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第二公共職業安定所 貴方にお仕事紹介します  作者: とおエイ


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3/3

文車妖妃

「青空、ちょっと来て」


編集長に呼ばれた。


編集長室の机の上には、

前号のアンケート集計表が広げられている。


「見た?」


「……はい」


「下から三番目だ」


編集長は数字を指で叩いた。


「前に担当した作家もそうだった。

君はどうも、センスがうちの読者と合わないようだな」


青空文子は黙った。


そう言われても、

彼女としてはこれがちょうどいいと思っていた。


――まあ、潮時だろう。


「どうする?」


少しだけ間を置いて、青空は答えた。


「……辞めさせていただきます」


編集長は、ほんの一瞬だけ考えるような間を挟んでから頷いた。


「……そうか」


それだけだった。


離職書類は後日送付すると言われ、

青空は編集部のビルを後にした。


今まで――

ごちそうさまでした。



「あーあ、残念。

いいアイデアだと思ったんだけどなあ」


青空文子は、大きく伸びをして歩き出す。


彼女は文車妖妃。

粗末に扱われた書物の怨念を糧とする妖怪だ。


最近は電子書籍の普及で、

紙の出版物そのものが減っている。

つまり、粗末にされる本も減っている。


それなら――

駄作を世に出せば、食べ放題。


そう思ったのに、

世の中はそんなに甘くなかったらしい。


「しばらくは持つと思うけど……

これからどうしよう」


歩きながら、青空は腕を組んで考えた。


「教科書の怨念は美味しくないし……」


ふと、思い出す。


「そういえば……長いこと、《実》は食べてないなあ」


最後に《実》を食べたのは、いつだっただろうか。

食べなくても困らない。

けれど嗜好品みたいなものだから、たまには欲しくなる。


でも簡単に手に入るものでもない。

しばらくは諦めて、次の仕事を探そう。


そう考えて、二、三日ほど

求人情報誌やアルバイトニュースを眺めてみた。


コンビニ。

倉庫。

飲食。

事務補助。


どれも、人間向けだ。


「……まあ、そうだよね」


給与面はどうでもいい。

内容が、どうもピンとこないものばかりだった。


「しょうがないか……」


餅は餅屋。

専門家に相談するしかない。


そうして青空が向かった先は、

彼女たち向けの専門求人先。


《第2ハローワーク》だった。


 

求人票を見ながら待っていると

番号を呼ばれたので、窓口へ向かう。


向かいに座った職員は、

七三分けに眼鏡。

どこからどう見ても公務員だ。


「ずいぶん現代に慣れていますね」


書類をめくりながら、

リクルートスーツにショートカット、眼鏡姿を見て

さらっと言われた。


「知識だけは多いですから」


「なるほど。

それで、何かご希望はありますか?

希望職種があるとか、業務内容にこだわりがあるとか。

川は渡れない、鳥居は通れない等もあれば」


「ええとですね……

場所にこだわりはないんですけど、

本が、粗末にされている現場がいいです」


一瞬、沈黙が流れた。


「大事に、ではなく?」


「ええ。

存在意義にかかわりますから」


「存在意義……ですか」


一語一語、丁寧に記録される。


「あ、あと……

これは今だと難しいと思うんですが……」


一応希望だ、言っておこうと思い立った。


「何でしょう。

あるなら聞かせていただいたほうが、絞り込みやすいので」


「本を粗末にした人が……

行方不明とかになっても、

問題にならない職場がいいなーって」


「……なるほど。

少々、お時間をいただけますか?」


職員が端末に向かう。


(怨念もいいけど……

たまには実も食べたいんだよね)


怨念だけでも存在の維持はできる。

昔は、それでよかった。


でも、いろいろ知ってしまった今では、

それだけだと食べた気がしない。

栄養剤だけで生きているようなものだ。


「お待たせしました。

こちらの求人でしたら、

両方のご要望に合致しているかと」


「……え、

二つ目の条件も、いいんですか?」


「そこは自己判断でお願いします。

こちらから流石に、人命にかかわることは、ね?」


「あ、ハイ」


青空は曖昧な笑みを浮かべて席を立った。


「よき職場に巡り合えることをお祈りしております」


「ありがとうございます」


――最後、ちょっと怖かった。

人間を怖いと思ったのは、初めてかもしれない。


 


