「私との婚約は、今この時をもって破棄する!」→はい、ありがとうございます!これにてお仕事完了です! ~『婚約破棄』を生業とする2人の乙女の物語~
「メイジー!君との婚約は、今この時をもって破棄する!!!」
穏やかな空気を壊し、会場内に響き渡る声。
その声の主は、パーティー主催国の第1王子__ヴィクター・アダルウォルドである。
会場の中心で、視線を気にしない堂々とした振る舞い。いいように言えばそんな表現になるが、率直な感想としては、野蛮そのもの。
そんな彼の横には、優雅に金髪を揺らす美女が佇んでいた。美しい刺繍の施されたドレスと、重そうな宝石の数々。それらの一級品と比べても、美女は引けを取っていなかった。
(ほんと、綺麗な人ね)
あくびを誤魔化すようにドリンクに口をつけていると、会場に少女の震える声が響いた。
「・・・あ、あんまりではありませんか」
華奢な体つきの少女__メイジーは目を潤ませ、何とか言葉を紡ぐ。
少女とは言ったものの、所作の端々から育ちの良さを感じる女性だ。パーティーの参加者と比べても、群を抜いた品の良さを感じる。そんな彼女の涙を堪える姿は、招待客の心を鷲掴みにした。ああ、なんと痛ましい。可哀想で仕方がない。
しかしヴィクターは、フンッと鼻を鳴らすだけ。嘲るように彼女を見たのだ。
「まさか、本気で俺と結婚できると思っていたのか??お前のような能無しと結婚する気など、最初からなかったぞ」
「そ、そんな…」
「俺は本当の愛に気づいた!俺は、このキャサリンと運命にあるのだ!!!彼女こそ、次期王妃にふさわしい女性である!!!」
隣にいるキャサリンと呼ばれた女性は、照れたように頬を染める。その様子を見ていられないとでも言うように、メイジーは顔を手で覆ってしまった。皆が心配する中、彼女は涙をこらえて何とか顔を上げた。
「私は、ヴィクター様のことを本当にお慕いしておりました。あなた様と共にずっといられることを願っておりましたが、……そちらの女性との今後を望まれるのでしたら、私は身を引きます」
健気で、最後まで婚約者のことを想った言葉。誰もが涙ぐみ、彼女の言葉に聞き入っていた。
「どうか、お幸せに」
最後の最後、堪えきれずにポロポロと零れた。それを恥じるように、メイジーは会場を後にしたのだった。
静まり返る会場。程なくして、勝利を確信したヴィクターの笑い声が響き渡った。
「あはははは!!! やったぞ!!ようやくあの邪魔な女を排除できた!!!! ほら、皆も聞いていただろう!!!破棄の証明書など不要だ!!!ここにいる招待客が証人なのだからな!!!!」
ヴィクターは、気づいていないのだろう。今、会場内の全ての人を敵に回していることを。彼を見る招待客の目が厳しい。
あーあ、大変。これは王座に就いてからも、大変な目に遭うだろう。恋は盲目と言ったところか。
目が覚めるのは、随分先のこと。きっと、何もかも取り返しがつかなくなってから、自らの過ちに気づくのだろう。
ウェイターにグラスを返し、気配を消して会場を出る。向かう先は、ある客室だった。
ナンバープレートを確認してから独特のリズムでノックをする。
コン ココン コン
「赤ワインとチョコレートケーキをお持ちいたしました」
合言葉として決めていた言葉を、扉越しに伝える。すると、薄く扉が開いた。
そこには、ついさっきまで注目の的だったメイジーがいた。そして、私の顔を見ると、ホッとしたように部屋に入れてくれた。
「お疲れさまでした。最高の演技でしたよ」
部屋に入るなり褒めると、彼女は嬉しそうに笑みを浮かべた。その笑顔は、年相応の無垢な少女のものだった。
そう、これは全て計画の内。今回の一連の騒動は、もう随分前から仕組まれたものだった。
