河童
失業して三日目。
俺は、第2コンニチワークの窓口に座っていた。
仲間から、俺らみたいなの専門の職業安定所があるとは聞いてたけど、
利用するのは初めてだ。
ジジジと音が聞こえるような白い蛍光灯、
カツカツと音の鳴るリノリウムの床、
白く無機質なカウンター。
……うん。
見た目だけは、どこからどう見ても役所である。
三つある窓口のうち、二つはすでに誰かが相談中だった。
俺は手持ち無沙汰になり、きょろきょろと周囲を見渡す。
「お待たせしました」
顔を上げると、七三分けに眼鏡。
テンプレートみたいな公務員スタイルの男性が、淡々と向かいに座った。
「よろしくお願いいたします」
「就職希望、ということでよろしいですよね」
「はい。生活に困らない程度の給料でいいんですが」
男は俺の履歴書に目を落とし、しばらく黙り込んだあと、小さくうなずいた。
「コーチ……ライフセイバー……インストラクター……
水系のお仕事が多いですね」
「ええ、河童ですから」
言った瞬間、空気が一拍止まった。
男は一瞬だけ俺を見て、すぐに視線を履歴書に戻した。
……スルーされた。
「変化もお上手なようで」
「ありがとうございます」
今の反応――変化できなくても受け付けてくれるのか?
「では、過去職の離職理由など、聞かせていただいてもよろしいですか?」
「ええとですね……水感の違い、といいますか」
「水感……ですか?」
男はメモを取りながら、こちらを見る。
「ほら、我々だと、危険があると水中に避難するじゃないですか」
「まあ、そうでしょうね」
「それが、人間には合わないようで」
男がメモを取る手を止めてこちらを見た。
「具体的には?」
「ライフセイバーをやっていた時なんですが、離岸流ってあるじゃないですか」
「ああ。水の事故の原因になるとか」
「はい。それに引っかかった海水浴客を助けたんですけど……
離岸流から離そうとしたら、海の中に突っ込まれた、怖かった、わざとだ、って」
「ああ……」
男は顔をしかめた。
たぶん、似たような話を何度も聞いている。
「救助活動だって、周りも証言してくれたんですけど、
SNSで拡散されちゃいまして……
そんなライフセイバーがいるところには、活動許可は出せないと……」
「で、クビですか?」
「いえ。辞めました。皆さんいい人だったんで、迷惑かけたくなくて」
「なるほど……」
ペンの音が、やけに大きく聞こえた。
「では、インストラクター等でも、そういったことが?」
「そちらは……加減が難しくて」
「加減、ですか?」
「ええ。生徒に才能のある子がいまして。
学生記録に、もう少しのところまで伸びたんですが……」
「すごいですね」
「休暇の時に、ちょっと気を抜いて泳いでいたら、見られちゃいまして」
「あ」
「先生に勝てる気がしない、って、退会しちゃいました……」
「うわぁ……あたら若い才能が……」
ぽそりと小声の反応が耳に痛い。
「他にも、初級の子どもたちの石拾いのときです。
溺れないように、水中で見ていたんですよ」
「得意分野でしょうしね」
「終わった後、そのまま残ってた石を片付けていたら、
『先生が浮いてこない!』って大騒ぎになって……」
「せめて、呼吸の概念は忘れないようにしましょうね」
「はい……」
正論だった。
反論のしようがない。
「……お話を伺う限り、水に関する仕事は合っていないのではないでしょうか?」
「そんなことはないと思いますが。種族柄、水なんてあって当然ですし」
「そこです」
男は、きっぱりと言った。
「平気なのと、仕事にするのは違うんですよ」
――ぐうの音も出ない。
「水に関する仕事ですと、どれだけ気を付けても、素が出ているんです」
……ああ。
だから、失敗したのか。
「なにか、いい仕事はないでしょうか……」
男はしばらくパソコンを操作し、やがて言った。
「こだわりはありますか?
直に水に潜る仕事じゃないとダメとか、
どこかの祠や滝から離れられないとか」
「いえ、特にありません」
「では……こちらの漁業関係はいかがでしょう?」
「船、ですか?」
「オホーツク海の蟹漁や、マグロ漁などですね。
人手不足が深刻でして」
船? 俺が船に乗るの?
「……遠洋ですよね?
落船したら、どうすれば?」
「GPS機能付きの携帯は、海外でも使えるそうですよ」
場所と方角が分かれば後は泳げばいいか。
防水で……ソーラー充電できるのにしよう。
「言葉の問題は?」
「日本船ですから、大丈夫でしょう。
あ、パスポートはあります?」
「すみません、そもそも戸籍が……」
「……まあ、大丈夫でしょう」
何が大丈夫なんだろう……専門家が言うなら大丈夫か?
男はプリンターに向き直り、紹介状を打ち出した。
「こちらを持って訪問してください。
あとは現地で、労働条件などの最終確認を」
「服装などは?」
「常識的なもので大丈夫です」
スーツでいいのかな? 連絡したときに聞けばいいか。
「では、ご成功をお祈りしております」
にこやかに言われ、俺は礼をして席を立った。
*
半月後。
俺は船の上にいた。
紹介された漁船の社長兼船長と面接の際、なぜか話が合い、
その場で試験採用が決まった。
だが正社員登用は一回漁に出て様子を見てから、ということになった。
オホーツク海は寒い。
「どうだ、寒いだろ! 落ちたら助からないから気をつけろよ!」
船長の言葉にほかの作業員たちもうなづく。
「わかりました!」
と答えたが、低温の海水も、所詮は水だ。
足を滑らせて海に落ちても、
見えないところからこっそり上がればいい。
どうせ全身ずぶ濡れになる仕事だ。
生きてれば見間違いで済むだろう、たぶん。
「おい! 何やってる、早くしろ!」
「すみませーん! すぐやりますー!」
怒鳴られても、不思議と嫌な気はしなかった。
蟹籠を引き上げ、空の籠を放り込む。
「初めてにしては手際良いなあ!」
「おまえ、この仕事向いてるんじゃないか?」
ベテランの船員がバンバンと叩いてくる。
「ありがとうございます、頑張ります!」
気を抜いてもばれない。
周囲は安全空間。
……もしかして。
これ、天職なんじゃないか?




