ーー第21話 「もう離さないよ」ーー
ーー熱で倒れた『少女』を『救世主』が看病している。
仰向けで、
暖かい布に包まれながら、眠り続ける『少女』。
『少女』の熱くなったおでこに、
冷たい水が染み込んだ布を当てる『救世主』。
……おでこの熱で布が暖かくなったら、また冷たい水を染み込ませて当て直す。
『少女』が汗をかいて寝苦しそうにしていたら、
優しく起こさないように体の汗を拭いてあげる『救世主』。
……その後、『少女』の寝息が穏やかになるまで傍で見守るーー。
ーーいいえ、その時だけじゃない。
彼は……この子の目が覚めるまで、ずっと傍にいた。
” 『お兄ちゃん』って、うわごとを呟いてる『この子』の傍にずっといたの ”
『どこにも行かないよ』って伝えるように、その手を優しく握りながら。
”そっと『この子の頭』を撫でながら『リリー』って小さく呟いてーーーー”
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ーーーー私は『夢』を見ていた。
……『怖い夢』。
お兄ちゃんが……いなくなちゃう夢。
”お兄ちゃんと繋いだ手。
その私の手から、お兄ちゃんの手がすり抜けていっちゃうの”
……だから『私』は何度も何度も叫び続ける。
『お兄ちゃん』ってーー。
ーーその悪夢が何度も廻る中で『私の右手』は冷えていく。
お兄ちゃんの暖かい温もりを忘れて、冷たくなっていく。
その手の感覚すら、なくなってきたとき……
……暗い世界は突然『穏やかな光』に包まれた。
” 『リリー』って呼ぶ、お兄ちゃんの声が聞こえたから ”
そして私は『悪夢』から目覚めるーー。
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ーー私が目覚めたとき、最初に感じたのは『右手の温もり』だった。
次に『頭のくすぐったさ』。そして、私の瞳には『お兄ちゃん』が映り込む。
「……おにい……ちゃん……?」
「……! リリーっ!」
お兄ちゃんは目覚めた私を見て、瞳を潤ませながら下を向く。
……握っていた『私の右手』を、
今度は両手でそっと包んで、胸に抱え込むようにして呟いていたんだ。
”良かったっ……!”って。
”目が覚めたばかりで、
ふわふわしている『私の心』に、そのお兄ちゃんの姿は鮮明に残り続けたんだ”
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ーー目が覚めたけれど、
私は『嘘』をついて、今も寝込み続けている。
なぜなら、目が覚めたときの『お兄ちゃんの姿』が……
……”私だけを見てくれる『お兄ちゃん』が、忘れらなかったから”
もう体は、元気になってる。
いつでも『いつも通りの私』に戻れる。
でも……
……それでも私は『噓』をついてでも、『いつも通りじゃない私』を演じている。
ーー”だって、
そうしていれば『お兄ちゃん』は、どこにも行かないでくれるから”
お兄ちゃんはずっと、『寝込む私』の傍にいてくれた。
お兄ちゃんは今まで以上に、『私のため』だけに生きてくれた。
……お兄ちゃんに『嘘』をつくのは、心がチクっと痛んだ。
それでも……
それ以上に、『お兄ちゃんと離れ離れ』にならないことが大事だった。
ーー『大切な人』を失わないことが、大事だったんだ。
”お兄ちゃんを『独占』できる、この時間を失いたくないっ!”
ーーーーそうして、
体調が悪いふりをして寝込み続ける『少女』の中に『怠惰』が生まれる。
『色欲』の願いが叶うときに、また一歩近づく。
……しかし、『色欲』は素直に喜べなかった。
今の『少女の姿』を見て、喜ぶことは出来なかった。
”今の『この子』が、一線を越えないといいのだけれど”
ーーその『色欲』の小さな呟きは、
『少女』に届くことなく、暗闇に沈んでいったーー。
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ーーそして『怠惰』は現れる。
街は『土の壁』に覆われた。……その全ては『暗闇』に包まれていく。
『怠惰』は『土の大罪』。
地に根差し、全てを包み込む『母なる大地』の大罪ーー。
ーー”暖かな日の光を遮られた『闇の世界』”
……『色欲』は、
その世界に『懐かしさ』と『恐ろしさ』を感じていた。
”この『暗闇』は、あの洞窟を思い起こさせる。
私たちが……『魔族』が住んでいた、『地獄へ続く穴』と呼ばれた洞窟を”
震え始める体を自ら抱きつつ、
暗闇の中でも変わらず、彼女は『少女』を見守り続ける。
ただじっと、少女が『道』を歩む姿を見つめ続けていたーーーー。
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ーーーー私は感じた。
『怠惰』が、街の中心に現れたことを。
……驚く私に、暗闇の中から『お兄ちゃん』は静かに告げる。
「リリー、
少しだけ……待っていてね」
「……っ!?