メイジーこそが、ヴィクター・アダルウォルドとの婚約破棄を切望していたのだ。
実は彼女には、故郷に想い人がいる。
しかし、数年前。たまたま彼女の故郷に視察に来たヴィクターが、メイジーの容姿を気に入り、無理矢理連れ去ったのだ。そして、婚約者として傍に置き始めたのが始まりだった。
拉致、監禁。その他諸々。本来ならば罪にとられる行動も、王族ということでスルーされた。
あまりにも酷い話だが、案外そういうことも少なくない。結局は、皆自分の身が可愛いもの。
王族相手に、攫われたメイジーの立場から、婚約破棄を言い出せるわけがなかった。
そんな地獄のような環境で、早数年。
国外逃亡も視野に入れて悩んでいた彼女の元に、ある噂が流れてきた。
『婚約破棄したいという願いを叶えてくれる人たちがいるらしい』
それは、メイジーにとって、まさに藁にも縋る思いだった。数多の手段を駆使し、その人たちに連絡を取り、今に至る。
そんな経緯を知っているからこそ、私はメイジーのことを手放しで賞賛していた。
「声の震え方も表情も、涙の扱い方までもが天才的でした。演者としての経験がないだなんて、ご冗談でしょう?」
「本当にないですよ!でも、…やっと解放されると思ったら自然と涙が溢れてきたんです」
「……よく頑張りましたね」
それにしても、末恐ろしい。
自分も女性だが、それでも女性の恐ろしさを改めて理解する。性別で人を判断する気は、もちろんない。ただ、どうにも社交界を生きる女性は強いのだ。それは紛れもない事実。
現に、あの場にいた3人の内、ヴィクター以外の2人の女性が演技をしていたわけだ。
そんなこと、誰が信じられるだろうか。舞台上で行われていた物語なら、誰もがスタンディングオベーションしたに違いない名演技。もう一度見られるものなら見たいほどだ。
さて、現実逃避もこの辺にしておこう。そろそろ仕事を進めるため、私は口を開いた。
「さて、ここからは次の段階に移ります。まずは、今の現状をお話ししましょう。現在、会場の外はメイジー様を探している方で溢れています」
「私を…?」
「はい。あれだけ痛ましい姿を見た方々は、あなた様のことを放っておけないはず。婚約破棄されたばかりのあなた様に一声かけようと、必死に探し回っていることでしょうね」
嫌そうに顔を歪めるメイジー。結構表情が出る方なのね。
笑いそうになるのを堪え、静かに言葉を続ける。
「私たちは、故郷の幼馴染様の元までメイジー様をお送りする使命にあります。全力でお守りしますので、ご安心ください」
「ありがとうございます。…でも、あの、」
不安げに視線を揺らすメイジー。何かあったのだろうか。ソファーに座る彼女の言葉を待つ。
「あの方は、…キャサリンさんは、どうなるのですか?」
その疑問に、私は首を傾げてしまった。それから、心がじんわりと温かくなるのを感じる。なんて心優しいのだろう。フリとはいえ、婚約者の浮気相手役の人のことを、ここまで思えるだろうか。自分のことだけでも大変だろうに。
「ああ、アイツは大丈夫です。私の自慢の相棒なので。あの髪も、実は染めているんですよ。なので、この件が終わってから、足が着く心配もありません。名前も、当然のように偽名ですしね」
そう伝えると、メイジーは安心したように息を吐いた。ああ、この様子をアイツにも教えてあげたい。こんなにも可愛くていい子は、なかなかいない。
「幼馴染様は、近くまでいらっしゃっているんですよね」
「はい。国境を越えた湖で待ち合わせています」
「分かりました。でしたら、そちらまでお送りいたします」
メイジーに、着替えと帽子を渡す。ドレスのままでは出られないため、事前に用意したものだ。彼女が着替えている間に、私も着替えておく。動きやすい服に着替え、ローブを纏う。
