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私と一緒に地獄に堕ちて  作者: しーぶる
<後編>~約束が灯す明日~
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ーー最終話 「誰もが明日に向かってく」ーー

 ーーーー救世主は死んだ。


  自らの大剣で己を貫き、その命を散らした。



 ”これで……終わったんだ”


 そんなことを思う『僕の瞳』に映るのは……

両膝を地面につき、赤い血を流し続ける救世主の変わり果てた姿だった。


 その光景を見て改めて実感する。

今日この日、僕たち人間が『一つの光』を消したという確かな事実を。


 ……曇り空の下、茫然とする僕たち。


 その心の中はぐちゃぐちゃだった。

目的を果たした達成感と犯してしまった事実への罪悪感がごちゃ混ぜになっていた。


 喜んでいるのか悲しんでいるのか、

安心しているのか恐れを感じているのか……何も、分からなくなっていた。


 ”視界に映る『その場にいる皆』も虚ろに立っている。

僕以外の人間も……僕と同じように訳が分からなくなっていたんだと思う”



 魂が抜けたように虚ろにたたずむ僕の目の前で、

薄くなり消えていく『白い光』に寄り添う人がいた。


 その人は、救世主の家から出てきた女性だった。


 飛び散った救世主の赤い血で真っ赤に染まった彼女は、

足を引きずりながら、おぼつかない足取りでゆっくりと『散りゆく命』の前に行く。


 そうして……


  彼女が目指す場所へと辿り着いたとき、力尽きたはずの救世主の右手が動いた。


 その予想外の光景に、思わず僕たちは身体をこわばらせる。

力を持つ存在から向けられる怨念を想像して、恐れを感じて身構えてしまう。



 ……しかし、それは杞憂だった。


 動いた救世主の右手は目の前にいる彼女の頭にそっとのせられる。

赤く染まった帽子の上から、慈しむように優しく彼女の頭を撫でている。


 その口から……唇の端から赤い血を流す救世主の口から、囁きが漏れる。



        「…………ごめん」



 響いた声には一片の恨みも込められていなかった。

”そもそも、僕たち『人間』には向けられていなかったんだ”


 ……その言葉は『ただ一人の女性』へと向けられていた。


 目の前で涙を流す彼女に……

現実を受け入れられず、いまだ声を発することすら出来ていない彼女に向けた謝罪だった。


 そして『愛情』が込められた謝罪の言葉によって、ようやく彼女は叫び出す。



        「……っ

          ……ゃ……だっ……」


          「……い、やっ……」


        「ーーーーいやぁぁぁぁっっっ」



  ーー彼女の嘆きが響いた瞬間、僕の視界は『薄暗い闇』に包まれた……。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 ……気付いたときには、

僕の視界を覆い尽くした『薄暗い闇』は晴れていた。


 ”なにが起こったんだ……?”


 まるで空に浮いているかのように感覚の全てがフワフワとしていた。

大地に立っている感覚が薄くなっている。瞳に映る現実をすごく遠くに感じている。


 何もできず立ち尽くしている僕の頭に何かが当たった。

無意識に頭を触る手の平で感じたのは『冷たい水』だった。


 ……曇り空に覆われた世界に『雨』が降り始める。


 降りしきる冷たい雨の感触が、僕を冷静にしてくれた。


 身体の感覚が戻ってくる。

ようやく戻った現実の中で僕の瞳が映していたのはーー


 ーー”白い翼を失った『救世主』と、黒い翼と角を持った『悪魔』だったんだ”



 悪魔は背中を向けていて表情は分からない。

茫然と見つめる中で、その背中から生えている『黒い翼』が大きく広がっていく。


 ”目の前にいる存在を包み込むように広げられていく黒い翼は、救世主が持っていた白い翼によく似ていたんだ”


 ……そして、悪魔の方から『女性の囁く声』が響いてくる。



「……私と……

      一緒に、地獄に堕ちて」



 その震えた声と共に、世界は『白く淡い光』に包まれた。


 驚いた僕は瞼を閉じてしまう。



 ……”そうして、どれだけ時間が経っただろうか。

閉じた瞼の先の世界は静かになっていた。……もう、しばらく雨の音しか聞こえてきていない”


