ーー第7話 「少女という灯り」ーー
ーーそして、『憤怒』が現れる。
森の奥で鳴り響く雷の音は街にまで届いていた。
……色欲さんの言った通り、私はその音を聞く前に感じていたけれど。
この異常を、優しいお兄ちゃんは無視できない。
そして森の奥へと向かっていく。……私を安全なところに置いて、行ってしまう。
……その先には、あの悪夢が待っているのに。
私だけが知ってるんだ。だから、私はお兄ちゃんを独りにはしない。
悪夢のようなーー『あの結末』を変えるために、私はここにいるんだから。
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ーー森の奥へと辿り着いた私の瞳に映ったものは、眩いほどの『光』だった。
光がお兄ちゃんの周りで踊っていた。
……目を凝らしてみると、かろうじて『人の形』に見えた。
お兄ちゃんは踊る光の中心で、動かない。
その体は、剣で切られた切り傷で血だらけになっていた。
「……っ! お兄ちゃんっっ!」
私は、見ていられずお兄ちゃんのもとへ走っていた。
ーーーーいきなり現れた第三者の方へ、戦っていた二人の意識は向けられる。
そしてーー。
「……っ!? リリーっっ!」
ーー救世主が叫んだと同時に、踊っていた光が強く輝いた。
そして光は突然現れた『少女』の方へ向かい、その勢いのまま小さな体を貫いた。
それは一瞬の出来事だった。
救世主が強く輝いた光に、思わず瞬きをした『一瞬』に全てが終わった。
……瞬きの後、救世主が見た光景は……
小さな体に二本の剣が突き刺さり、赤い血を流し続ける少女の姿。
大切な少女の、その瞳から……光が失われていく『悪夢の光景』だった。
「リリーぃぃぃっっっーーーー!」
救世主は泣き叫び、変わり果てた少女のもとへと駆け寄った。
今や空からの暖かい光は届かず暗闇に包まれた森の中で、悲痛な叫びが響き渡る。
……しかし、その叫びは雷のように響く男の声で遮られた。
「救世主よ、なぜ戦う」
「貴様は何のために……誰のために戦っている」
「……まさか人間全てのためとは言わないだろうな」
「あいつらは、我々を暗い地の底へと閉じ込めた。
……そんな奴ら全てを守っていたらーー」
「ーー貴様はいつか、本当に大切なものを失うぞ」
……救世主にその言葉が届いていたのかは分からない。
ただ、男の言葉が終わっても……遮られた叫びは聞こえなくなっていた。
ーー沈黙が訪れた。
…………その沈黙を破ったのは、救世主の小さな呟き。
「……ごめん、リリー。でも、来てくれてありがとう」
ーーその呟きを聞いた『憤怒』は、
異様なものを感じたのか、救世主を吹き飛ばした。
まるで何かを……恐れるように。
……吹き飛ばされた救世主は、
何事もなかったかのように立ち上がり、変わり果てた少女のもとへと戻ろうとする。
『憤怒』は直ぐに光となって踊り始めた。
……少女が現れる前の時のように、二つの剣で救世主を切り刻む。
ーーしかし、救世主の歩みは止まらない。
どれだけ切りつけられようと、瞬く間にその傷が消えていく。
異常な光景に恐怖したからなのか、『憤怒』は焦ったように急所を狙う。
救世主の心臓を狙い、二つの剣を突き立てた。
……突き立てた剣は見事に心臓を貫き、血しぶきが上がった。
しかしそれでも、救世主は歩み続ける。……どす黒い血に染まりながらも、止まることはなかった。
ーーもはや救世主の瞳には、少女の姿しか映っていなかったのかもしれない。
全身が血に塗れ、赤黒く染まったその姿は……とても『人』とは思えなかった。
その姿を見てしまった『憤怒』は目に見えて表情を変え、
人ならざる者へ向けて雷を落とす。……何度も何度も、激しい音が鳴り響いた。
……森が激しい光と炎に包まれる中、
救世主は少女のもとへと、あと一歩のところまで辿り着く。
しかし、二人の間には壁があった。
……『憤怒』という魔族が立っていた。
ただ茫然と『化け物』を見るような目で救世主を見つめながら、立ち尽くしていた。
「邪魔をしないでくれ」
ーー救世主はそう呟くと、壁に拳を突き立てて粉々に破壊した。
そうして『雷』は止み、暗闇の中で燃え盛る森に静かな雨が降り始めたのだった。
……雨に濡れながら、救世主は変わり果てた少女を優しく抱きしめる。
そして、抱きしめられた少女の体から暖かな淡い光が溢れ出す。
その光は、冷たくなった少女の体に熱を与えていく。
ーーーー『色欲』は、一部始終を少女の中から見ていた。
その瞳には、少女を抱きしめる『救世主』の姿はひどく弱々しく映っていた。
まるでーー
深い闇の中をさ迷う救世主が、淡い小さな灯りに……
……『少女という小さな灯り』に必死に縋っているように見えたのだーーーー。
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……私の意識は暗闇の中から目覚める。
最初に感じたのは、温もり。
次に、眩しさ。……そして目を開けたときに見えたのは、お兄ちゃんの顔だった。
「……! ……おにい、ちゃん……?」
お兄ちゃんは、私を抱きしめながら眠っていた。
よほど疲れたのだろうか、何をしても起きそうにないほど深い眠りだった。
その目元は赤く腫れていて、泣き疲れた子供みたいに見えたんだ。
気付いたら私は、お兄ちゃんの頭を撫でちゃってた。
……幼い子をあやすみたいに。
「……よしよし」
「…………り、りぃ…………」
「…………! ……ふふっ」
”お兄ちゃんが、私の夢を見てくれてるのかも……!”
