7話
「リッド様……起きてください、リッド様。もう朝ですよ? さぁ、起きて仕事をしましょうっ!」
声が、した。優しく、けれど確かに耳元で――。
うっすらと目を開けば……気のせいか? いや、あれは……フィオナだ……。
あの宝石を手にして、私を覗いて微笑んでいるフィオナ。
「あ……フィ……あり……」
言葉が出なかったのは、寝起きのせいだけではない。
昨日、痛めつけられ、無理やり食事を取らされたせいだろう。
だが、スギアとリンドが笑っていったような、廃人にはなっていなかった。
「……な、ぜ?」
もしかすると、フィオナがくれた、あれは……
そんな事を考えていると、役人たちの声が聞こえだした。
「さぁ、ちゃちゃっと連れて行こうぜ。脇を抱えて連れていきゃぁ、立派な薬物使用者だ。スギア伯爵とリンド子爵の要望通りに、丁寧に運ぶぞ。自分でこうなったってな」
「あいよ」
わざと目を半開きに、口を開いたまま、うわ言の様に喋る。
「あ、ぁ……ぁ~……」
「こりゃひでぇ、よだれが垂れてやがる。本当にきたねぇなぁ……」
「貴族もこんなんなったら、おしまいだな」
両脇を掴まれ、足をずるずると地面に引きずりながら牢から出される。
そのままの目と口、姿勢。
「ぁ~あ……あぅあ……」
演技を続けないといけないが、昨日のせいで喉が痛くなってきた……
だが、議会までの……議会までの我慢だ!
「……こんなので薬物使用者って通るんかねぇ?」
「まぁ、狙いは貴族として領地を運営できなくさせて乗っ取りらしいからな。それらしく見えりゃ、何でも良かったんだろ」
王城の通路を抱えられながら、奇異の視線で見られながら通過する。
この演技を見せるのは辛い……だが、もう少しだ! もう少しっ!!
「良し、入るぞ……」
扉の前に立つ衛兵が、私を哀れな目で見ながら扉を開く。
「ラング男爵をただ今、お連れ致しました!」
「……こ、これは……昨日と打って変わって……」
レギン宰相は私の姿を見ると、何と言って良いのか分からない、とでも言うように視線をさまよわせた。
「レギン宰相、彼には薬物使用の疑いがあった。これは当然の結果です! 貴族院の調査との差異など些末な問題! こちらの方が遥かに問題が――」
「それ以上喋るな、愚物めっ!!」
スギアの言葉を遮り、かすれた喉を震わせた。
議場に怒声が響き渡る。
よだれを垂らし廃人を装っていた私は、鋭い目でスギア伯爵を睨みつける。
「貴様らの謀は失敗した! レギン宰相! 正式な抗議文、告発をさせて頂くっ!!」
私の言葉に、スギア伯爵が目を見開き、わなわなと唇を震わせる。
「なっ……馬鹿な……毒は……効いたはず……!」
「違う、違う! これは、偽りだ、偽りの演技に違いない! こいつがっ……!」
声を荒げるリンド子爵をよそに、私は喋り続ける。
「レギン宰相! スギア伯爵とリンド子爵は私の両親を事故に見せて殺害した! その上、今回の件をでっち上げ、私を牢に入れると、この役人たちに抑えさせ、廃人となる薬物を無理やりに食事と共に摂取させたっ!」
役人の二人も指さすと、慌てて部屋を出ようとする。
だが、衛兵に止められてしまい、しどろもどろなまま、立ち尽くしていた。
その状況をレギン宰相は目を細め、見やるとスギア伯爵とリンド子爵へ目を向けた。
「……これはどういう事かね? 貴殿たちの報告では、ラング男爵は意識朦朧としており、まともに喋れず歩けないとの報告をされていた訳だが?」
「……や、役人どもが、適当な報告を、したのでしょうな。は、ははは!」
「……そ、そうですな! そうに違いない!」
「虚偽の報告だけで罪になるとご存じであろう! 衛兵っ!! この者たちを拘束しろっ!!」
「ふ、ふざけるなっ!! 私はスギア伯爵家、当主だぞ!! くそっ! はなせぇえええ!!!」
レギン宰相はその場でスギア、リンド、役人たちを拘束させた。
そして、すぐさま調査団による再調査を命じた。
その後の調べにより、私の食事には確かに薬物が混入されていた事が発覚。
関係した役人たち、そして主犯であるスギアとリンドには共謀罪が適用され、すぐに裁判が行われた。
スギアとリンドには私の両親の殺害の件も追及される事となった。
二人の爵位は剥奪され、所領は没収。
ラング伯爵家の時の領地を返還され、さらに一部を功績としてラング家に与えられた。
こうして、ラング男爵家は再び立ち直るきっかけを得て、伯爵家に戻る事となった。
数日後――
領地に戻った私は、再び屋敷の執務室にいた。
かつては、孤独と空虚の象徴だったこの部屋に、今は温かな気配がある。
机を挟んで向かい合う、フィオナと私。
彼女は穏やかに筆を走らせ、私はその横顔を時折盗み見る。
「……フィオナ」
「はい?」
「君と出会ってから、いくつもの不思議があった。けれど、私は……問う必要はないと思っている。それよりも……君と共に過ごす未来の方が……ずっと大事だから」
ペンを置き、私は立ち上がる。
そして、彼女の前に歩み寄り、そっと膝をついた。
「……遅くなったが、今一度、正式に言わせてくれ。フィオナ・ルミナス。私と……結婚してくれ」
彼女は驚いたように目を見開き、けれど――すぐに、微笑んだ。
「はい。ようやく……何度目か、わかりません……でも、私はずっと……リッド様と生きていきたかったんです……ずっと、ずっとっ!」
その目に、ほんの少しだけ、涙がにじんでいた。
フィオナは私の胸に飛び込むと、胸に額を押し付けた。
この、温かな気持ちだ……彼女がいたから、彼女だから……私は恋を知れた。
「……あぁ、やっと、わかったよ……アナタに殺された理由を知って――ようやく、恋を知ったんだ」
静かに見つめ、笑いあう。いつまでも、離さないままに……
こうして、ラング家は再び歩き出した。
過去を背負いながらも、未来に向かい。
それは、誰の記憶にも残らぬ、小さな奇跡の物語。
けれど、私たちにとっては――かけがえのない、真実だった。
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