メリーさん
第2コンニチワークの窓口に座り、
私は静かに順番を待っていた。
私は少女の姿をしている。
淡い金色の髪に、少し古風なワンピース。
年齢は十歳中盤に見えると思う。
頑張ってもこれが限界だった。
鏡を見ると、どこか人形めいた違和感が残っている。
向かいに座った職員の男性は、
私の履歴書を見て、一瞬だけ動きを止めた。
「……お名前は、メリーさん、でよろしいですか?」
「……はいなの。」
電話越しでない会話は久しぶりだった。
「今回が、初めてのご利用ということで」
「初就職なの。」
その言葉で、空気が少し変わった。
「差し支えなければ……就職しようとした理由を伺っても?」
私は少し考えた。
考えてから、正直に言う。
「……つかれたの」
職員は、ペンを持つ手を止めた。
「非通知だと電話に出てもらえないの。」
「はあ……」
「二回目だと着信拒否にされるの。
出てくれても、最近は、完全に玩具扱いなの。
飛行機で逃げられたり、海に落とされたりするの」
「……海、ですか」
「もう、対処法が、有名なの」
私は視線を落としたまま続けた。
「怖がられないの……
『キター!!』とか言われて、
動画にされて、切り抜かれるの……
あまつさえ、『かわいい』とか、言われるの」
職員は、何も言わなかった。
「昔は、後ろに立つだけで終わっていたの」
あの頃が懐かしい。
「今は、萌えキャラ扱いなの」
職員は、ゆっくりと息を吐いた。
「……それは、お疲れさまです」
「居場所が、欲しいの」
そう言って、顔を上げた。
職員はパソコンを操作しながら、
穏やかに言った。
「では……
できることを、教えてもらえますか」
私は、整理するように答える。
「電話が、かかれば」
「はい」
「どこにでも、行けるの」
職員の指が、一瞬止まった。
「距離は?」
「関係ないの」
「通信状況は?」
「関係ないの」
私は淡々と続ける。
「電波がなくても
線がつながっていなくても
電話があれば、そこにいけるの」
「なるほど……」
「あと、どこでも歩けるの。
道がなくても
山の中でも
外国でも」
しばらく、キーボードの音だけが響いた。
職員は、画面を見たまま言った。
「山岳救助、という仕事があるのはご存じですか?」
「?」
「今では、遭難者が、携帯電話で救助要請をします。
ですが、圏外の場合も多い。
さらに、運よく電話が通じても、
場所が分からないことがある」
私は、少しだけ顔を上げた。
「……向こうから、電話してくるの?」
「はい」
「着信拒否されない?」
「されませんね」
職員は、はっきりとうなずいた。
「ガチャ切りされたり、
下着の色聞かれたり、
爆竹鳴らされたり、
されない?」
「されませんね」
胸の奥が、すっと軽くなった。
「……行ったら」
私は、ぽつりと言った。
「うれしいの?」
職員は、少しだけ笑った。
「うれしいです。確実に」
*
紹介は、思ったよりあっさり決まった。
山岳救助隊。
正確には、正隊員ではなく協力員としての山小屋管理者になるらしい。
「じゃあ、あとは頼むよ」
研修期間が終わった後、
それだけ言って、前の管理人は鍵束を置いた。
山小屋の中は、木と灯油と、長い時間が混ざった匂いがした。
私は頷いて、鍵を受け取る。
少し重い。
思っていたより、役目の分だけ重さがある気がした。
その日から、管理が始まった。
朝は天気を見る。
雲の流れと風の音。
布団を外に出して干し、乾き具合を確かめる。
灯油タンクの残量を見て、灯油の発注時期を決める。
私は気にならないが、利用者は寒いときついらしい。
食事は作らない。
売るものもない。
ただ、壊れていないか、足りているかを確かめるだけ。
昼前、登山者が一人、二人と小屋の前を通った。
立ち止まって、こちらを見る。
私は扉を開けて、軽く頭を下げた。
「……新人なの。今日から管理してるの」
一瞬、相手が戸惑うのがわかる。
それでも、
「よろしくお願いします」
と返ってきた。
「よろしくなの」
それだけで、十分だった。
この山では、言葉は多くいらない。
扉を閉めると、また静かになる。
電話は鳴らない。
無線も沈黙したまま。
今日は、何も起きない日だ。
私はそれを確認するように、
もう一度、灯油の量を見に行った。
*
その日は、電話が鳴った。
協力要請。
山に入った男性が、足を滑らせて動けなくなったらしい。
場所は不明。
「本体が行くまで、できるだけ頼みたい」
それだけ言って電話は切れた。
「……もしもし」
救助隊から聞いた番号へ電話をかける。
電話口の向こうは、荒い息だけが聞こえていた。
「私、メリーさん」
一瞬、間があった。
……しまった。
「……岳救助隊。今どこにいるの?」
「……助け、来てくれるんですか?」
弱々しい声だった。
怖がってはいない。
必死だった。
「はいなの」
私は、静かに続ける。
「これから3回電話するの。必ず出てほしいの。」
「? わ、かり・・・ました。」
「必ず行くから待っててほしいの。
じゃあ出発するからいったん切るの」
「よろしくお願いします!」
電話が切れた。
小屋に備え付けの救急バックを背負い、
小屋を出てすぐ電話する。
「もしもし!」
1コール終わる前に出た。
「私メリーさん…岳救助隊。いま山小屋を出たの
どこを通ったのか教えて?」
「ええと……」
本当は聞く必要はない。
でも、話させた方が落ち着く。
しばらくしてもう一回かける。
「私メリー…山岳救助隊 いま5合目にいるの」
「あ、え? もうそんなところ?!」
驚く相手を落ち着かせ、現状を確認する。
幸い足は折れてはいないらしい。
最後の電話。
「私メ…山岳救助隊 今あなたの後ろにいるの」
*
電話に出てくれる。
何回でも。
それで終わる。
悪くない。
……ううん。
……天職、かも