着替え終わったメイジーには、帽子とローブの二重装備を渡す。しっかりと顔が隠れていることを確認してから、彼女を背負ってバルコニーから飛び降りた。
着地と同時に耳を澄ます。
ガサッと音はしたものの、近づいてくる人の気配も足音もない。どうやら見つかってはいないようだ。
本来ならば、女性といえど人1人を背負った状態で飛び降りるのは、大変なこと。しかし、特殊な訓練をしている私にとっては容易いことだった。80キロぐらいまでなら、背負って飛び降りた経験がある。
このまま監視の目を避けながら走る。
パーティー会場に警備が寄っていることと、メイジーを探すために会場を駆け回っている招待客。
ただでさえ偏っていた監視は、予定外の混乱で集まっていることだろう。だからこそ、この隙がチャンスだった。
城の敷地を抜け、街の監視も避け、国境を裏口のドアから抜ける。
そしてしばらく走ると、月光を受けて輝く湖に着いた。
「ここであっていますか?」
「はい」
背から下ろすと、メイジーはきょろきょろと視線を彷徨わせる。不安げに揺れる瞳を見ていられず、私も探す。
「…ぁ」
隣から小さく声が漏れた。次の瞬間、彼女は走り出していた。
彼女を安定して受け止める男性と、その胸に飛び込むメイジー。2人はきつく抱きしめ合い、その目元には涙が浮かんでいた。
先ほどとは違う涙。嬉し泣きとは、こんなにも微笑ましいものなのかと、改めて理解させられた。
どうやら男性は、近くの森に馬車を停めていたらしい。私たちの存在を認め、馬車から降りてきたようだ。
しばらく2人を見守っていると、2人は私に頭を下げてきた。男性も、メイジーから話を聞いていたらしい。
「あなたが…。本当に、ありがとうございます」
「私よりも、メイジー様にお伝えください。全ては、メイジー様の努力の上です」
私は、メイジーと目を合わせる。その目は、私の身を案じているように感じた。少しでも安心させたいため、優しく笑ってみせる。
「…私がサポートできるのはここまでです。ここからの幸せは、お二人で見つけてくださいね」
「はい」
メイジーは頷くと、静かに近づいてきた。そして、ポケットから袋を取り出して渡してくれた。
「依頼料です。後、私の気持ちも入っていますので受け取ってください」
念のため確認すると、依頼料の3倍以上のお金が入っていた。
「え、」
「いいんです。本当に助かりましたので、受け取ってください」
「…分かりました。ありがとうございます」
手を振る2人に、こちらも振り返す。2人はそのまま馬車に乗ると、静かに去っていった。
さて、とりあえず一段落ついたが、私にはまだ仕事がある。まずは会場に戻らないと。
来たルートを辿り、なんとか城の敷地まで戻る。さすがに疲れたが、ここで気を抜くわけにはいかない。木を伝って、なんとか2階のバルコニーに戻る。静かに廊下を見ると、ちょうど警備と目があってしまった。
「「あ」」
間抜けな姿勢のまま固まってしまったが、意識を戻す。見つかったのなら仕方ない。先手を取るしかない。
すぐに飛び出し、警備の膝に向けて、容赦なく蹴りを放つ。そして、怯んだ隙に胸ぐらを掴み、そのまま地面に投げ飛ばした。
「ぐっ、」
警備は小さく呻くも、すぐには動けない様子だ。脳震盪でも起こしてくれたのかもしれない。
これ幸いと、駆け出す。幸運にも、他の警備が集まってくるような動きはなかった。護身術が得意で良かった。久々の接敵にヒヤッとしたが、まだまだ現役だ。
そのまま先ほどの客室に戻り、息を吐く間もなく、すぐにドレスに着替えた。鏡で化粧を直し、髪も丁寧に結び直す。
(よし。探される前に会場に戻ろう)