おにい、ちゃん……?」
”お兄ちゃんが『私の傍』から離れていっちゃうっ……”
「なんでっ!」
「……! リリー……」
「……大丈夫だよ」
「急に暗くなったから、
少しだけ、外の様子を見に行くだけだから」
「……っ
でもっっ……!」
震え始める私の声を聞いて、
お兄ちゃんは『私』をそっと抱きしめる。
……冷え始めた私の身体を、優しい温もりが包み込む。
「……おにい、ちゃん」
「リリー……」
「……大丈夫、だから」
「…………っ」
私の耳元で『お兄ちゃん』が囁く。
……私を安心させるように、ゆっくりと囁くんだ。
…………だから『私』はーー。
「……いって、らっしゃい……」
ーー『私』は、震える声で『見送る言葉』を呟いていた。
”今の『私の心』には無い、
絶対にあるはずの無い『言葉』を……なぜか、呟いちゃったんだ”
「……!
……いってきます」
お兄ちゃんは、
離れるときに『私の頭』を優しく撫でて、外に行ってしまった。
……残された『暗闇の中』で私の身体は温もりを失い、また冷えていく。
”…………
……やっぱり……最後には、私から離れて……いっちゃうんだね”
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ーーーー『色欲』は『少女の姿』を見ていた。
その幼い姿を……『少女の中』から、じっと見ていた。
……『救世主』が去った後、
魂が抜けたように茫然とする『少女』。
次第にその目元から……『涙』が零れ落ち始める。
……しかし、
『少女の声』は聞こえない。……響かない。
泣き叫ぶことはせず、暗闇の中で『ただ静か』に涙を流す少女。
”そんな『この子』の姿を見て、私は『嫌な予感』がした”
”なぜなら……
『この子の瞳』は、全く揺れていなかったから”
” 『何かを決意した』ように、
ただ真っすぐ、救世主が去っていった後の『暗闇』を見つめていたからーー ”
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ーー『色欲』の予感は当たってしまう。
外から帰ってきた『救世主』に、
『少女』は笑顔で、一つのお願いをした。……”屈んで、目を閉じていて”と。
さっきまで震えていたはずの『少女の笑顔』に、
『救世主』は少しだけ困惑しながらも、『大切な少女』のお願いに応えた。
……両膝をつき、屈んで目を閉じる『少女にとって大切な彼』。
その顔は、『少女の顔』と同じ高さになる。
同じ高さになった『彼の両頬』に、
『少女』は冷え切った自分の両手を、挟み込むようにそっと添えた。
その冷たさに驚いたのか、少し体を震わせる『彼』。
”リリー?”と呟きながら、
『彼の閉じた瞳』が、徐々に開かれていくーー。
ーー次の瞬間、
『少女の笑顔』は『幼い無垢な笑顔』から『大人びた妖艶な微笑み』へと変わる。
そしてーー
ーー”この子は救世主に『口づけ』をした”
”それだけじゃない。
繋がった『救世主』の中へと、自分の水分を流し込んだの”
目を見開いて驚く『彼』に対して、
『少女』は彼の口を塞ぎながら、とろんとした瞳で『愛しい相手』を見つめ返す。
……そうして『暗闇の中』で、二人の吐息だけが現れては、溶けていく……。
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……しばらくして、暗い世界は『一瞬の静寂』に包まれた。
『静寂』の後、最初に世界を震わせたのは『少女の声』だった。
『少女』はうっとりとした表情で、濡れてきらめく唇を離しながら、囁くーー
ーー”もう離さないよ”
その囁きは、
『幼い少女』ではなく『大人の女性』が発したような、妖艶な響きを持っていた。
そして全てを妖しく染め上げるように、二人を包む『暗闇』に深く溶けていく。
”…………
…………こうして『この子』の、『お人形遊び』が始まった…………”




