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拝啓、魔王様本日も現場は地獄です。以上、人事部より

作者: 坂本 亮磨

序章 魔王軍三百年史


 三百年前、初代魔王が世界に“夜”を敷いた。最初の百年、魔王軍は恐怖の象徴だった。だが勇者が現れ、魔王は何度も倒されては復活し、人類はそのたびに勇者を生み出し続けた。やがて世界は慣れ、討伐は“定例イベント”となり、魔王軍は“やられ役”へと降格した。百年前に勇者学園が創設され、八十年前には各国・私立が乱立し、勇者は供給過多に。


 魔国においても、かつての威光はポスターの中にしかない。魔王軍の現場は灰色の退職届に埋もれ、士気は低下の一途。四天王は、破壊のベレク・バサルトと諜報のルキア・ノクティスが現場を支え、戦術のグリム・ファルサは心の病で休職、防衛のセラ・ヴェイルは消息不明。離職率は天井を抜け、補充はゼロ。——要するに、今や見る影もない。


 今では“勇者は一家に一台”の時代。討伐は予約制、感想は星三つから。魔王軍はというと、なりたくない職業ランキング五十年連続一位(授賞式は無人)、退職届の色は“沈着のグレー”(総務いわく“落ち込まない色”)。書類は四ページから二ページに削減されたが、代わりに設問形式になった(例:Q.あなたは討伐された時、どの箱に入りたいですか?)。


 時代の変化に伴い近代化した。総務、人材開発、法務、広報。蘇生保険は団体割引、在宅呪具の貸与、メンタルケアにヨガとアロマ。黒マントは耐火・撥水の制服となり、悪は業務分掌され、恐怖は伝説からプレスリリースへ。だがその整頓は、中身の空洞をきれいに並べ替えただけだ。——“働きやすさ向上”の名のもと、現場の掲示板には注意書きが増え続け、最も強い呪具は結局〈注意書き〉だという事実だけが可視化された。


 魔族の多くはパンと薪と平穏を望む生活者。彼らを守るため“悪役”を引き受けるはずの組織は、勇者過多の時代に押し潰されなりたくない職業ランキング五十年連続No.1、“採用”でも“戦”でも負け続けている。


 だから人材開発室(人開)は考えた。戦って勝てないなら、戦う前に勝つ。不足しているのは兵器ではなく“人”。ならば調達する——敵地のど真ん中から。


 社内スローガン(非公式)はこうだ——『戦う前に採用しろ』。言い出しっぺは誰か? 知らない。貼ったのは私だ。


 こうして勇者学園のすぐ近くに、小さなカフェが一軒。看板は〈BLEND〉、目的は採用。湯気と砂糖で心の力を緩め、会話で現実を見せ、肩をほんの少しだけ押す。正体が割れれば即討伐(あるいは即倒産)。それでも、扉は開く。

◇——また、間違えたかもしれない。


 灰色の退職届の山を前に、私はそんな独り言を飲み下した。魔王軍総務課が“落ち込みにくい色”として採用した特注紙は、確かに目に優しい。それでも、角が汗でふやけた束は、胃の粘膜を丁寧に擦ってくる。目の前にいる上司はニヤニヤしながら言葉を投げかけた


アッシュ・ヴァルガ『簡単な仕事だ』


 室長の口癖を先回りして言った。先に言っても容赦はされない、という学びはもう得ている。


 机の向こうでヴァイン室長が笑った。地図の上に赤い×印が散る。大陸の中心地、聖王国王立勇者総合学園——通称“勇学”の中にその印があった。


「魔王軍未曾有の危機に対して、上層部は苦渋の決断をした。潜入だ!! カフェをやる。コードネームは『ブリュー・アンド・エラー』——焙煎しつつ反省だ。そこで勇者候補を“採用”する」


