ーー第29話 「そして悪夢の始まりへ」ーー
ーーそして、数年の時が流れた。
お兄ちゃんとの『幸せな日々』は、
今ではもう『私の日常』になっている。
小さかった私も、
『幸せな日々』を過ごして大きくなった。
”お兄ちゃんの肩ぐらいまで、大きくなれたのっ!”
”でも……大きくなったからか、
大切な帽子が少しだけ、小さくなっちゃった……”
……だから今日は、お兄ちゃんと一緒に買い物に行く。
”新しい『帽子』を買いに行くんだっ!”
「行こっ! お兄ちゃん!」
私は『お兄ちゃんの手』を取って、二人で街へ出かける。
人間の街は『平和』だった。
『怠惰』を倒してから、
『七つの大罪』は現れていない。
”あの声も……
『色欲さん』の声も、聞こえなくなっちゃった……”
ーーずいぶん前のある日、
『色欲さん』は、私に突然尋ねてきた。
「『救世主』に埋め込まれてる『大罪』を教えて?」
「……?
うん、わかった」
私は『お兄ちゃん』を静かに見つめる。
「えっと……」
「……!
……ぇ……」
そして、私は驚いた。
だってーー。
「……どう?」
「……
もう『全部』、ある……」
「……! そう」
「なら、問題ないわね。
……ちゃんと『この世界』は、廻ってる……」
『色欲さん』はその言葉の後、少し黙っていた。
「……?
……色欲、さん?」
「……ありがとね」
ーーあのお礼の言葉を最後に、
私は『甘い声』を聞いていない。
話しかけても応えてくれない……。
まるで最初から、存在しなかったみたいに。
”どこに行っちゃったんだろう……色欲さん……”
「リリー?」
「……!
わわっ、お兄ちゃんっ……!」
物思いに耽っていると、
いつの間にか、心配そうな表情のお兄ちゃんが目の前にいた。
「……大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ!」
「……ごめんね。
少しだけ……考え事、しちゃってた」
笑顔で応える私に、
お兄ちゃんは『心配そうな表情』を少し柔らかくして、言ってくれた。
「……良かった」
「でも……
何か不安なことがあったら、遠慮しないで言って」
「いつでも聞くから。
不安なことも、『二人』で分け合っていこう」
「……! お兄、ちゃんっ……!」
お兄ちゃんは昔から変わらない。
”ずっと、『私』のことを想ってくれるっ……!”
「うんっ!」
「……ありがとっ! お兄ちゃんっ……!」
そして私とお兄ちゃんは、
『繋いでいた手』を少し強く握り直して、街を歩いていくーーーー。
ーーーーそして彼女たちは『始まり』へと還っていく。
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ーー街を歩く彼女たちは、ある『事故』を目にします。
幼い子が馬車に轢かれる……
……かつて『彼』が自殺を図る切っ掛けになった『事故』です。
既視感のある光景に、
『彼女』は呆然としていました。
……繋いでいる手は震え、
次第にその表情は『怯え』を含むものへと変わっていく。
そして『彼』は……
震える瞳で見つめてくる『彼女』を見つめ返して、微笑みます。
……何かを諦め、何かを決意した『微笑み』を返すのです。
そうして彼は、
『癒しの力』を使った。……いつか『彼女』が見たように。
ーー『過去』は変わらない。変えられないーーーー。
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ーーーーあの『事故』の後、
私たちは帽子も買わず、直ぐに家に帰った。
”帽子どころじゃ、なかった”
” 『人間たち』の恐れを抱いた『瞳』が、
お兄ちゃんをじっと……見つめていたから ”
『お兄ちゃん』は静かだった。
家に帰ってからも、
静かにいつも通りの行動をしていた。
……でも、確かに変わっていた。
”私が何を話しかけても、
『ごめん』しか返してくれなくなった。……それしか、言ってくれない”
”それに……
家から一歩も出てくれない。……怯えるように、小さく震えてる”
お兄ちゃんの『瞳』は、光が見えなくなるほど『黒く』濁っていたーー。
ーーこの光景を『私』は既に知っている。
”一度体験、してる……から”
……『同じ』なんだ。
……『最初の時』と、全く同じ……。
どんどん湧き上がってくる『不安』……
……思わず呑まれそうになるけれど、私は決めたんだ。
”お兄ちゃんの『光』になる”って。
……だから私は、
『あの時』とは違うと信じて、お兄ちゃんを支える。
”そのために私は『一人』で、
料理も買い物も……出来るようになったんだからっ……!”
”もう『力』がなくて、
守られてるだけの『私』じゃないんだっ……!”
”私だって、強くなってる……!
お兄ちゃんが手伝ってくれたおかげで、もう色々出来るんだからっ!”
改めて『決意』をして、『私の戦い』が始まったーーーー。
ーーーーそして戦いの果てに、彼女は『罪』を犯す。




