ーー第13話 「白い願いと黒い欲望」ーー
ーーーーそうして静かな森の中、『少女』の泣く声が響き渡る。
『色欲』は、知っていた。
暖かな思い出の残る森で一人泣くまでが、お決まりの流れだと。
なぜなら、見てきたから。
『少女』のことをずっと見てきた。
世界に生まれてから、今まで歩んできた道の全てを。
ーー今の少女すら知らない、忘れてしまった『過去の少女』のことも全て。
だから目的のためとはいえ、
『少女』を利用することには胸が痛んだ。
”それでも……私が止まることは、ない。
私の『光』になってくれた、大切な彼を……『傲慢』を救い上げるために”
そんな矛盾した二つの想いを抱える、
『色欲』の心の中は……光の見えない『灰色』なのかもしれない。
……迷い続けているからこそ、
一人で泣いている『少女』に声をかけてしまうのかも、しれない。
力に目覚めた『今の少女』になら、ちゃんと『色欲の声』は届くからーーーー。
ーーーー私が森の中で泣いていると、声が聞こえた。
それは、色欲さんの声だった。
「……救世主は、
あなたをちゃんと想っているわよ」
そんな風に、慰めるように声をかけてくる。
でも私はーー。
「そんなこと、分かってるよっ……!」
「……分かっ、てるっ……」
ーー分かってるんだ。
お兄ちゃんが、私を想ってくれていることは。
……私を心配させないために、過去の話をしないってことは。
……だって、街の人間が『救世主』のことを話しているのを聞いたとき、
いつもお兄ちゃんは……凄く苦しそうな、つらそうな顔をするから。
そして決まって、
繋いでいる私の手を少し強く握る。……『離さないで』って、言ってるみたいに。
…………そう、多分……お兄ちゃんにとって『救世主』はーー。
「ーーそうね。まるで『呪い』」
「……!」
「……実際に、昔の彼は……
『救世主』は、私たちとの戦いの時に苦しんでた」
「……っ!
お兄ちゃんが……」
「ええ。
苦しみながらも、『私の問いかけ』に答えてた……」
「……答え続けたの。
『僕は救世主だから』ってね」
「お兄ちゃん……」
「本当に……頑固だったわ」
「……最後には、想いを寄せるあなたを、
大切な人を傷つけると分かっていても『救世主』を貫いてしまうほどに」
そんな風に、
昔のお兄ちゃんのことを話してくれる色欲さんは、悲しそうな声をしていた。
「……それでもね、
あなたは『特別』なの。あなただけが彼を救える可能性がある」
「……!」
「彼のことを『救世主』としてではなく、
純粋に『お兄ちゃん』って慕って、想っている……あなたならね」
その言葉を告げる色欲さんの声は、柔らかかった。
……その柔らかで、どこか悲しそうな声は、
私の奥底に残ってる『お兄ちゃん』って言葉を教えてくれた、あの柔らかな響きに似ていた。
そんなことを思っていると、
色欲さんは優しく教えるように、私に言葉を伝えてくれる。
「……さっき救世主が、
あなたのお願いに答えなかったのは……」
「多分『特別なあなた』に、
『救世主』としての自分を知ってほしくない……って思ってるから」
「……彼は、あなたを……
『特別に想っている』からこそ、過去を話したくないのでしょうね」
”お兄ちゃんが私を……想ってくれてる。
それは凄く嬉しいっ……嬉しいけど、だからこそ私はっ……!”
……お兄ちゃんの全てを知りたいんだ。一番近くで支えたいから。
知りたくて、ずっと傍で支えたくて……
過去を知っている色欲さんに、モヤモヤするんだ。
私が抱いてる、この気持ちはーー。
「ーー『嫉妬』ね」
「これが……
『嫉妬』なんだ」
「うん。
……これで今までと同じように、次の大罪が現れる」
”今までと同じように”……色欲さんはそう呟く。
……でも私は、今までとは違うものを感じていた。
なぜなら私の中に在ったのは……
……色欲さんへの『モヤモヤ』だけじゃなかったから。『嫉妬』だけじゃ、なかった。
”お兄ちゃんの一番近くにいたい。
誰にも大切な人を渡したくない。お兄ちゃんを理解してるのは『私』だけなんだ”
そんな想いばかり湧いてくる。
……『強欲』が生まれたときから感じている、満たされない渇きがひどくなる。
……心が渇く……
お兄ちゃんが欲しい……!
……渇く……
どこにもいって欲しくないっ……!
……渇いて止まらない……
ずっと私の傍にいて欲しいっっ……!
ーーそして、私の中にある想いが生まれた。
” ……お兄ちゃんは、私だけの……ものなんだ ”
その想いは、
『白く純粋な願い』なのか、『黒くどろどろとした欲望』なのか……
……今の私には、分からなかったんだ。
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ーーそして、『嫉妬』が現れる。
色欲さんと話しているうちに、私はいつのまにか泣き止んでいた。
泣いた後で真っ赤になった私の瞳に、天まで届く明るい一つの柱が映った。
……その柱は、燃えていた。
激しい音を立てながら、暗い夜空を真っ赤に染め上げていた。
ーーただの明るい柱じゃなかった。『燃え盛る炎の柱』が天まで伸びていた。
その炎の柱が立っている所は……今から私が帰ろうとする方向だった。
……街が燃えている。
それだけじゃない。
炎の柱は街を取り囲むように、どんどん増えていった。
夜空がどんどん明るくなっていく。……暗闇が照らされていく。
ーーまるで夜明けが来るみたいに、終わりが始まった。