 ”目を閉じた直後に、

誰かが去っていく音が聞こえてきてから……ずっと『雨粒の音』しか聞こえない”


 何が起こっているのか分からないことに耐えられず、恐る恐る目を開けていく。


 そしてーー”開いた瞳の先には、誰もいなかったんだ”



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 ーーーー静かに降り注ぐ雨の中、僕は『地獄』を目指して歩いていた。


 身体を伝う冷たい雫が僕の熱を奪っていく。

それでも僕は確かな足取りでどんどん前へと進んでいく。


 そうして……あの『暗く深い地下洞窟』の入り口へと辿り着く。


 体温を奪っていく冷たい雨は今だに降り続いていた。

でも最後まで、僕の胸の中で優しくともる『灯り』までは奪えなかった。



 そう、僕の胸の中には『確かな灯り』がある。


 ……”ずっと隣にいる”

あの夢の世界で交わした『約束』と、幼い姿の『大切な彼女』がいるんだ。


 だから僕は生きられる。

愛する彼女の隣なら……救世主としてではなく、ただの人として『生きたい』と願えるんだ。



 辿り着いた洞窟の前には、白い花々が咲いていた。

瞳に映る『綺麗な白無垢の花』を見て、思わず彼女を抱く力を強くしてしまう。


 ……腕の中で静かに眠っている穏やかな彼女の表情を見つめながら、呟いてしまう。



「ありがとう、リリー。

  ……ずっと君の隣にいるよ」



 僕の決意の呟きは虚空に消えるはずだった。

でも、その言葉は消えることなく彼女に届く。そして『彼女』は目覚める。


 ……閉じられた瞼は開き、黒い瞳が不思議そうに僕を見つめる。



「……?」


「……あなたは、だれ……?」



 予想していた残酷な現実をどうにか受け止めて、僕は答える。



「……僕、は……」


「……ふぅ……。

  ……僕はシア。ただの、普通の人だよ」



 それでも震える声だけは押さえられなかった。

……彼女を安心させたいのに、どうしても言葉に詰まってしまう。


 そんな僕の拙い答えを聞いた彼女はしばらく黙っていた。

”失敗した、不安にさせてしまった”という後悔を感じ、落ち着くために僕は目を閉じる。



 ……そうして訪れた沈黙。

静寂に包まれた世界の中で、突然『暖かい光』は差した。


 『明るい光』が閉じた瞼の裏にある暗闇を照らしていく。


 眩い光に照らされて、僕の瞳は開いていく。

そして静寂は破られた。『泣き震えた彼女の声』が聞こえてきた。



「……おにい、ちゃんっ……?」



 聞こえてきた声に驚き、閉じた瞳を完全に開けるとーー


  ーー彼女の顔が目の前にあった。

……泣いている彼女は僕を抱きしめ、言ったんだ。



「……っ……

  ごめん、なさいっ……! おにいちゃんっ、わたしっ……!」


「わたしっ……人間を殺しちゃったっ……! 

  お兄ちゃんの想いを、裏切っちゃったっ……!!」


「それにっ……!