「……勇者引き抜けって、ここ魔王軍ですけど」


「だからこそだ。四天王は二人壊れ、ひとり行方不明。威光は剥がれ、士気は血の底。猫の手でも借りたい状況だ。ただ猫はいらん。人が欲しい」


「まあ魔王軍に比べても野良猫の方が定着率高いですもんね」


「そんなことを言うなこれは決定事項だ。はい、開店資金と許可証。鏡通信は最低限。正体バレなんかしてみろ即廃業。いや、討伐か」


「どっちも嫌です」


「胃薬は経費で落ちます?」


『落ちない』


「やる気も落ちました」


『拾え』


「制服のサイズは?」


『お前の胃のサイズに合わせろ』


「焙煎は?」


『反省と同じだ。深く、だが焦がすな』


「ミルが壊れたら?」


『手で挽け。人手がなければ手で賄え。——簡単な仕事だ』


 胃がきり、と鳴った。私は偽名「サイモン・クロス」が印字されたまっさらな許可証を胸ポケットにしまい、室長から投げられた粗塩と南方豆のサンプルを掴んだ。本名はアッシュ・ヴァルガ——魔王軍人材開発室の主任。いくさの指示書に塩と豆。魔王軍の人事は今日もまともで、どこか間違っている。



 学園街の角、古書店と仕立屋の間。藍色の外壁と黒鉄の窓枠に、磨いた木と真鍮の匂いが混じる。新店「ミッドナイトブリュー」は、朝の薄光の中で湯気を上げた。


 看板は小さく〈BLEND〉。名前は迷っている。店名にすると毎朝「ブレンド一丁!」と唱えた瞬間、全メニューがそれになる気がして怖い。味だけは、徹夜と胃薬の果てに、なんとか地元に通じる水準になった。……備品の裏に“魔王軍資産”の刻印が残っていたのは事故で、私はマスキングテープで慌てて消した(上から『これはテープです』と書いた)。


 オープンの鈴が鳴るより早く、トラブルは鳴いた。小型魔導ミルが甲高く悲鳴を上げ、焦げ粉の匂いが立ちのぼる。私は胸ポケットの粗塩をひとつまみ、静電気を落としてから分解し、手挽きへ切り替えた。黒板に〈本日限定:ハンドミル割〉と書き足すと、向かいの仕立屋の娘が小さく笑う。古書店の主ルッツは腕組みで覗き込み、「見かけとは思いきや謎に味はうまいんだよな」と眉をひそめて褒めた(彼なりの最大級の賛辞)。「おしゃれ」。結果オーライ、というやつだ。


 魔導ケトルの蓋の蒸気漏れは“一秒固定”の小魔法で誤魔化す。たぶんバレない。レジ横にはスタンプカード〈魔素ポイント〉。十個で一杯無料。——名称が物騒だと気づいたのは、夜だった。(※魔素は入っていません。法務・広報の共同声明)


 法務からはさらに小さい字で追記が届く——《※“魔素”の摂取・分配・譲渡は当局の指導対象です。当店は粉と湯と砂糖でできています。》小さい字ほど偉そうに見えるのはなぜだろう。


