのに。

 仲間を集めて世界を救うとか、大仰な運命を背負うことになるなんて。


「幸いにも我が家には跡継ぎとなるアルクがいる。ルカ、存分に戦え。お前はその功績により子爵よりも、ずっと上の地位を得られることだろう。儂はそれを楽しみにしている」


 あっ、これは駄目なやつだ。


 既に俺の退路はなくなったらしい。勇者認定によって、アルクがアルフィス子爵を継ぐというのなら、俺はただのルカでしかない。ジョブが勇者であるのだから、父上は自分の力で未来を切り開けというつもりか。


「いや、勇者だからといって子爵家では騎士学校に入れませんし……」


 ゲームにおいてリィナと出会ったアルクは騎士学校へと入る。リィナが持参した推薦状のおかげで。


 双国立騎士学校は同盟国であるイステリア皇国との共同出資で設立されている。そこは魔族との戦争に際して士官を養成する学校だった。


 士官とは各部隊のトップであり、兵たちに指示を出す側だ。従って基本的に下位貴族の入学は認められていない。なぜなら下位貴族が上位貴族に命令するという事態が起こり得るからだ。


「うちはどこの寄子でもないし、騎士学校の推薦状などもらえるはずがない。しかし、ルカは強力な戦闘ジョブ勇者を手に入れたのだ。ルカであれば雑兵からでも成り上がれるだろう。とにかく、めでたい! 今夜は宴会だ!」


 やっぱ駄目だな、これ……。

 もう父上は俺が勝手に成り上がるものと考えているみたいだ。

 こうなってくると考えるしかない。これから先、俺がどう動いていくべきなのかを。


「勇者は仲間を集めなきゃいけないってのに」


 勇者になった俺は聖女リィナと出会えない。彼女と会って心を奪われでもすれば、俺はディヴィニタス・アルマを使ってしまうだろう。そうなると勇者が病で死ぬことになり、エクシリア世界は魔族によって統治されることになる。


「美の女神の使徒フィオナを優先するしかないか……」


 フィオナは同盟国であるイステリア皇国の皇女殿下。ゲーム内ヒロインの一人だ。


「シエラの話だとゲーム内のイメージは皆無だけど」


 簡単にヤれるというのが、シエラのフィオナ評だ。

 俺的には清純なお姫様にしか思えないけれど、この世界は過度に変動している。性格まで同じだと考えない方がいいのかもしれない。


「やっぱイステリア皇国に行くべきだな」


 リィナと会ってゲームオーバーになるのならば、目指すべきは美の女神の使徒フィオナに違いない。王国内で戦うことはリィナと出会う可能性を高めてしまうし。


「ルカよ、イステリア皇国には歴史的にもイリア様の使徒が多く現れたらしい。王都クリステラから中央街道をずっと東に進んだ地のことだ」


 俺の呟きに返答があった。

 どうやら父上は美の女神イリアの使徒について覚えがあるようだ。


「知っているのですか?」


「イステリア皇国は美男美女揃いで有名なのだ。古代から美の女神の加護があると言われている。固有ジョブである精霊術士の記述も多く残っているし、精霊を手懐けるほどの魅力を持っているらしい。精霊の力を借りたスキルは大地を裂き、大海を割るほどと聞く」


 概ね俺が知っている話と同じだった。

 フィオナのジョブは精霊術士だ。精霊をも魅了するという話は間違いではないだろう。


「父上、俺は女神シエラの要請に従い、隣国イステリアへと向かいます」


 俺はリィナと会えないのだから、騎士学校に入れない。

 だったら、フィオナが騎士学校へと入るよりも前に彼女と会っておこう。そして言葉では表現できない甘美な時間を過ごすのだ。


「お前が使っていた装備は持っていけ。路銀は銀貨で金貨一枚分しか用意できんが、勇者であれば冒険者なり、傭兵なりをして稼いでいけるだろう。あと出国するのだから、一応は王様に謁見しておきなさい。勇者は非常に稀有なジョブ。ひょっとしたら支援してくれるかもしれない。有能な兵を繋ぎ止めておくために」


 金貨一枚は銀貨百枚分。しけた金額で世界が救えるはずもないが、片田舎の子爵領には急な出費に対する備えがないから仕方ないよな。


「承知しました」


 王様に会うのは気が重いけれど、支援してもらえる可能性があるならば会っておくべきだ。雑兵とはいえ、俺は世界に一人しかいない勇者というジョブなのだから。


「早々に出発いたします。十五年間、ありがとうございました」


 とんだ成人の初日を迎えてしまった。


 一応は代行者というジョブを避けられたけれど、悩みがないわけではない。

 俺が好きだったリィナ。彼女は今、何をしているのだろうかと。

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