ーー第32話 「私の願い、残す想い」ーー
ーー闇の底、落ちきったそこで『甘い声』は確かに響く。
「……久しぶり、ね」
黒い闇を青く染めながら、私の心に響いてくる。
「……しきよく、さんっ……」
「……! あなた……」
その深い青に包まれて、
その……久しぶりの、優しい声に包まれて……
私の『想い』は溢れ出す。
「わたしっ……!」
「わた、しっ……
……おにい、ちゃんを……」
「……おにいちゃんをっ……うらぎっちゃったっ……!」
そう。私は裏切ったんだ。
……『人』として愛してくれた『お兄ちゃん』を。
……私は『魔族』に、なってしまった……。
” 『救世主』である、
お兄ちゃんの『敵』に……なっちゃたんだ ”
”私の意志で『人間』を……殺しちゃった、から”
「……っ……
……しきよく、さんっ……」
「……わたしっ……」
「わたしっ……!
どうしたら……いいのっ……?」
私の溢れる想いを、
『色欲さん』はただ静かに聞いていた。
”何も言わず……受け止めて、くれた”
「どうしたらっ……
……おにいちゃんっ……ゆるして、くれーー」
「ーー大丈夫」
「……大丈夫、よ」
色欲さんは、
泣き叫ぶ私を優しく包むように……そう、言ってくれた。
「あなたの『大切な彼』なら、
きっと……許してくれるわ」
「……あなたがちゃんと謝れば、ね」
「……!
……ちゃんと……あやま、る……?」
その言葉で『私』は思い出した。
昔、お兄ちゃんが言ってくれた……優しい『赦しの言葉』を。
”リリーが悪いことをしたって、
ちゃんと謝ってくれたなら、それだけで良いんだ”
「そう。
だから大丈夫」
「あなたと彼なら、大丈夫よ」
”大丈夫”
色欲さんの言葉が、
溢れて暴れて止まらない『私の暗い心』を静めてくれる。
”安心、させてくれる”
「……でも、
ちゃんと謝るために……あなたは知らなくちゃね」
「…………?
…………なに、を…………?」
「『救世主』としての彼を」
「……あなたが殺してしまった『人間』を、
『魔族』から守り抜いた……彼の苦しみを」
……!
……お兄ちゃんの、苦しみ……?
「彼は望んで『救世主』になったわけじゃないの」
「……ただ、そう生まれ……
その生き方しか知らなかっただけ」
「…………
だから彼は、ずっと苦しんでいた」
……ずっと……
……前、から……?
「だからこそ、
あなたに『人』として生きて欲しいと願っていた」
「『人』として幸せになってほしいと願って……」
「あの『帽子』を贈ったのよ。
……自分と同じ苦しみを『あなた』に知ってほしくないから」
……大切な……
……あの、帽子っ……!
「『魔王』として、
覚醒したあなたなら……」
「今のあなたなら、思い出せるはずよ」
「……かつての『彼』を」
「『七つの大罪』と戦った、
『救世主』としての彼のことを」
……私の知らない、お兄ちゃん……
「彼の苦しみを知ったうえでなら、
ちゃんと謝れる……ちゃんと『彼』と向き合えるはずよーー」
ーーその言葉と共に、
深い青に染まっていた『私を包む闇』が、黄色く変わっていく。
”色欲さんの声が……遠くなっていくっ……”
「大丈夫。
あなたはこれから『旅』をするだけ」
「大罪たちの『記憶の中』を巡るだけ……だから」
”記憶を、巡る……?”
ーー闇がどんどん『黄色』に染まっていく。
「……だから、
『記憶の旅』を巡り終えた時に決めてね」
「謝って仲直りした後の『明日』を。
あなたは『大切な彼』にどう生きて欲しいのか、をね」
”明日を……決める……?”
ーー『深い青』がだんだん薄くなっていく。
「大丈夫。あなたならーー」
ーーそうして『私の闇』は、黄色く染まったーーーー。
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ーーーー”あなたなら『望む明日』を掴めるはずだから”
最後の言葉を伝える前に、
『あの子』は旅立ってしまった。
”でも大丈夫。あの子ならきっと……”
私はそう信じる。
終わってしまった『私』には信じることしか、できない。
”もう『七つの大罪』は……
……『彼』と『私』は終わってしまったの”
それに、もう……
『私の願い』はいつでも叶えられる。
少し狂いはあったけれど、
魔王は目覚め、それに呼応して『彼』も……『傲慢』も完全に目覚めた。
『傲慢』はあの子の身体を奪って、『救世主』と戦っている。
……昏く深く積もった『怨み』を晴らすために。
……ただ、『救世主』を殺すために。
そして救世主を殺した時、
ようやく……『彼』は怨みから解放される。
”暖かく私を照らしてくれた『彼の笑顔』が、戻ってくるっ……”
……それが『私の願い』。
罪に塗れてでも、叶えたい……最後の『願い』。
”怨みに囚われた『彼』を救い上げて、私は終わりたいの”
でも、
この願いは『あの子』を苦しめてしまう。
だからせめて……私はあの子に『時間』をあげる。
……救世主を『人』へと堕とす……。
『望む明日』を掴む『覚悟』を決めるための時間を。
”救世主としての『大切な彼』を……
『殺す』ための、覚悟を決める時間をね”
『今の私』には終わるまでの時間を稼ぐことできる。
……予想外だったけど、救世主がまだ『癒しの力』を使えたから。
救世主は最後まで狂っていた。
なぜか、『この世界の仕組み』から外れていた。
”どうしてなのかは分からない。
でも……もう、いいの”
『傲慢』は目覚め、
唯一この世界を終わらせることのできる『あの子』は私の記憶の中へと旅立った。
”もう、『私の願い』が狂うことはない”
”本当だったら……
直ぐに彼が、『傲慢』が殺して終わり……だったんだけどね”
”だから『救世主』には感謝しなくちゃ、かな”
”その狂いのおかげで、
私は最後に……純粋に『あの子』のために動くことが出来るから”
”あの子に何かを、残してあげられる……から”
ーーそんなことを一人で呟きつつ、
深い青を帯びた『闇の中』から、私は『外』を見る。
そこには……荒野に立つ『魔王』と『救世主』の姿があったーーーー。