今度はコソコソと、ではなく、堂々と。その道中で数人の警備員とすれ違うが、頭を下げられるだけ。疑われている様子は全くなかった。
疲労はピーク。常人なら、もうすでに動けなくなっていてもおかしくない運動量だ。それでも私は、笑顔を繕った。
会場は相変わらずの煌びやかさ。
しかしその中に、ヴィクターとキャサリンの姿はない。どこかに行ったのだろうか。
ウェイターからドリンクを受け取り、喉を潤す。
あー。動き回ったからよく沁みる。一気飲みは品がないため我慢しているが、本当は垂直に傾けたいぐらいだ。
「お嬢さん。おひとりですか?」
空腹を満たすために適当に食事をしていると、招待客の1人に話しかけられた。
どこかで見た顔…。隣国の伯爵だったかな。新聞で何度か見た覚えのある方だ。
無視するわけにもいかず、返事をする。
「いえ。パートナーが酔ってしまって、今部屋で休んでいますの」
「やはり、これほど綺麗な方だと、おひとりとはいきませんか。いやはや、残念ですな」
「ふふっ、お上手ですこと」
何やら言いたげに視線を寄越されるが、それらに関しては全て気づかないふりをする。これ以上は踏み込まないでほしいところ。熱っぽい視線は苦手なのだ。
「レセナ〜」
会場の奥から、いつもよりも数トーン高い声に呼ばれる。振り返ると、例の重そうな宝石を揺らしながらキャサリンが近づいてきていた。
途端にヒソヒソと広まる声。聞こえるのは、あまりいい言葉ではない。それはもちろんのこと。彼女だって、それを狙っていたのだから。計画当初、渡した役に文句を言っていたが、演じさせてみれば流石だ。キャサリンという役が、やけにしっくり馴染んでいる。
「パーティーは楽しめているかしら?」
「ええ。つい先ほど、パートナーと一緒にお部屋でクッキーをいただいたの。全て食べてしまうほど、美味しかったわ」
パートナー = メイジー
クッキー = 幼馴染様の元まで送り届ける
全て食べる = お仕事の完了
事前に共有しておいた隠語を含んだ会話に、キャサリンは小さく目を光らせた。そして優雅に笑う。どうやら、伝えない内容を理解してくれたようだ。
「それなら良かったわ。それにしても、ここ暑くない?」
「まったく、飲みすぎなのよ」
「あつーい!ねえ、バルコニーで涼まない?」
「仕方ないわね」
ぐいぐい腕を引くキャサリンを宥めながら、いかにも申し訳なさそうに、先ほど声をかけてきた伯爵にお辞儀をする。
「…そういうことですので、失礼いたします」
「え、ああ」
キャサリンの知り合いと知った手前、無理強いできないと察したのだろう。気まずそうに視線を逸らされた。
コツコツとヒールが鳴る中、私たちはバルコニーに向かいながら談笑をする。何でもない話だが、ここで会話がなくては不気味がられるだろう。
バルコニーに出ると、いい夜風が頬を撫でる。
先ほどは感じている余裕がなかったのだが、星空も息を呑むほど美しい。どうして先ほど気にならなかったのかと疑問に思ったが、それ以上に美しい2人の再会に目を奪われていたからと気づく。
「お疲れ」
「ん、お疲れ」
お互い労いの言葉を掛け合う。
キャサリンは、ヴィクターに取り入るところから長期潜入をしていたし、私は周辺のサポートやメイジーとの打ち合わせを担っていた。
どちらも大変な仕事であったが、私たちは2人で仕事をしているため、人員不足はいつものことだった。でも、人手を増やすことはしない。誰とも知れない人なんて、信用できないから。
「また声かけられてたでしょ。もっと危機感持って!」
「仕方ないでしょ。結構有名な人だったし、無下にはできない」
不満げに唇を尖らすキャサリンに、笑ってしまう。心配してくれるのは有難いが、仕事に私情を挟むのはあまり褒められたものではない。