そのまま電話をかけ、

面接の約束を取り付けた。

私服で来るよう念押しされたため、

青空はジーンズにセーター、その上にジャケットを羽織った。

髪もセミロングまで伸ばしてみる。

何となく、アクティブに見えるだろうと判断したのだ。


向かった先は、

歓楽街のど真ん中にある、

場違いも甚だしいネットカフェ。


看板は色あせ、

電光掲示は半分切れている。

ここでいいのかと住所を確かめていると、

店中からは明らかにヤンキーっぽい二人組が早足に出てきた。


「今回もこんだけ持ち出せたわ」


「楽勝だな。

さっさと売って遊び行こうぜ」


どう聞いてもアレは万引きの現場だ。

一瞬引いたが、

青空は一応、中に入った。


中はタバコ臭く、

チェックインもチェックアウトも機械任せ。


どう見ても、

ネットカフェは隠れ蓑。

裏取引と犯罪の温床にしか見えない。


「……うわ、これは……」


青空がちょっと引いていると


「面接の人か?」


声をかけてきたのは、

タコみたいな禿頭のサングラスマッチョ。

身長は二メートル近い。

履歴書は、ほとんど見られず即採用だった。



「仕事は清掃と備品整理。

時給は1,200円だ。

使用中の部屋には絶対入るな。

中の音も聞くな。」

業務説明はこれだけだった。 


――働いてみて、すぐに分かった。


ここは、本にとっては墓場のような場所だ。


本を丁寧に扱おう、

なんて人間は一人もいない。


折る。

汚す。

書き込む。

破る。

でも、痛むならまだましだ。

誰も手を付けない書架はどれも怨念まみれ。


(……ごちそうさまです)

ありがたく頂戴することにした。

 


そして。


「今日もありがとよ」


ヤンキー風の男が、

似合わないマイバッグを揺らしながら外へ出る。


笑い声が、路地に溶けていった。


通りの真ん中なのに、

ふと人通りが途切れる。

街灯の光も、まだらになる。


「ねえ、それ」


声が、した。


方向は分からない。

前でも後ろでもない。


男が立ち止まる。


「……なんだ?」


「その袋。

どうするの?」


少し間があって、


「売るに決まってんだろ」


「読まないの?」


今度は、

すぐ近くで囁かれた気がして、

男が肩をすくめる。


「読むかよ、こんなもん」


「そっか」


短い間。


「君、

本を粗末にする子なんだ」


音が、消えた。


街の気配が、

すっと引く。


「……は?」


男が周囲を見回す。


「なんだよ……うるせえな」


袋を放り投げ、

虚勢を張る。


「文句あんなら、

出て来いよ!」


「謝りもしないんだ」


声は、

背後から聞こえたような、

足元から響いたような。


「……じゃあ、いいよね?」


物陰が、形を持つ。

色褪せて、ところどころが破れている掠れた和服の女が、

そこに最初からいたみたいに立っていた。


「……おまえ、誰だよ!」


男が叫ぶ。


「なめてんじゃねえぞ!?」


「舐めないよ」


静かに、答える。


「ちゃんと、いただくよ?」


「は……?」


理解が追いついた瞬間。


「あ、え、何――」


声が、途切れた。


響いたのは、

短い悲鳴だけ。


 

……。


 

「ごちそうさま」

「たまには、実もいいよね」


青空は満ち足りた顔で落ちていた袋を拾い上げると

踊りだしそうな軽いステップで夜の街へ消えていく。


いつの間にか周囲には人通りが戻ってきているが、誰も男が消えたことには気が付かなかった。



――話を戻そう。


たまに来る万引き犯は、

店長が「ほっとけ」と言う。


ほっといて、

店を出たところで――さっきの通り。


後のこと?

誰も追跡しない。


警察が着ても、何も記録がない。


少なくとも、

当分の食事には困らなさそうだった。


 


「おい」


勤務を始めて一か月目の休憩中、

店長が声をかけてきた。


「よく働くな。

ここ、長続きしねえ奴ばっかだが」


「そうなんですか?」


「だいたい長くても一週間で来なくなるからな」


それもそうだろう。

こんな場所なのだから。


「何かあったら、相談しろ」


ぶっきらぼうだけど、

それなりに気にかけてくれているらしい。


奥の席では、

常連たちがひそひそ話している。


「いい娘、入ったじゃねえか」


「この前、床に吸い殻捨てるなって怒られちまったよ。

 凄んでも、なんもなかったみたいに流されちまってさ」


「度胸あるよな」


「個室も、なんか使い心地よくなったし。

 お互い不可侵ってことで、どうだ」


「OK。

 周知しとく」



掃除用具を手に、

青空は棚を見回した。


怨念は、今日も豊作。


「……うん」


怨念食べ放題。

たまに実を食べても、誰も詮索しない。


……つまり。


……パラダイスでは?

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