5話
………………夢………………
宿の前で腕を掴まれ、膝を付かされていた。
「なぜ、この様な扱いを受けるのでしょう」
見知らぬ役人が私の言葉に答える。
「ラング男爵、貴殿には貴族当主としての適正の有無が求められております。そして現在、体調の急変や精神的異常を確認したとの報告もあり――薬物使用の疑いが浮上しました。その為の一時的拘束です。食事はしっかりと提供されますので安心してください」
「……薬物。身に覚えはないので、冤罪です。それが証明されるまで何日間の拘束でしょうか?」
「不明です。会合の際には我々が案内するので、勝手に動かれぬように。貴殿の荷物は全て、こちらで没収させていただく」
役人はそう言うと、私物と私の手にはめられた婚約指輪も外して去っていった。
今しがた没収された、フィオナとの絆。
無抵抗だった私は、腕を解放され、背中を押されながら馬車へと歩かされる。
馬車の中、指輪をつけていた指を触り、目を閉じてその感触を、温かさを思い浮かべる。
早く無実が証明され、無事に領地に帰れる事を祈って……
この夢の中の、私の感情が流れてくる。
………………
場面は切り替わる。いつの間に屋敷に戻ったのか。
体は動かず、ただ場面を眺めているだけ。
「…………フィ、ォ」
夢の私は、うつろな視界で彼女を見やると口を開いた。
拘束された時に薬物を混ぜられ、満足に体も動かせず、思考もぼやけている。
だが必死に伝えてくる。食事に混ぜられた、と訴えいる。
その私の様を、彼女は辛そうに目を伏せ、顔を背ける。
後ろを向いた背は震えていた。
そんな姿を、見ていたくなかった。
「…………ころ……」
「……え?」
「……せ」
その言葉だけを告げる。
まだ少しでも意識がある内に……どうか……
この夢の中の、私の感情が……
………………
再び場面が切り替わる。
「…………」
ここは屋敷の中だ。
そして以前見た夢に似ている。
目の前の女性――フィオナが私の下に来る。
「覚悟が、決まりました……リッド様……貴方の願い、私が……叶えて……」
涙ながらにそう告げ、包丁を取り出す。
フィオナが包丁を私の胸に突き立てた。
鈍く重い衝撃と共に、肺の奥が焼けつくような痛みが広がる。
顔をしかめはしたが、それでも感情は――「ああ、刺された」――その程度にしか動かなかった。どこか他人事で自分を考える。
あぁ、フィオナ……君となぜ、出会った時に温かさを覚えたのか。
なんて残酷な事を、私は君に告げたのか。
「……うぐっ」
――フィオナ、フィオナ……
私は、君になんて罪を……なんて願いを告げてしまったのか……
「あ……あなた……ごめん、なさい……ごめんな、さい……」
そんな涙を流さないでくれ……愚かだった私の願いを叶えてくれたフィオナ……最後は笑って見送ってくれ……
身体が冷え、まぶたが重くなっていく。
これが、死……。
もしも、次の人生があるのなら――
せめて、二人……幸せな人生を……
視界は白んでいき、彼女の姿も、遠く霞んでいく。
「どうして……どうして、今、こんな力! あぁ、神様!!」
あの時の夢の続き。
「なぜ、こんな記憶を……なぜ今更っ! あぁ、どうして……どうしてぇ……」
あぁ……だから君は、こんなにも温かく、そして……恋しい……
その嘆きの声は薄れる意識の中、響き続けた……
………………
「はっ、ぁあ……! あぁ……あぁあっ……!」
咳き込みながら、断片的な記憶に涙を流す。
どうして思い出せなかったのだろう!
なぜ、今になって思いだしたのだろう!
あんなにも温かく、別れを寂しく感じていた理由はなんだったのか。
はっきりと理解させられた。
彼女――フィオナだったからだ。
私の最後の願いを聞き届け、朦朧とした私を、私のまま殺してくれた。
だが、その夢と異なるのは胸元の宝石だった。
夢の中での私は指輪をはめており、没収された。
今持っているのは、透明な宝石だけ。
「なぜ……フィオナはこの宝石を……? あの夢とは異なるモノを、どうして私は持っているんだ……?」
理由が分からなければ、この後は夢と同じ未来が待っている。
夢が現実に起こるとなぜ分かるのか、それは分からない。だが、ここで何かしなければ、フィオナに再び苦しみを与える事になる。
朦朧とした私は、未来を繰り返してしまう。
恐らくフィオナの行動も、それに似た何かに突き動かされ、行動を起こした。この宝石はその為の何かだったはずなんだ。
私のための……
再び温かさを放ちだしたように感じる宝石を……どうすれば没収されないで済むのか……
……砕いて、飲み込もう。
体内に入ってしまえば、奪う事などできない!
誰にも、この絆は渡さない!
「主人! ハンマーを貸してくれ! 今すぐに!」
急いで部屋を飛び出し、宿の主人に大工道具を貸すように伝える。
主人は訳の分からない事を言う私の顔を見ながら、大工道具をのろのろと取りに行き手渡した。
「後で返す! すまない!」
部屋に戻り、宝石を布に包んで机の上に乗せる。叩き、砕いてしまって良いのか……彼女との大事な……だが、奪われるくらいならっ!
ガキッ、とハンマーを勢いよく振り下ろした。
一度しか振り下ろしていないのに、綺麗に砕けたようだ……バラバラに砂粒の様に……
「……宝石じゃ、ないのか、これは? そういえば……」
ふと思い返せば、フィオナからは一度として、これが宝石だ、などと言われた記憶がなかった。
そう思いながら、粉になったモノを飲み込む。
むせそうになりながら、酒と共に飲んだ。
それが絆を残す術なのだと信じて……