「あの人は、今どんな感じ?」
「部屋で寝てるよ。睡眠薬入りのチョコをあーんしたら、何の抵抗もなく食べたの。部屋に合った良さそうなものだけ拝借して、もう客室の鞄に詰めてきた」
ふふん!と笑うキャサリンの首や耳には、まだ重そうな宝石が下がっている。ということは、他の物を盗ってきたのか。素晴らしい手癖だ。キャサリンに眼は肥えているから、しっかりいい物を盗ってきたに違いない。期待大。
「…それも含めると、総額いくらになるだろうね」
「これ?どうだろ。宝石そのものの質はいいとは言えないから、割って加工してから売るといいかもね」
「でもしばらく隠居できそう。そのドレスも売れそうだし」
「えー。これ売っちゃうの?」
「当たり前。使い回すわけにはいかないでしょ」
そんな話をしていると、急に強い風が吹く。それに攫われるように、キャサリンの長い金髪が靡く。私も、自身の黒髪を押さえていると、自分以外の手にそっと髪を梳かれた。
「…何?」
「私、エリーの髪好き」
「………まだ仕事中。本名は出さないで」
「あははっ、ごめんごめん」
静かに止めると、パッと手を離される。しかし、その目は不安げに揺れている。何か言いたげだ。
「…どうしたの?」
「んーん。ちょっと、…疲れちゃっただけ。ほら、ずーっと演技してるから、精神すり減るし」
本当に疲れたのか、遠い目をして、ため息を吐くキャサリン。そんな姿すら、絵画のように美しい。こんな仕事をしなくても、きっと引くて数多だろうに。それでも彼女は、この道を選んでくれた。私と共に来ることを、選んでくれた。
「……頑張ったね。ありがとう」
ぽんぽんと頭に手を乗せて、軽く撫でてやる。
すると、ピシリと固まったキャサリンは、途端に目をキラキラと輝かせる。
あ、やりすぎたかも。
すぐに手を離すも、犬のようにグイグイと近づいてくる。ああ、時すでに遅し。
「エ、エリー!もう1回!もう1回だけやって!!」
「終了でーす」
「じゃあ、後でやってよ!?」
子どものように、無邪気にはしゃぐキャサリン___いや、もういいか。
私の良き相棒――ジェンナはニコニコと純粋な笑みを浮かべる。先ほど会場で見たような、淑女のような大人しい笑みとは全く違う純粋な笑みだ。ギャップがすごい。
メイジーもそうだったが、皆さん笑顔の使い分けが上手すぎやしないか?私にはできない芸当だ。
「あ、そうそう。あの子は大丈夫だった?」
「うん。待ち合わせのところまで送っていったら、お迎えも来てたよ」
「そっか!良かった〜」
メイジーがまだ若かったからか、ジェンナはいつもよりも親身になっていたようだ。安心したのか、ホッと息を吐いた。その姿が、先ほどのメイジーの姿と重なる。
「…あの子、キャサリンのことを案じてたよ」
「へ?」
「大丈夫なの?って聞かれた」
そのまま伝えると、きょとんとした顔を向けられる。それから、程なくして吹き出した。
「あははっ!良い子すぎるでしょ!自分のことだけ考えてくれれば良いのに」
その笑いは照れたような、困ってしまうというような笑いだった。だって、私たち以外でお互いに心配してくれる人なんて、滅多にいないから。素直な感情には、どうにも慣れない。むず痒くて仕方ない。
「幸せそうだった?」
「うん」
「なら良かった」
あの幻想的な湖の光景。
その中で見た2人の涙ながらの抱擁を改めて思い出した今、ほんの少しだけ羨ましいと思ってしまった__なんて。
「? どうしたの?」
ジェンナに顔を覗き込まれ、ハッとした。何を今更、普通の幸せを欲しているんだか。…こんなことをして、生きているのに。
「…ううん。ちょっと眠たくなっただけ」
