ーー第16話 「色欲は誘う」ーー
ーー『色欲』は焦っていた。
狂い加速していく、この世界に。
『嫉妬』が倒された直後、
少女が意識を失い、今度は『暴食』が現れた。
意識がない『少女』を守るように抱く『化け物』の前に現れたのだ。
ーー『化け物』は敵を認識すると、
『少女』をそっと優しく地面に横たえた後、突然その姿を消した。
次に『色欲』が『化け物』の姿を見たのは、
……大剣を振りかぶり、『暴食』を切り裂く瞬間だった。
……何物をも切り裂く大剣が『暴食』の体に吸い込まれていく。
そして一瞬で戦いは終わる、はずだった。
しかしーー。
ーー静寂の後、『色欲』の瞳に映った光景は……
……何事もなかったかのように笑う『暴食』と、
両肘から先を失い叫びをあげる『化け物』……予想とは真逆の光景だった。
角が生えた男の子の……『暴食』の声が、灯を失った夜闇の中に響く。
「『救世主』……
お前は満たされたこと、ある?」
「あははっ!
無い、ねっ~! だって……」
「……お前は笑わない、からっ!」
「いつもいつも苦しそう。
……いつもいつも我慢してるっ!」
「お前は何のため、生きてる、の?」
言葉を覚えたばかりのような片言が、
男の子の幼い真っすぐな声が『化け物』に向かって響く。
ーーその声が届いたのか、
叫んでいた『化け物』は後ろに飛び退いた。
静かに、眠るように横たわる『少女』の傍へと戻った。
……少女の中から『色欲』は確かに見た。
傍に戻った『化け物』の瞳に、
怒りではなく苦しみが浮かんでいるのを。……『光』を取り戻していることを。
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……戻ってきた『救世主』を見て、『色欲』は考える。
”これ以上、何かが狂えば、
『私の願い』を叶える前に……この世界が壊れてしまうかもしれない”と。
この世界でしか『彼』を救い上げることは出来ないのにーー。
ーーそして、『力』を使うことを決意する。
”最後の時まで……使いたくはなかったんだけどね”
そんなことを呟きながらーー。
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ーーそして楽しそうな表情でゆっくりと『暴食』が近づいてくる中、
静かに眠っていた『少女』は目を覚ます。……『私』として。
「……っ! リリーっ!」
「…………」
「大丈夫っ!? リリー!」
「……」
「……?
……リリー?」
『救世主』が心配そうな顔をして『私』に話しかけてくる。
……『色欲』である『私』に。
「『救世主』」
「……っ!? ……誰だ、お前は」
彼の表情が変わった。
今までの大切な人に向ける暖かさを感じる表情から、
昔よく見た、人間の敵へと……『魔族』へと向ける冷たい表情に変わっていた。
「私は『色欲』」
「……!
……お前、か……!」
「そうよ。
……久しぶりね、『頑固な救世主さん』」
「黙れ。
……リリーを返せ」
「僕の大切な人を『人形』にするなっ……!」
彼の瞳に怒りが宿る。
……失った両腕から赤い血を流しながら、
もう満身創痍のはずなのに、その怒りに燃える瞳は力強かった。
「やっぱり凄いね。あなたは」
「……でも、いいの?
このままだと『この子』も死んじゃうわよ」
「……っ!」
「『暴食』に喰われちゃうわよ」
「……もう、殺させない……」
「早くあなたの力を……
……『癒しの力』を使わないと、守れないわよ」
「……っ。
……黙れ」
苦しみに歪む彼の顔。
”ふぅ……。
そういうことね。あなたはまたーー”
「ーー『力』を使えないんでしょ」
「……っ。黙れ……」
否定しない彼。
”力を使えたり、使えなかったり……
『救世主』だったり『化け物』だったり……狂ってるわね”
ーーそう、おそらく彼は狂っている。
なぜならーー。
「あなた、
この子が死んだ姿を見たことがあるの?」
「……!
…………うるさい」
私の中には疑問があった。
……彼の呟きに。繰り返される、”もう殺させない”……という呟きに。
「……ちゃんと答えて。
大事なことなの。……『暴食』が近づいてる」
「この子を……
今、目の前で生きている『大切な人』を死なせたくないんでしょう」
私の言葉で、
怒りに満ちていた彼の瞳に『迷い』が混じりこむ。
そして私の方を向いて、固く閉じていた口をようやく開き始めた。
「……ある」
「……!
そう……その光景を詳しく教えて?」
「……っ。
……ふぅ。……リリーは身体中、傷だらけだった」
「切り裂かれたような傷……。
赤く染まったリリーは、泣いている僕の腕の中で呟くんだ……」
「……『ごめんね』って」
「……っ!
それは……」
”その光景は……前回の終わりの出来事だ。
……『強欲』との戦いの終着点。今のところ唯一、『少女が死んだ瞬間』”
『少女』と、
少女の中にいる『私』、そして彼……『傲慢』以外が憶えていられるはずがない。
”なんで、『救世主』が前回のことを覚えているの……?”
私は思わず、救世主の方を向いて尋ねていた。
「いつ……
その光景を知ったの……?」
「……あいつが、『嫉妬』が現れて、
リリーが危ないって思った瞬間……突然、思い出した……」
「……その光景だけが、
『リリーが死ぬ瞬間』だけが鮮明に浮かんできたんだっ……」
ーーその救世主の言葉を聞いた直後、男の子の笑い声が耳元で響いた。
話しているうちに、
思わず向き合っていた私と『救世主』は、笑い声には振り向かず飛び退く。
……しかし、遅かった。
『少女』は……私の右腕は、肩から先が無くなっていた。
「っ……くっ……」
「……っ! リリィーっ!!」
「うっ……ぅ……ふぅ……」
私は激しい痛みの中、
どうにか『力』を使って『少女の痛覚』を遮断した。
「……っ……
だい、じょうぶ……」
「……でも、
これで、分かった……でしょう」
「私と、『暴食』が……敵、だって」
「……!」
「この、ままだと……
『この子』は、しんじゃう……って」
「……っ!」
「……だから、ね……
きょうりょく、しましょ……『がんこな救世主、さん』」