  救世主として頑張ってたお兄ちゃんをっ……!」


「お兄ちゃんの過去をっ、ころしちゃったんだっ……!!」


「わたしの我儘がっ……おにいちゃんをっっ……!!!」



 リリーの涙は止まらない。縋るように僕に抱き着いている。

だから僕は……彼女を抱く力をさらに強くして『僕自身の想い』を伝える。



「……大丈夫」


「リリーの想いは伝わってる。『人殺しの罪』のことも、僕を想って犯してしまった罪だって……ちゃんと分かってるから」


「そして、僕の過去も消えていないよ。

 リリーも僕も覚えてる。……誰かが憶えている限り、過去が死ぬことは無いから」


「……それにね、リリーの我儘が『勇気』をくれたんだ」


「その勇気があったからこそ、僕は自分の意志で未来を選べた。

  どんなことがあろうとも、君の隣で歩き続ける明日を選べたんだ」


「だからこそ、犯した罪を裁くのではなく一緒に背負うことが出来る。

救世主であったなら、人間を殺した君のことを裁かなくてはならないけれど……」


「今の僕は、ただのシアだ。

  だから……これからもずっとリリーの隣にいる。約束するよ」



 彼女の瞳から溢れる雫は止まらない。でも、その合間に震える声は聞こえた。

わずかに明るさを取り戻した『彼女の澄んだ声』が確かに聞こえたんだ。



「……私も……」


「ずっと、隣にいる。……約束、するね」


「……シア、お兄ちゃんーー」



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 ーーーーこうして、灰色の雲の切れ間から暖かな日の光が差す世界で……

日の光に照らされ輝く雨の雫が降り注ぐ世界の中で『二人の約束』は再び結ばれた。


  ”白無垢の花々に囲まれる中でともった『確かな灯り』。

忘れられない『暖かな灯り』を胸に抱き、二人は一緒に『明日』を歩いていったのです”


  ”続いていく明日は暗く厳しい道でした。

なにせ地獄へ堕ちた彼女たちは世界から切り離され、自然から見放され、

『明るく暖かな日の光』を浴びることも『静かに降り注ぐ冷たい雨』を受け止めることも、もう出来ないのだから”



 ”でも大切な人が隣にいるから、

結んだ大事な約束があったから……二人の歩みは止まらない”


 ……”だからこそ、二人の物語は今も続いているのです”


  ”これからも、二人で笑って泣いて生きていくのです”



 ”私はそう願っています。

彼女と彼ならこれからも二人で歩んでいけると、大丈夫だと信じています。

なぜなら……地獄と呼ばれた、地上への道が再び閉じられた地下洞窟の中でも『変わらない笑顔』を時折みせる二人の姿がそこには在ったから”


 ”だから私は、今この瞬間に語りたくなった”


 ”洞窟の前に咲く白い花々が笑っているように見えたから。

今この時に確かに在る彼女たちの小さな笑顔につられて……微笑んでいるように思えたから”




 ーー”冒頭にも話した、今も地上の人たちに語り継がれる『御伽噺』があります”


ーーーーーー

 ……この世界には、かつて争いがありました。

人間と魔族の激しい争い、それは長い間続いていたのです。


 しかしある時、人間の中に『救世主』と呼ばれる青年が現れ、

魔族が住むとされる『地獄へ続く穴』に向かい、頭に角が生えた怖い魔族達を倒します。


 こうして救世主のおかげで人間と魔族の争いは終わり、平和な世界が続いていきました。



 でも、安心してはいけないよ。


 誰かが悪いことをした時には、

恐ろしい『悪魔』がーー背中に黒い翼を持ち、頭から角が生えている『悪魔』が現れて、その悪い人を地獄へと連れて行ってしまうから。


 なぜなら怖い魔族が生まれた『地獄』はーー『地獄へ続く穴』は今もどこかにあるのだから……。

                               ーーーーーー


 ーー”この御伽噺は、地上の人から見た『彼女と彼の物語』の表側にあったお話。

その裏には……私がこれまであなたに語ってきた、夢の世界の物語があったのです”


 ……”誰にでも変わらずに、望む望まないに関わらず時は進み『明日』は来ます”


 ”明日に向かい『今』を歩み続ける貴方の心に、

この物語が何かを残すことが出来ていたなら嬉しいな……と、勝手ながら思っています”



 ”さて、独り言はここまでにして『私』は戻りますね”


 ”これからも『女神』として……彼女と彼だけではなく、

地上の人達も含めて、この世界を見守っていかなくてはなりませんから”


 ”それが私の役割。私が生まれた理由ですからね”


  ……”たとえ役割であっても、いつまでも続かないと分かっていても、

世界を見守る中でふとした時に瞳に映る『誰かの笑っている顔』は嬉しいものなのです”



 ”それではお別れの時です。

またいつかどこかで出会えることを楽しみにしています。ご清聴ありがとうございました”

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