ーー第9話 「小さな狂い」ーー
ーーそんな日々を過ごしていたある日、ついに『強欲』が現れる。
それは吹き荒れる竜巻が街に迫ってきたことで、分かったんだ。
……凄い風が吹いていた。
地上と空にあるものを全部巻き込んで、街へと向かってきていた。
「……色欲さん、次の大罪だね」
「そうね。あれは『強欲』……
……『風』の力を持つ大罪の一人よ」
「……『強欲』……
その魔族は力をどう使ってくるの?」
「それはね、あなたが見たままよ」
「……?
見たままって……あの、竜巻……ってこと?」
「そう。
あの『竜巻』を起こすことができる。……ただそれだけ」
「……それだけって……」
「…………
それだけで、十分なのよ」
「あれだけ大きな竜巻の中心にいたら誰も近づけない」
「更に……あの竜巻は段々と、どこまででも大きくなる」
「……地上から空に向かってうねりながら、
全てを巻き込み飲み込んで、荒れ狂い続けるのよ」
「ーーまるで天と地の全てを……手に入れるかのように」
”そんなのどうやって倒せばいいの……?”
私の中にそんな不安が湧いてくる。……でも色欲さんは、なぜか余裕そうだった。
「……色欲さん」
「どうしたの?」
「……なんで、そんなに余裕そうなの?
私はどうしたらいいか分かんないのに……」
「ああ、そのことね。それは大丈夫よ」
「……? どうして?」
「だって、救世主が力を使うようになったから。
……彼はすでに一度、私たち『七つの大罪』を全員倒しているんだから」
「……っ!」
「だから、彼が力を使えるのなら問題ないのよ」
そして色欲さんは、明るい声で言ったんだ。
「それじゃ、救世主の後を追いましょう」
「……そして救世主が『癒しの力』を使うところを見ましょうか」
「ーーあなたも一度、
あの戦う姿を見ておいた方がいいから」
「あなたにとって大切な人なら……なおさら、ね」
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ーーそしてお兄ちゃんと私は、
街へと向かってくる竜巻の前に辿り着いた。
「……リリー、
やっぱり君だけでもーー」
「ーーお兄ちゃん……私がいたらダメ、なの……?」
「っ……うっ……」
「お兄ちゃんの調子が悪いのに、一人になんて出来ないよ……
……前の『憤怒』の時みたいに無茶してほしくないの」
「…………っ!」
「……あの時、
私は気を失っちゃったみたいで、何も覚えてないけど……」
「あんなに疲れて眠ってるお兄ちゃんを見たら、分かっちゃう……
……凄い無茶をしたんだなって」
「…………リリー」
「それに……
お兄ちゃんは、一人でも行っちゃうんでしょ。……優しいから」
「…………っ。それ、は……」
「……ならせめて……
お願い、お兄ちゃんの傍にいさせてっ……」
「……っ!
…………ふぅ、分かったよ」
「……お兄ちゃんっ!」
「そのかわり、戦うのは僕だよ。
……リリーは後ろで見てるんだ。何かあったら僕の力で癒すから」
「うんっ! わかったよ、お兄ちゃん!」
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……そうしてお兄ちゃんは竜巻へと向かっていく。
どれだけ風が吹き荒れていようとも、
怯まずに大剣を握って中心部へ駆けてゆく。
ーー竜巻に飲み込まれた大木に打たれようとも、鋭い風に引き裂かれようとも止まらなかった。
……そして、中心を覆う壁の近くへと辿り着く。
その最後の壁は、天まで続く荒れ狂った鋭い風で作られていた。
……普通なら触れようとしただけで腕を引き裂かれそうな、強大な不可侵の壁。
……遠く離れていて、ただでさえ小さく見えていたお兄ちゃんの後ろ姿が、
更に小さく見えるほどの大きな壁。
ーーーーしかし『色欲』は、その強大な壁すら問題視していなかった。
なぜなら今まで見てきた、いつも通りの救世主なら……
……全身を引き裂かれようとも、瞬時に癒して無理やり押し通ることができるから。
実際に過去の救世主は、その方法で『強欲』を倒した。
……だから油断して気付かなかった。
今、瞳に映っている救世主が『いつも』とは違うことに。
「……お兄ちゃん……?」
ーー真っ先に救世主の異変に気付いたのは、『少女』だった。
今までに彼の戦いを……
己を顧みない諸刃のような戦い方を見たことがないからこそ、気が付いた。
「……なんでお兄ちゃんは、傷ついてるのに止まらないの……?」
「…………! 救世主が……傷ついてる……?」
『色欲』は注意深く救世主を見る。
……そして彼女は、ようやく異変に気付く。
「……っ!?
『癒しの力』を使っていないっ……!? どうしてっ……」
……そう、救世主はその力を使っていなかった。
彼の体は血だらけで、打たれた跡や切り傷が無数に残っていた。
さらに遠くにいる小さな救世主の姿をよく見ると、
彼は握っていた大剣を地面に突き刺し、足に力を込め耐えているように見えたーー。
「ーーまさか」
「……また……
『力』を使えなく、なってるの……?」
そして『色欲』は、思い返す。
さっきまでの救世主の姿を……竜巻の中心へと駆けていた後ろ姿を。
「もしかして、
止まらずに中心へ向かっていたんじゃなくて……」
「途中から吸い寄せられて……戻りたくても、戻れなくなっていた……?」
ーーーーその色欲さんの呟きを聞いた私は、お兄ちゃんのもとへ駆け出していた。