ーーそんな風に喜んでいた時、声が聞こえた。
「おはよう」
「……っ!
……びっくりした……どうしたの、色欲さん?」
「…………ずいぶんと、のんびり屋さんね」
「うっ……なんで、いきなりーー」
ーーそう言い返そうとして、気が付いた。
周りが更地になっていることに。……ここは森の中だったはずなのに。
「……! どう、して……」
「救世主と『憤怒』の戦いのせいよ」
「…………っ!
お兄ちゃんは、いる……じゃあ……!」
「……そうよ。
救世主が勝ったわ」
「……ぅ……! ……よか、ったぁ……!」
「…………
……そうね、良かったわね」
そう呟く色欲さんは、少し元気がなさそうだった。
「……?
どうかしたの、色欲さん?」
「…………いえ、
改めて救世主の『力』は凄いな、と……思って」
「うんっ! 私のお兄ちゃんは凄いんだよっ!」
「……そうね。本当に、凄まじい」
その時、私は感じた。
……お兄ちゃんの中から、『憤怒』の存在をーー。
「ーー!
……なん、で……」
「ああ、感じたのね。彼の中から『憤怒』を」
「どうして、お兄ちゃんの中に……」
「……これでいいのよ。
これが、救世主を『ただの人』へと堕とすための方法だから」
「……これが……?」
「そうよ。
この世界で『七つの大罪』は……」
「……救世主に倒されると、強い想いとなって『彼の中』に吸収されるの」
「……!?」
色欲さんがすごいことを言ってるけど、
目の前の事実があるから……私は、何も言えなかった。
「その世界の仕組みを利用して、
彼の中に『強い感情』を埋め込み、誰か一人だけを守るように仕向けるーー」
「ーー救世主が『救世主』たる所以は、
誰かではなく全員を平等に守ってしまうことだから」
「……! 平等に……」
「……だから強い感情を与えて、彼の心のバランスを崩す」
「そうしたら……
救世主は人間達から解放されて、自殺に追い込まれることもなくなる」
「…………っ!」
「あなたと、あなたの愛しのお兄さんは……
……人のいない、のどかな場所で共に生きることができるの」
”お兄ちゃんと一緒に生きれるっ……!”
私の中に暖かい光景が浮かんでくる。……この未来を掴むにはーー。
「ーーそう、未来を掴むために……これからもよろしくね」
「うんっ! よろしく、色欲さんっ!」
ーーそして色欲さんと話し終えた私は、
色々とあったせいか、疲れて眠たくなっちゃった。
……どんどん瞼が重くなっていく。
「…………」
「……でも、驚いた。
救世主があなたへ向ける『想い』の大きさに」
「…………
……この頃にはもう、あなたの存在によって『救世主』は……」
「……………………」
「…………でも、これは私のために必要だから」
「……だから、ごめんね。
私の願いに付き合わせちゃうことになるかもしれない……」
「まあ、でも……」
「この世界が続く限り、結局『救世主』の方は無理かな。
……全てを知った時あなたは、どの道を選ぶんだろうね」
ーー瞼が下まで落ちちゃう前に、
色欲さんが何か呟いてた気がするけど……睡魔に負けちゃった私には、聞こえなかったんだ。