 ようやく鈴が鳴る。


「バイト募集、まだしてます?」


 制服の襟に勇学章。短く結んだ髪、まっすぐな目。切り抜いた募集紙を胸の前で差し出した少女は、喉を潤す前に言葉を投げる。


「ええ。まず、お名前を」


「リナ・セレスです。勇者学園の支援科で——」


「リナさんね。では、志望動機は?」


「えっ……お小遣いが足りなくて」


「経済動機、正直でよろしい。では接客経験は?」


「家で法事の手伝いを……盆と正月は強いです」


「ここ、年中無休の盆正月みたいなものだけど大丈夫?」


「メモしていいですか?」


「経済動機、正直でよろしい。福利厚生は“まかないクッキー一枚”、ドリンク賄いは“試飲の範囲”。有給は“テスト期間の祈祷”。シフト希望は?」


「放課後と、週末。あと、討伐が——」


「倒産!? ここ、倒産しそうなんですか!?」


「違う違う。“討伐”は“倒産”じゃない。発音は似てるけど未来が違う」


「なんか面白い人ですね、店長。……支援科です。倒産とばさないよう、全力で支えます」


「だからその縁起でもない動詞やめて」


 不吉な宣言を明るく言う新人に、私は一杯のブレンドを差し出した。カップの湯気の向こうで、彼女の睫毛がかすかに濡れる。


「……おいしい。胸のあたりが温かくなる味」


「南方の陽射しです。豆の記憶」


 ラテアートを描いた手が、うっかり魔法陣めいた渦を作り、私は慌ててハートに修正した。精神干渉は重罪。心を溶かすのは、砂糖と湯気だけでいい。


「軍に採用です。——いや、カフェのバイトとして採用です!」


「言いましたよね、軍ってどう言うことですか!?」


「言ってない。……言っていたとしても問題はない」


「採用手続きは?」


「書類一枚。“カフェ”のね。——魔王軍じゃない」


「よかった……(ちょっと残念)」


 鈴が二度、重なる。長身の青年と、中年の男。後者は剣帯の跡が残る歩き方。勇学の剣術担当、ガレス・ロウだ。眠れていない者の目に、深い笑い皺。


「ここが“やたら旨い新店”か。学生割はあるか?」


「検討中です。まずはブレンドを」


 青年は空間を見回し、唐突に言う。


「ここでアルバイト、募集してます?」


「志望動機は?」


「強くなるには働いた方がいいって」


「誰に」


「進路指導官。『現実、見ようね』って」


 胃薬がカウンター下で自己主張した。私は笑い、粉を量り直す。青年の視線は真っ直ぐで、どこか危うい。ガレスは新聞を斜めに構え、紙面の隙間から手つきと客を観察していた。


「現実的な質問。週に何日入れる?」


「毎日でも。訓練前と後」


「死ぬよ。……いや、倒れるよ?」


 青年が笑い、ガレスの肩が揺れる。彼は無意識にシュガースティックを握りつぶし、粉砂糖を作って赤面した。湯気と笑いが、店を満たす。新人教育標語を黒板の端に書く——〈砂糖は三つ、怒鳴り声はゼロ〉。ガレスが親指で示して、珍しく最初から賛成をくれた。



 昼過ぎ、鏡通信が明滅する。室長だ。


『で、どうだ。採用さいようの芽は』


「“採用”って、カフェの話ですよね」


『もちろんだとも。——四天王(戦術)グリム・ファルサがそっちへ行く。療養だ。目立たせるな。スタンプカードの名前は“魔素”じゃなく“まそ”に変えろ。クレームが来た』


「もう来てます? 早いな法務」


『早いのは胃痛だ』


「それは私です」


『なら余計に目立たせるな。——簡単な仕事だろ』


「これ本当に魔王様知ってます?」


 通話が切れると同時に、喫茶部の先輩が店前でスマ石を構えた。〈学園街カフェ地図・最新版〉が拡散し、鈴は途切れず鳴る。「#夜更けブレンド」「#勇学割ある?」——タグが増えるほど、胃酸も増える。


 リナは水差しを軽々と運び、青年はトレーのバランスを覚え、私は小魔法で皿の滑りを一瞬“固定”して事故を防ぐ。ガレスは新聞越しにこちらを横目で見て、時折、紙面の影から親指を立てた。


 裏口の鈴が、かすかに鳴る。フードの影が、静かに腰を下ろした。深い呼吸。目の下の影。肩の線——四天王(戦術)、グリム・ファルサ。


 誰も気づかない。こちらだけが、知っている。私は薄めのブレンドを一杯、言葉少なに置いた。彼は湯気を吸い、微かに笑う。


「今日は……休戦で。できればデカフェで」


「“敵カフェ”じゃなくて“カフェイン抜き”ですね?」


「わかってる」


 その一言で、背中の緊張がわずかに解けた。彼は角砂糖を三つ、ひとつずつ沈め、そのたびに泡の弾ける音に耳を澄ませる。テーブルには彼の私物——小さなくま柄のマグ。強面に愛らしい柄の組み合わせは、戦術書より効く鎮静だ。戦術の天才は、砂糖の落ちる速度にも規則を見つけるのだろうか。


