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2話

「父に紹介いただきました、フィオナ・ルミナスと申します。以後、お見知りおきを、ラング男爵」


 彼女ははきはきと喋ると、お辞儀をする。

 お辞儀でさらりと後ろ髪が首筋を小さく撫で、再び顔を上げるとふわりと元の位置に戻る。


 所作しょさも声も美しい。だが、傾国けいこくの美女のような妖艶ようえんさではない。

 楚々(そそ)としながら、どこかりんとした、強い意志を感じさせる――そんな女性。


「……グレン殿、顔合わせも済んだ事です。言葉遣いはいつも通りで構いません」


 フィオナを見続けてしまっていたのを誤魔化ごまかすように、グレンへ話を振る。


 両親を早くに亡くし、若くして領地を担った私は、仕事だけに時間を費やした。執事やメイドとすら、まともな会話をした記憶がない。

 余計な感情は不要と、記憶と義務だけを支えにしてきた。


「そうですかな? それではお言葉に甘えて……いやぁ、ようやく娘のフィオナの顔を見せる事が出来て安心しました。さとい娘とは思っていたのですが、リッド様の前で粗相をしないか心配で心配で……」


 くだけた口調になり、娘――フィオナの事を心配する父親の顔をするグレン。

 少しだけ昔の父を思い出してしまった。


「そうですか。今まで商談はしていても、身の上話など軽くしかなかったですからね。お子さんがいるとは聞いていましたが、娘さんでしたか」


 私の言葉にフィオナは静かに微笑んだ。


「まぁ、そんな事を言いながらも、私よりも優秀だと思っておりますがね? 昔から覚えも良く、気立ても良く。私の娘にしては美人でしょう? 妻の血が強く出たのでしょうな」


「お父様、あまり……そのような事は。その、ラング男爵もお困りでしょう……?」


「気にしないで構わない。私が幼い頃からラング家を支えてくれた父の旧友だ。楽しく思う事はあっても困る事などないよ」


「そ、そうでしたか。それは、出過ぎた真似を……」


 フィオナは私の言葉で申し訳なさそうにする。


「そう畏まらないでください。それと私の事はリッドで構わない。他人の目がある時は気を付けてくれれば」


「ははは、フィオナ。リッド様は他所の貴族とは異なり、人柄の良いお方だ。余り畏まりすぎるのも良くはないぞ」


 父の言葉を横耳に受けながら、フィオナはまっすぐにこちらを見ていた。迷いのない、その瞳で。


 私はうなずきながら、念を押そうと口を開いた。


「えぇ、私からもお願いします。ただでさえ、私は冷たく見られやすいので」


 感情がないわけではない。


 子どもでも当主は当主。余計な馴れ合いは時に処罰の対象になる。そんな空気から、距離を置かれた。


 その結果、若い頃から仕事ばかりで、人との距離の測り方をすっかり忘れてしまっただけだ。


「それでは……私もリッド様と呼ばせていただきますね」


 それまでの固い口調から、花の咲くような笑顔と共に、柔らかな口調で告げられる。


 先ほどまでの凛とした力強さはどこへ行ったのか、と思わせる、優し気な眼差し。

 今ほど言葉が、感情が、上手く伝えられればと思った事はないだろう。


「……リッド様?」


 フィオナが何も返事をしない私の顔を見て、心配そうに声をかけた。


 笑顔が思いのほか胸に残った。

 他人行儀な距離が、ほんの一歩だけ近づいた気がして……


「……失礼、先ほどまでと変わって、可愛らしい笑顔でしたので」


「……か、からかわないでください……」


 目をうつむくも、頬が赤く染まりだすフィオナ。

 その様子を見て、グレンが笑い声を出した。


「ははは! それくらいで動揺してどうする! フィオナ、顔が真っ赤だぞ?」


「も、もうっ! お父様、辞めてください! リッド様の前でそんな事を話さないでください!」


 笑い声の中に、もう!もう!、と慌てる声が響く。

 親子の温かな空気が部屋を埋めていた。


 ……思いのほか、賑やかだ。こんな空気が、昔の自分にもあった気がする――随分と、遠い記憶だが。

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