「あははっ、そうだよね~。国を出たらさ、ちょっといい宿を連泊して、ゴロゴロしようよ」
「……たまにはいいかもね」
「ほんと?やった~。たっぷり甘やかしてもらおっと」
ぐぐっと背を伸ばす彼女は、最後の仕事のために会場に戻ろうと、バルコニーの扉に手をかけた。
そんな彼女に、気まぐれで言葉をかける。
「………私のことも、甘やかしてよね」
「へ…?」
固まってしまったジェンナに、ベッと舌を出してやる。
途端に顔を真っ赤にする彼女。なんて可愛らしい反応だろう。
「ッ~~~!!! 私がエリーの顔が好きなの知ってやってるでしょ!!」
「名前」
「も~!何で仕事中にデレるかな!?」
「ふふっ、ほら戻るよー」
まだ何か言っているジェンナを置いて、廊下を歩く。
私たちの笑い声は、それはそれは幸せそうに響くのだった。
◇◇◇
パーティーが終わった翌朝。ヴィクターは重い身体を起こした。昨夜はあの邪魔な女と婚約破棄できた喜びからか、羽目を外して飲みすぎてしまったようだ。
「キャサリン…。ん?どこ行った?」
いつもは傍らにいる美女__キャサリンがどこにもいない。
「おい!!キャサリン!!!」
叫ぶも、部屋の中に声が響くだけ。いつもの美しい金髪はどこにもない。
「チッ…」
美しいものを見なければ1日が始まらない、とすら思っているヴィクター。最初こそは、メイジーなる少女の顔に満足していたが、キャサリンが現れてからというもの、用無しだった。キャサリンこそ、美の最高点。あれ以上の美人を、見たことが無い。
渋々宝石箱を空けたヴィクターは、空っぽの箱に眼を瞬いた。そんなわけがない。鍵をかけて保管しているし、何よりこれは観賞用だ。急に無くなるなんて、ありえない。
考えられる可能性は、ただ1つ。
「あのクソ女。盗っていきやがったな…」
怒りの矛先は、メイジーに向いた。そう、未だにヴィクターはキャサリンのことを疑っていないのだ。
怒りに任せて次々に箱を空けるが、どれも空。そもそも箱自体無くなっているものも、ある気がしてきた。なんて卑しい。婚約破棄されたことを根に持って、盗みまで働くとは。
最後の1つを空けた時、他とは違い、中に1枚の紙が入っていた。そこには、美しい文字と赤いキスマーク。
【運命の方と出会いました故、婚約はなかったことに。宝石は、ヴィクター様からのご祝儀として拝借いたしました~♡】
紛れもないキャサリンの字。そして、ヴィクターはようやく気が付いた。
「あれ、俺、キャサリンから婚約のサイン貰ってない…」
そう。昨夜。部屋に戻ったヴィクターとキャサリンは、婚約の書類にサインをする話になっていた。しかしその前に、酒を飲み、流されるままにチョコレート(睡眠薬入り)をあーんで食べさせられた。そこからの記憶はない。
つまり、今のヴィクターは、誰とも婚約を結んでいない状態である。
「……騙された?」
全てに気づくことには、時すでに遅し。彼が事の全容を知ることは、きっとないのだろう。
城には、怒りに満ちた男の絶望が静かに満ちるのだった。
◇◇◇
これは、『婚約破棄』を生業としている乙女たちの話。
2人の関係はどんなものなのか。
過去に何があったのか。
それは、彼女たちが次の依頼を受ける時に分かるかもしれません。
【作者からのお願い】
「面白かった!」「続きが気になる!」
と思ってくださったら、
下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援をお願いいたします。
星5つをいただけると嬉しいですが、正直な気持ちで勿論大丈夫です!
ブックマークもいただけると本当に嬉しいです!
何卒よろしくお願い致します。
※沢山の反響をいただけた際は、長編化したいと考えております!