「ここは安全か」


「今は、たぶん。……療養には、騒がしすぎますけど」


 私の声に、彼は目を伏せた。


「静けさが、怖い日もある」


「ここは雑音が多いですよ。蒸気の音、スプーンの音、誰かのため息。——うるさくて、安心する」


 湯気の向こうで、彼の指が震えた。私は何も言えなかった。——人は強くも弱くもある。魔王軍は“働く人”の群れで、私はその中間管理職。正論は、傷口を塞ぎもするし、抉りもする。



 翌日。ケータリングの下見で学園の中庭を横切る。噴水の水音に混じって、乾いた声が石畳を跳ねた。


「S組様が通るぞ。道を開けろ」


 肩章、家紋、磨かれた短靴。腕っぷしと親の権力でできた階段を、彼らは当然の顔で上る。先頭の小太りの上級生が鼻を鳴らす——パルド・ソリス。金の家紋リングを見せびらかし、油で固めた前髪が風に負けない。


「俺の家紋、見えるか? 太陽の勇者ゴルゴ=ソリスの末裔だぞ」


 噴水の縁に座っていた下級生が、肩をすくめて立ち上がった。——リナだ。参考書を抱えた手が小刻みに震えている。


 私は“ただのカフェ店主”として立ち止まる。(学内規則第十二条:外部者の介入禁止。違反は減点と退学処分の可能性——と掲示板にあったのを思い出す)正義感は役に立たない。正体が露見すれば、彼女も巻き込む。歯噛みの代わりに、胸ポケットの粗塩を握った。


「配達の通路、塞がないでくれる?」


 私はわざとらしくケータリングの木箱を掲げ、S組の足元に置いた立札〈搬入路〉をコツンと鳴らした(総務課調達・滑り止め付き・転倒責任は持ち主)。上級生たちは舌打ちし、ぞんざいに退いた。リナは私の方を見て、わずかに会釈する。


 ——助けた。だが、その事実は波紋を残す。


 午後。裏庭の細道で、同じ面子がリナを囲む。先頭はパルド・ソリスだ。「支援科のくせに口答えした」「新入りカフェ娘が調子に乗るな」。私は角を曲がったところで足を止め、見ないふりを決め込んだ。ここで動けば正体に近づく。店も任務も巻き込む。わかっている。わかっているのに、胃が焼ける。


(無視しろ、主任。無視するのが“正しい”)


 私は木箱を抱え直し、一歩、引いた——が、足がもう一歩を拒んだ。


「……チッ」


 私は角の影からゆっくり出て、リナの視界の外で掌を返した。小魔法“固定ピン”——地面に一秒だけ滑り止めを置くつもりだった。強い魔法じゃない。威嚇にもならない。ただの時間稼ぎだ。


 その瞬間、校内の結界がピンと鳴り、石畳の目地から薄い光が線を走った。私の“固定”に、常設の安全結界が反応したらしい。偶然だ。いや、幸運だ。


「な、なんだ!?」


 パルドが足を取られ、取り巻きが支えようとして一緒に噴水へ。派手な水音。騒ぎを聞きつけた風紀委員と結界管理の職員が駆け寄り、「立入禁止区域への不法侵入」と「軽度呪術干渉」で上級生たちを連れて行った。私は木箱を抱えたまま、何もしていない顔を続ける。実際、ほとんど何もしていない。パルドの前髪だけが見事に無傷で、技術力の高さ(結界と整髪料の)に感心する。


