ーー第10話 「小さな灯が導く天の怒り」ーー
ーーお兄ちゃんのもとへと駆けだした私。
吹き荒れる風の中を、傷だらけになりながら進んでいく。
「何やってるのっ!?」
「今のあなたじゃ何もできずに死ぬだけよっ!」
……色欲さんの焦った声が聞こえる。
でも、私の足が止まることはない。
……竜巻の吸い寄せる力を借りて、私の意志で進み続ける。
「……どうしてっ!?
なんで……進み続けるのっ……?」
「痛いでしょうっ! 苦しいでしょうっ!」
「救世主が癒しの力を使えない以上、あなたは死ぬかもしれないのよっ!」
「……死んだ後に感じ続ける、あの『暗闇』は……凄く怖いのっ……」
色欲さんが怯えたように震えた声でそう呟く。
でも焦っている色欲さんに対して、私は疑問を抱いていた。
「ーーでも私は、時を戻せるんだよね」
「……っ! それはっ……」
「まだ自由には使えないけれど、今までも出来たんだから……
……私が死んでも、生き返れるんじゃないの?」
「…………それに、
『憤怒』の時も死んじゃう可能性はあったよ」
「……!?
……あなた……いきなり、どうしたの……?」
ーー私が私じゃないみたい。
なぜか、自分の力に自信を持ってる。
”どうしてだろう……?”
そう思ったとき、
あの男の人の声が……色欲さんが言っていた『傲慢』の声が聞こえた。
「それはお前の中に、
『憤怒』と『強欲』という大罪がーー」
「ーー『身を焦がすほどの感情』が生まれたからだ」
「さらにお前は一度、
救世主を救うことに成功した……」
「……いいぞ。
その調子だ。大罪は『連鎖』していく」
「お前が『お前自身の力』を自覚して、
驕り、感情を高ぶらせるほど……我の力も増していく」
「フハハ、もっとだっ!
もっと奴を救い続けるがいい!」
「……その成功を、お前の中から我も願っているぞ」
その声は、前に感じたほど怖くなくなっていた。
”なんで……?”
…………まあ、どうでもいいかな…………。
……そんなことよりも、今はーー。
「ーー今度も私が、お兄ちゃんを助けるんだっ!」
「…………っ。
そう、そういうこと……」
「『彼』の……影響なのね」
「……色欲さん、大丈夫だよっ!」
「失敗しても、私が何度でも時を戻すから」
「……だから色欲さんも今は、
お兄ちゃんを救うことに全力を尽くして」
「ーーそれが、色欲さんの願いにも繋がるんでしょ」
私の言葉を聞いた色欲さんは少しの間、黙ってしまった。
そして、自分を納得させるように言葉を紡ぎだす。
「……っ……。
……そうね。……分かった」
「今はこの状況を何とかすることに全力を尽くすわ」
「色欲さんっ!」
「……でも、これだけは覚えておいて」
「『力』に飲み込まれないで。
……飲み込まれて、あなた自身を見失ったらーー」
「ーー望んでいる明るい未来を、
あなたは掴めなくなる。……『彼』のように」
「…………っ!
…………うん、覚えておくよ」
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ーーそして色欲さんはある質問をしてきた。
「今も、救世主の中に『憤怒の力』は感じる?」
「……? ……うん、感じる。
お兄ちゃんの中にちゃんと『憤怒』は在るよ」
「……!
……そう……」
「…………
……なら、救世主に伝えなさい」
「ーーあなたの言葉で、こう伝えるのよ」
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……ようやく私はお兄ちゃんのもとへ辿り着いた。
傷だらけで全身が赤く染まって、
もう身体の感覚がなかったけれど……やっと傍にいけた。
「……おにい、ちゃんっ……!」
「…………っ! リリーっ!?」
お兄ちゃんは私の姿を見て、目を見開いて驚いていた。
ーーそして、その顔が怒りに染まってく。
「リリーっ!
どうしてっっ! なんでっっ!」
「……おにい、ちゃん……ごめん、ね」
「……っ!
……リリーっ……?」
「…………
……いかり、を……おさえ……ないで」
「……っ。
もう、無理して……喋らなくていい、から」
「…………おもいを、かいほう……して」
ーーその言葉を伝えると同時に、私は力尽き、荒ぶる風に飲み込まれた。
……私の小さな体は竜巻の中心へと吸い込まれていく。
「リリーぃぃぃっっっーーーー!」
お兄ちゃんは叫び、私の手を掴もうとする。
でも、その手が私に届くことはなかった。
お兄ちゃんと私の間に鋭い風が吹き抜けて、お互いの体が弾かれてしまったから。
そしてその叫びも、吹き荒れる風に阻まれ届かない。
ーーお兄ちゃんの言葉が聞こえない。……その口元だけが動いてる。
そうして、私は流されていく。
激しく荒れ狂う風に飲み込まれていく。
……飲み込まれていく中で、
お兄ちゃんの叫びの代わりに別の声が聞こえてきた。
体を切り刻む風に乗って『男の人の声』が聞こえたんだ。
「救世主、お前は何を手に入れた」
「……その大きすぎる力で、何を掴むことができた」
「お前には何もない……その顔を見たら分かるぞ」
「ーーその苦悩に満ちた、お前の顔を見たらなっ!」
「哀れだっ!
お前は、からっぽーー」
ーーその言葉が最後まで紡がれることはなかった。
なぜなら言葉の途中で、
聞いたことがないほどの轟音が響いたから。
……そして世界は、激しい光に包まれた。
ーーーー『色欲』には見えていた。
竜巻の中心へと吸い込まれるように天から落ちた、一つの光の軌跡が。
……それは『天の怒り』だった。
『色欲』はこの結末を予想していた。
……いや、願っていたのだ。救世主が『憤怒の力』を使えることを、願っていた。
彼女は考えた。
救世主が『癒しの力』を使えないのは、
彼に埋め込んだ『憤怒』が影響したからではないかと。
なぜなら『少女』は言ったから。
『癒しの力』を使えなくなった救世主の中に、ちゃんと『憤怒』は在り続けていると。
それなら、もしかしたら『憤怒の力』を救世主は使えるのではないか……と。
ーーすべては予想。
可能性の話でしかない。……確信なんて一つもなかった。
それでも、やるしかなかった。
行動しなければ前には進めない。
……それに動かなければ『少女』は確実に死んでしまう。
……『少女』が言った通り、
時を戻せば、いくら死んだところで問題はないのかもしれない。
実際にこの世界は、
『少女』が無意識にでも強く望みさえすれば時は戻るのだろう。
……しかし世界の中心である『少女』は、
いくら時を戻そうが、その体験を忘れることができない。
ーー『記憶』は残り続ける。
”そんなあなたに、あの恐ろしい暗闇を何度も体験してほしくない。
もう既に、あなたには酷いことをした。……『人形』にしてしまったのは私”
”だからせめて、この世界ではーー”
そんな風に彼女は考えていた。
だから……『少女』が死を恐れなくなったことに焦った。
そんなことを考えている彼女も『少女』を利用して、自身の願いを叶えようとしている。
”ーーままならないね”
……世界が光に包まれる中、彼女はそう思っていたーーーー。