「だいじょうぶ?」


 背中に小さな声。振り向くと、リナがこちらを見上げていた。涙は零れていない。代わりに、強がりの笑顔が浮かんでいる。


「配達の邪魔、片づけてくれて……ありがとう」


「仕事だから」


 強がりを真似て返した瞬間、視界の端で銀の護符がきらりと光った。リナの制服の胸元——支援科の簡易診断護符だ。彼女の目が、私の手元に吸い寄せられる。


「……その紋、光ってます」


 指先の小さな魔紋。普段は肌色に馴染ませているが、先ほどの干渉で薄紫に滲んだらしい。さらに、風がフードをめくり、影の中に隠していた“角の影”が一瞬、石畳に落ちた。


 目が合う。隠し切れない。


「店長……魔族、なんですね」


 声は震えていない。判断は早い。支援科らしい。


「この場では“店主”で頼む」


「肩書多すぎませんか。店主・主任・バリスタ・緊急避難誘導係」


「最後のは初耳だ」


「はい。でも、どうして助けてくれたのか……ずっと疑問で」


 喉が砂を噛んだみたいに乾く。助けようとしたのは事実だ。けれど、上手くいったのは運だ。言葉にすると、嘘か自慢になる。私は黙り、木箱の角を親指で撫でた。


 間を割るように、手を叩く音。


「それに答えるのは、彼の仕事じゃない」


 フードの影から、ヴァイン室長が歩み出る。誰より堂々と“外部者”の顔で。


思想イデオロギーの話だ。三十秒でいく」


「抽出は三要素——豆、湯、時間。力も同じだ。誰のために、どれだけ、いつ使うか。弱い側に湯を注げ。濃すぎれば苦く、薄すぎれば効かない。だから“ブレンド”する。現場と理屈、善意と結果——配合を間違えるな」


 リナが瞬きをする。


「力は、本来、弱い者の側に立つためにある。働く場所は、誰かが守らなきゃすぐ腐る。正しさは結果だけで測れない。動機がふらついても、小さな介入が誰かの明日を変えることがある」


 室長の声はよく通る。仮にも“悪役”の幹部だ。言葉に重さがある。


「魔王軍は“悪”を引き受ける組織だ。嫌われ役でも、弱い方に肩を入れる——そう“あるべき”だ」


 私は思わず室長を見た。現実はボロボロだろ、と言いかけて、飲み込む。リナは拳を握って、ゆっくり口を開いた。


「……魔王軍って、そんなふうに考えてるんですか」


「考えて“いた”。今も、そうありたい」


 リナの瞳に、まっすぐな光が宿る。


「私……魔王軍に入りたいです。弱い人の味方になりたい」


 心臓が、嫌な音を立てた。私が押したのだ。湯気と砂糖と、言葉で。ここから先にあるのは、現場で、血と灰だ。


 室長は肩をすくめ、少しだけ柔らかく笑った。


「焦るな。今は学べ。道はひとつじゃない。——ただ、進路の相談くらいなら、あの店で受けよう」


 リナは大きく頷いた。私は頷けなかった。胃の底に苦いものが広がる。


 鐘が遠くで鳴る。噴水の水音は変わらない。私の胃だけが、別の音で鳴っていた。



 閉店札を裏返すと、通りに残った笑い声が風に攫われた。カウンターの上で、スタンプカードが光を拾う。〈魔素ポイント:9/10〉——十個目は、明日だ。


 鏡通信が小さく震える。室長からの短い文。


『進捗良好。“敵でも採用”の文言、明朝貼れ。——簡単な仕事だろ』


 息を吐いた。成功は、罪悪感よりも不安の味がする。今日の“現状メモ”——


・予算:据え置き(つまり実質減額)。

・人員:四天王は【出勤2/休職1/消息不明1】、現場は猫の手待ち(猫は来ない)。

・士気:床下収納へ。取り出し不可。

・装備:黒マントは撥水◎、心は防水×。

・広報:イメージ刷新は失敗、ハッシュタグだけ元気。

・法務:スタンプカード名にだけ異様に強い。

・総務:注意書きは最強の呪具(〈搬入路〉参照)。


 これで世界を席巻? まずは席数(18)を満席にするところからだ。採用は“明日やる”にすると、明日は“監査が来る”。現場は燃えていて、人事は育てたいのに、予算は凍っている。温度管理がバラバラだ。


 貼り紙案をメモする——『魔王軍、現在大募集中(胃薬は自腹)』。没。法務が泣く。


 ——定型報告に切り替える。


拝啓 魔王様  本日も現場は地獄です。

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